第268話 シェリンドンからの衝撃報告
『……出撃前の大事な時にごめんなさい』
「気にしなくていいよ。さっきの船内放送凄く良かった。皆の士気がグッと上がっていたよ」
シェリンドンは微笑むと少しの間何も言わずモニター越しに俺を見つめているだけだった。その目はとても不安そうだ。
彼女の言いたい事はよく分かる。だから本人から伝え難いということも……。
「大丈夫、ちゃんと皆と一緒に生きて帰ってくるよ。シオンも同じ気持ちのはずだ」
『ええ、そうね……きっとあなたやシオン達なら大丈夫だって信じてる。――あの、実は報告したい事があって、本当はこの戦いが終わった後にしようかと思っていたのだけれど……いえ、やっぱり後にするわね』
言うべきかどうかもの凄く悩んでいるのが表情からよく分かる。何か緊急事態でもあったのだろうか?
「大切な事なんだよね? それなら今聞いておくよ。出撃した後で気になると思うし」
『……分かったわ……それじゃ、その……できたらしいの……』
「できた」……何か完成したと言うことらしい。何か作ってたっけ? 前世ではプラモデルをよく作っていたけどこの世界にはプラモはないので違う。
うーん、マジで分からん。あっ、俺が分かっていない事に気が付いたのか、シェリンドンの表情がムスッとしてきたぞ。
『……もう! 本当に分からないみたいね。……私、先日体調が優れなかった時があったでしょう?』
「ああ、はいはいありました。吐き気するって言って医務室に行った件だよね。少し食べ過ぎて胸やけしたって話だったはず」
『実はそれは違うの。本当は、その……今、三ヶ月だって。戦いが大変な時期に伝えるのはあなたを困らせるだけかと思って黙っていたのだけれど……』
……ちょっと待って。三ヶ月……? 吐き気……? そう言えば最近シェリンドンはレモンとか酸っぱい物を好んで食べていた。
これってもしかしてアレがアレだったりする……? もしかして俺がアレだったりする!?
思考が結論に至り驚きで頭の中が真っ白になっていると、ティリアリア、クリスティーナ、フレイアの三人がモニターに割り込んできた。
全員呆れた顔をしていてシェリンドン以外の妻軍団が俺に言ってきた。
『もう、本当に朴念仁なのですから! シェリンドンもシェリンドンで今は黙っていると言うので、わたくし達が出撃前に伝えるように念押ししておいたのですわ』
『ここまで情報が揃えば朴念仁のハルトでも分かっただろう?』
「本当なのか……本当にできたの? あか……あか……あか……!」
驚きすぎて話し方を忘れてしまい口が回らない。あわあわしているとティリアリアがため息を吐いていた。
『そう、その赤ちゃんが出来たのでその報告よ。ハルトの責任は重大なんだから! あなたの命はもうあなただけのものじゃないってことを忘れちゃダメよ。ハルトは私たちが助かりさえすれば良いって考える節があるでしょ? これで何が何でも生きて帰ってこなければならない理由が出来たんだから、ハルトもちゃんと私たちと一緒に帰るのよ!』
「……イエス、アイマムッ!!」
ティリアリアの言うとおり、俺は心のどこかで自分が死んでも皆が無事ならそれでいいと思っていた。
それが見透かされていた事にも驚く。
驚きの連続で真っ白だった頭の中が少しずつ事実を受け止めて冷静になってきた。
正直まだ心臓がバクバクいっているが少しでも落ち着かせるために両手で頬を叩いてみる。
……うん、痛い。これは紛れもない現実だ。
「シェリー、俺は必ず皆と一緒に生きて帰ってくる。だから俺たちが帰ってくる場所を守っていてくれ」
『はい、分かりました。ここであなたと皆が帰ってくるのを待ってるわね』
少ししんみりした雰囲気に浸っているとブリッジ側が『主任、おめでただったんですか!? おめでとうございます!!』などと騒がしくなって通信が途切れた。
帝国とのラストバトル直前とは思えない雰囲気になってきたなぁ。
それはそれとしてこうなったからには話をしておかなければならない人物がいる。通信を<シルフィード>に繋いだ。
「シオン、聞いてた?」
『ああ、随分賑やかだったな』
「今、シェリーのお腹の中にはお前の弟か妹がいる」
『……そのようだ』
「……種違いの弟妹でも可愛がってくれる?」
そう言うとシオンはコックピット内で盛大にずっこけた。モニターの向こうで姿が消えると体勢を立て直して再び姿を現す。
『出撃直前に気が抜けることを言うな!! ――まあ、そうだな。いささか年齢が離れてはいるが僕の弟妹には変わりないのだし……可愛がるさ』
「それ聞いて安心したよ。ほら、母親を巡って兄弟げんかにならないか心配だったからさ」
『そんな訳あるか!! 僕はとっくの昔に親離れしている。赤ん坊に嫉妬する訳がないだろう!? お前はバカか? バカなのか!?』
やたらムキになって怒るところが怪しいと思うが、シオンのことだからきっと良いお兄さんになってくれるだろう。そして時々女装して良いお姉さんにもなってくれるだろう。
下手をしたら生まれた子供が俺よりもシオンに懐く可能性もある。あれ、いや、なんかそうなる場面しか想像出来ないぞ。
『間もなく『ドルゼーバ帝国』領空圏内に入ります。作戦通り、これより本船<ニーズヘッグ>は『第七ドグマ』より発進し戦闘態勢に入ります』
『皆、これで戦いを終わらせましょう。――<ニーズヘッグ>発進!!』
オペレーターのアメリから通信が入ると続けてシェリンドンから船内全てに出撃命令が下った。ついさっきまで不安そうにしていた女性と同一人物とは思えないぐらい堂々とした声色をしている。
シェリンドンはこういう気持ちの切り替えが凄いといつも思わされる。
船内が微妙に揺れコックピットに<ニーズヘッグ>の外の映像が表示される。『第七ドグマ』の大型格納庫から発進し大空を飛翔し始めた。
空一面に灰色の雲がかかり昼間だと言うのに薄暗い。如何にも北国の空という感じだ。
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