第238話 絶望を断ち斬る刃

 天使の輪を輝かせながら降下してきた<量産型ナーガ>の数は十三機。<サーペント>を護衛するような陣形で俺たちの前に立ち塞がった。

 『オシリス』で戦った<ナーガ>には『クロスオーバー』のオリジンの一人アザゼルが搭乗し俺たちを苦しめた。

 あの時は激闘の末なんとか倒したが、その量産型が十三機……まるで悪夢でも見ているかのような気分だ。


 『鑑定』で性能を確かめたが、そのステータスはオリジナルと遜色ないレベルだ。

 <ナーガ>一機相手に<サイフィード>、<モノノフ>、<クラウ・ラー>の三機であれだけ苦戦したのに、それが十三機もいる。

 しかも、その後衛には熾天セラフィム機兵シリーズ<サーペント>に<パールバティ>までいる。

 今の俺たちの戦力でこいつらを倒すことが可能なのだろうか?


「くそっ、まさかこんな隠し玉を用意していたなんて」


『どうすんのよ、ハルト。これってマジでヤバヤバな感じじゃないの?』


『控えめに言って最悪の状況だな。だが、やるしかないだろう』


 パメラとシオンの顔に焦燥感が貼り付く。クリスティーナとフレイは言葉を発しなかったが、その表情は二人と同じだ。

 いや、俺も恐らく皆と同じ顔をしているだろう。全員がこの状況に絶望感を抱いているんだ。


『うふふふふふ……あはははははははは……あっはははははははははははは!!』


 これからどう戦うか悩んでいる時に、俺たちとは対照的に楽しそうかつ何処か妖艶に笑う女性がいた。

 それは意外にも<サーペント>の操者メタトロンの笑い声だった。

 今まで表情をほとんど変えず感情の起伏を感じさせなかった純白の女性が、今や面白おかしくて仕方がないといった感じで大笑いしている。


『ふふふふふふふふ……はぁ、はぁ、はぁ……んふぅ。今のあなた方は本当に素敵です』


 目から涙を流して笑い転げていたメタトロンは指で涙を拭い少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 ただしその表情は、大人の女性の艶やかさと少女のような無邪気さが入り混じったいびつなものだった。


 さっきまでとは一転して感情を爆発させる彼女に俺たちは動揺してしまう。一体なんなんだこいつは。


「さっきまで能面みたいに感情を見せなかったのに、今は随分と楽しそうな表情をするじゃないか。一体なにがおかしいんだよ!」


『だってぇ、あなた方はついさっきまで自分たちの勝利を確信していたでしょう? それが余裕という形で顔に出ていた。――でも、今や<量産型ナーガ>部隊の出現であなた方には絶望感が満ちている。その時の表情が堪らなくいいんです。私はね、希望に満ちた者が絶望に転じた瞬間に見せる顔が大好きなんです。性行為など比較にならないくらいの快感が私の中を駆け巡るの。……はぁ……はぁ……ふふ、こればかりは止められそうにありません』


 メタトロンは上気した顔をしつつ両手で自身を抱きしめ悶えていた。これ完全にお子様には見せられない反応だろ。

 

「……異常だよ、あんたは。うちにもドSだったりドMだったり、色んな性癖持っている奴がいるけど、それと比較してもあんたのは救いようがない。他人が絶望している時の姿を見て興奮するなんて、いかれているとしか思えない!」


『私もそう思いますよ。頭では理解しているんです、自分は異常だって。――でもぉ、理性では抑えられない〝欲〟って誰にでもあるでしょう? 私の場合はこれがそうだっただけです。一度味わってしまうと再び味わいたくなってしまう禁断の果実。我慢なんて出来ないんです。もっとも我慢する気なんて全然ありませんけどね』


 こいつはヤバい感性の持ち主だ。人が苦しんでいる姿を見て喜ぶようなヤツなら、新人類を手に掛けるのも喜々としてやるに違いない。

 ここで食い止めないと――。

 メタトロンに対し敵意を高めていると、彼女は何かを思い出したかのようにインベントリから何かを取り出し始めた。


『そうでした。ハルト・シュガーバイン、あなたにプレゼントがあったんです。どうぞ、受け取ってください』


 そう言って<サーペント>が取り出したのは半壊した二つのパーツだった。

 それをズームにして確認した瞬間、俺は驚きで一瞬心臓が止まったかのような感覚に陥った。

 そのパーツは壊れて変わり果てていたものの、俺がよく知っているものだった。一つは刃が折れた大剣、もう一つは鎧武者の半壊した頭部。


「そんな……嘘だ。だってそれは……斬竜刀じゃないか。それに<モノノフ>の頭部だって? メタトロン! あいつは……ジンはどうなったんだ!? 答えろっ!!」


 心臓が早鐘を打つ。嫌な予感だけが俺の思考を侵食していくような感覚に陥る。あの殺しても死ななそうな熱血バカの姿が頭から離れない。


『答えなんて一々言う必要がありますか? 今この手の中にある証拠こそが真実です。あなたと同じ異世界からの転生者ジン・スパイクは死にました。今のあなた方と同じ状況でね。私は忙しかったので最後まで見届ける事は出来ませんでしたが、せっかくなのでこれだけは回収しておいたんです。機体は大破し唯一の武器を失った彼がどうなったのかは想像に難くないでしょう? うふふふふふふふふふっ、その怒りに満ちた顔、実にいいですねぇ。興奮してしまいます』


