第313話 束の間の再会そして出発①
◇
『シャングリラ』を目指し最短ルートを飛行する『第七ドグマ』に接近する飛空艇の編隊があった。
『アルヴィス王国』の国章が刻まれた飛空艇編隊は合流すると次々に補給物資を『第七ドグマ』に降ろしていく。
飛空艇ドックが慌ただしくなる中、飛空艇から降りてきた三名の人物が<ニーズヘッグ>の方へ歩いて行った。
一方<ニーズヘッグ>のブリッジでは今後のスケジュールの打ち合わせが行われていた。
ブリッジ内に設置されているモニターにはカーメル三世とゼクスの姿が表示されており、シェリンドンが世界マップを使いながら説明をしていた。
「補給中は『第七ドグマ』は減速飛行に入り、二時間以内に補給が完了予定です。補給部隊の離脱後に飛行速度を元に戻せば予定通りの時間で『シャングリラ』に到着します」
『そうだね。その後マスドライバーが問題なく使えるか確認もしなければならない。もしも使えなかった場合、雲海消失後は飛空艇の自前の推力で大気圏を離脱しなければならないんだったね』
「その通りです。<ニーズヘッグ>は単独で大気圏離脱可能な推力を出せますが、<ホルス>にはそこまでの推力がありません。その為マスドライバー使用の有無に関わらず、発進時は<ニーズヘッグ>が先行し高度を上げつつエーテルフェザーを広域展開します。エーテル障壁とエーテルフェザーの広域展開を併用する事で空気抵抗を軽減し加速飛行が可能になります。<ニーズヘッグ>の真後ろを飛行する事で<ホルス>も同様の効果を得て大気圏離脱が可能な推力を維持する事が可能になります。ただしマスドライバーが使えない場合は大気圏離脱に要する時間が掛かるので先発隊の人数を増やすなどの対策が必要になると思います」
シェリンドンが大気圏の高度マップを見せながら説明するとモニターの向こうから感心する声が聞こえてくる。
シェリンドン先生によるオンライン授業の場と化したブリッジではモニターの向こうにいる生徒から質問が飛び交うのであった。
「お疲れ様でしたシェリンドン様。紅茶とクッキーをどうぞ。――マスドライバーが使えるといいですね」
打ち合わせが終了するとセバスチャンがシェリンドンに紅茶とお手製のクッキーを持ってくる。
ブリッジクルーはセバスチャンのクッキーと紅茶に舌鼓を打ちブリッジ内は紅茶の爽やかな香りが広がっていった。
「セバスさんいつもありがとうございます。ステラもありがとう」
「セバスチャンはタンザナイト家……いいえ、アルヴィスの執事代表ですから、これぐらい朝飯前ですわ。オーホッホッホ!」
「痛み入ります。お嬢様、紅茶のお代わりは如何でしょうか?」
「ええ、頂くわ」
オペレーターのステラ・タンザナイトが得意げに笑い執事のセバスチャンがテキパキと給仕をこなしていく。
それはいつもの光景ではあったが数日前から状況が変わっていた。
「済みませんが、セシル殿。クッキーの補充を――」
いつもの調子でセバスチャンが指示しながら振り向くとそこには誰も居なかった。共に給仕をしていたメイドは既にこの船から去っていた。
「ああ……そうでしたな。申し訳ありませんでした」
その後も給仕をこなしていくセバスチャンの姿をステラは紅茶を飲みながら見ていたが、飲み終えてティーカップを置くと彼に指示を出す。
「……そう言えば格納庫の方々もずっと働きづめですし、少し休憩が必要ですわよね。主任、セバスチャンを格納庫の給仕に向かわせてもよろしいでしょうか?」
突然のステラからの申し出にシェリンドンは一瞬困惑するも、セバスチャンを気にする彼女の態度から意図をくみ取り了承する。
「ええ、もちろんよ。セバスさん、申し訳ありませんが格納庫でお茶とクッキーの差し入れをお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、それは構いませんが……ここはよろしいのでしょうか?」
「はい、私たちは十分にセバスさんのお茶を堪能できましたから。後片付けもしておきますのでよろしくお願いします」
「かしこまりました」
セバスチャンは深々とお辞儀をすると給仕用ワゴンを押してブリッジから出ていった。彼がいなくなるとシェリンドンはステラに笑みを見せる。
「ふふ、あなたも素直じゃないわねステラ」
「な、何の事でしょうか? 仰っている意味がよく分かりませんが」
「セバスさんをハルト君の所へ行かせてあげたかったのでしょう?」
指摘されるとステラは頬を赤くして空のティーカップを口元へと持って行く。そこで既に中身は無いことに気が付き観念したように語った。
「セシルさんが居なくなってからセバスチャンが寂しそうにしておりますの。きっと彼女に伝えたい事があるハズですわ。ハルトさんならオービタルリングで<ヴィシュヌ>と相対する。その時に彼を通してセバスチャンの言葉をセシルさんに届けられるかもしれない。――そう思っただけですわ」
そう言うと、更に顔を赤くして恥ずかしそうにするステラ。操舵手のハンダー・スピネルはそんな彼女の隙を突いて残っていたクッキーを奪う。
「クッキー食べないんなら貰うぞ。サク、サク、もぐ、もぐ……ごくっ……うまーい!!」
「なっ……ハンダーーーーーー!! あなた何してくれてやがりますのぉぉぉぉぉぉ!! 私が割といい話をしている時にクッキーを奪うなんてド畜生にも程がありますわ!」
「何だよ、クッキー一つに大げさだな。貴族令嬢のくせにせこいぞ」
「何ですってぇぇぇぇぇぇ!! 窃盗罪で牢屋にぶち込みますわよ!!」
悪びれる様子もないハンダーの態度にステラはますます苛立ちをつのらせる。しんみりとしていた雰囲気が一気に騒がしいものになりブリッジ内では笑いが起きる。
静かに紅茶を嗜むシェリンドンとアメリは皆の様子を見て微笑んでいた。
「この雰囲気懐かしいですね、主任」
「そうね。『第一ドグマ』の研究室の日々を思い出すわね。あの頃もこんな風にステラとハンダー君が喧嘩をして、アメリが毎回仲裁に入っていたわよね」
「だって主任は二人を止めようとしないじゃないですかぁ」
「そうねぇ。だってこのやり取りが凄く好きなんだもの。できればいつまでも見ていたいわ。――さて、もう少し休憩をしたら<ニーズヘッグ>のシステム周りの調整を済ませましょうか」
「はい!」
その時ブリッジの出入り口の扉が開きマドックと全身を外套で覆った三人組が中に入ってきた。その如何にも怪しい風貌を前にさっきまで慌ただしかったブリッジ内が静まりかえる。
「あら、随分と賑やかね。それに良い香り……これは紅茶の香りかしら?」
三人組の一人が柔らかい声を発し、その声に聞き覚えがあったシェリンドンは驚いて身を乗り出す。
「その声はもしかして――!」
「ふふっ、お疲れ様シェリー」
三人組が外套のフードを脱ぎ正体を現すとブリッジクルー達から驚きの声が上がる。
一人目はベルジュ家の現当主であり元アルヴィス王国騎士団長ロム・ベルジュ。
二人目はロムと同じく元アルヴィス王国騎士団長を勤め上げパメラの師匠でもあるガガン・ズンガーラ。
――そして、三人目はアルヴィス王国王妃シャイーナ・エイル・アルヴィスその人であった。
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