「うるせぇよ、この性悪女がっ!! それは返してもらう。そしてあいつのかたきを取らせてもらうぞ! 覚悟しろ、メタトロンッ!!!」


 頭に血が上って目の前にいる敵をぶちのめす以外に何も考えられなくなる。きっとあいつも土壇場で多勢に無勢の状況に追いやられて倒されたんだ。

 こんな最低の敵にあの馬鹿正直男が……。俺が敵を取らなくて誰が取るっていうんだ。


 <カイゼルサイフィードゼファー>のエーテルフェザーと各エーテルスラスターを最大にして<サーペント>に突っ込もうとした時だった。。


『人の感情を揺さぶり罠にはめようとするとは、相変わらず卑劣な手段を使う。しかし、そのような卑劣に手を染める悪がこの世に栄えた試し無し!!』


 敵味方のエーテル通信に強制的に何者かの音声が介入してくる。

 その発信源が何処からなのか皆が周囲を見回していると、ブリッジから場所を特定したと報告が来た。


『発信源特定しました。 ――!? これは敵大型飛空艇<ガルーダ>からです!!』


『ええっ!?』


 その報告を聞いた全員が驚きの声を上げる。<ニーズヘッグ>が全モニターを使って確認すると驚く映像が俺たちの機体に転送されて来た。


『いました! 発信源は<ガルーダ>の船首甲板上に立っています!!』


 敵大型飛空艇の船首に一機の装機兵が佇んでいた。それは黒に近い蒼い装甲に身を包んだ鎧武者のような機体だった。

 背中には『ワシュウ』製装機兵のシンボルであるエーテルフラッグが二本装備されており、エーテルエネルギーで構成された旗布の部分が強風によって勢いよくはためいている。

 そしてその謎の装機兵から引き続き音声が流れて来た。


『なぜならば! 悪が世に現れし時、正義もまたこの世に現れるからだ!! 影と光、陰と陽! そして、貴様たち『クロスオーバー』と我ら転生者!!』


『あなたは一体何者ですか!? 名前を名乗りなさい!』


 メタトロンが合いの手を入れるように質問する。いや……既に自らの素性を暴露してるんだけど、何このノリ……嫌いじゃない。むしろ好き。


『我が名は、転生者部隊エインフェリアが一人ジン・スパイク!! 貴様ら悪漢に鉄槌を下すべく召喚された転生者だ!! メタトロン、かつての我が愛機<モノノフ>の敵を取らせてもらうぞ!!!』


 蒼い装機兵は<ガルーダ>から勢いよく飛び降りると、その勢いのまま<サーペント>目がけて落下してくる。

 

「ちょ、ジン! 減速しろ、機体がぶっ壊れるぞ」


『問題ない!!』


 俺の注意を全く聞かず、ジンは落下速度を殺すことなく地上目がけて降下してくる。

 <サーペント>を守るように一機の<量産型ナーガ>がジンの機体に向かって行く。


『ふっ、やはり自分を守る為に味方機を壁にするか。――ならばっ!』


 蒼い装機兵の近くに魔法陣が出現し、ジンはそこから大型のつかつばで構成された武器を取り出す。

 そして鍔が左右に展開されると大出力のエーテルエネルギーが放たれて二十メートルの巨大な両刃の刀身を形成した。


『これぞ我が新たなる愛機<スサノオ>が刃――斬竜刀ムラクモだ! まずはその機体を討ち取らせてもらう。必殺、弐ノ太刀屠竜とりゅう!! 悪・即・ザァァァァァァァァァン!!!』


 ジンが搭乗する装機兵<スサノオ>は、ムラクモを大きく振りかぶり落下速度とエーテルエネルギーを乗せた強力な斬撃を<サーペント>の守備に就いていた<量産型ナーガ>に全力で叩き込んだ。

 その桁違いのパワーを一身に受けた敵機は一撃で粉砕され、氷原へと叩き付けられて爆発炎上した。

 <スサノオ>はその炎を背にするように氷原に下り立ち、ムラクモを肩に担いで前方にそびえ立つ敵機集団を見上げる。


『まずは一機。全てこの斬竜刀で叩き潰す!!』

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