第100話 カタパルト発進の作法
大型飛空艇<ニーズヘッグ>の空の旅は非常に順調だった。
足の遅い<ロシナンテ>とは比較にならない飛行速度で『アルヴィス王国』内の領地を南下していき、王都と『第四ドグマ』間の中間地点を既に通り過ぎていた。
俺、ハルト・シュガーバイン駆る<サイフィード>とシオンの<シルフィード>の二機は空が飛べるため、本格的に敵の勢力圏に入る前に出撃して<ニーズヘッグ>に先行し警戒態勢を取ることになっていた。
俺は現在<サイフィード>に搭乗し、機体を格納庫からカタパルトデッキまで移動させているところだ。
大切な事だからもう一度言わせて欲しい。
――そう! この飛空艇にはカタパルトがあるんです!!
カタパルトとは艦艇から艦載機を射出する装置である。宇宙戦争を題材としたSFロボットもので戦艦からロボットが勢いよく発進する際に使われるアレだ。
そのカタパルトが設置してある場所がカタパルトデッキなのだが、俺は今カタパルトデッキの前に来て興奮が収まらない状態である。
分かる人には分かると思うのだが、人型ロボットの発進シーンというのは非常に盛り上がる場面なのだ。
戦闘を前に緊張感を高めるパイロットが自らに気合いを入れる
今まで飛空艇から出撃する時は、格納庫の隔壁の一部が開いてそこからスカイダイビングのように外に飛び出すという、ちょっと味気ないものだった。
心のどこかでSFロボットものみたいに「○○○行きまーす!」とか言って、母艦からドカンと射出されてみたいと夢見ていた。
その夢が、今日! 今! この場所で叶おうとしているのだ!!
「へへへへへ。……ふへへへへへへへへ」
『何か気持ち悪い声が<サイフィード>から聞こえて来るんですけど、ハルトさんの身に何か悪いことが起きたのでしょうか?』
『ああ、気にしないで大丈夫よ。ハルトは装機兵関連で気分が舞い上がると、そういう気持ち悪い笑い方をするのよ。何に反応しているか分からないけど、とても楽しんでいるのは間違いないわ』
俺の前世からの悪癖は既にティリアリアに熟知されている。<サイフィード>に乗ったばかりの頃はこういうイベントが目白押しだったので、頻繁にこのキモい笑いを連発していた。
最初はティリアリアもフレイアも薄気味悪がっていたが、そんな生活も一週間が過ぎた頃には「またやってる」と呆れられる程度になっていた。
初めて俺の奇妙な笑い声を聞いたアメリは怯えていたが、それに慣れているティリアリアは全く気にしていない様子だ。
「すまない、アメリ。この笑い癖を俺も治そうとは思っているんだけど無意識に出ちゃうんだ。頻繁には出ないと思うので許してください」
『アメリはともかく私は勘弁ですわ。さっきのキモい笑い声、思い出すだけでも鳥肌が立ちますし生理的に受けつけません。こんな笑い方をする人の何処に主任が惹かれたのか理解不能ですわ』
「――そこの金髪ドリルさん。人をキモいとか言っちゃあダメじゃないか。それに前から思っていたんだけど、君の髪の色とかお嬢様風の喋り方とか思いっきりクリスとキャラ被りしてるからね」
『なっ! 何なんですのこの人! 物凄い笑顔とゆったりした口調で私をディスって来るんですけどっ!!』
今の俺はすこぶる機嫌がいい。金髪ドリルのツンなご令嬢が何か言ってきたところで今の俺の心を揺さぶることはない。
モニターの向こうで金ドリがギャーギャー騒いでいるが、俺はそれを無視してカタパルトデッキに入った。
密閉された空間のはるか先には大空の風景が見える。これから俺はあの雄大な天空にぶっ飛ばされるわけだ。
あー、遊園地のジェットコースターの出発直前のようにドキドキしてきたぞ。前世では家族で行ったことは何回かあったがデートで行ったことはなかったな。
というか、前世で彼女なんて出来たことなかったわ。
――さて、楽しんでばかりはいられない。今回カタパルトを使うのは俺が初めて。つまり俺が皆のお手本にならなければならないのだ。
「竜機兵チームの諸君、今から俺がカタパルト出撃時の作法を教える。ちゃんと覚えておくように」
コックピットモニターに映る皆から「はーい」と気合のない返事が聞こえる。彼らは事の重大さが分かっていないようだ。
「出撃時に操者がやることは大きく分けて三つある。まず一つ目は、操者である自分の名前を述べること。二つ目は自分の機体名称を述べること。そして、最後の三つ目。これが一番大事なんだが、発進する瞬間に『今から出撃します』的な感じで叫ぶこと。以上だ」
説明が終わり呆ける操者の面々。クリスティーナが挙手をしていたので質問を許可する。
『内容を整理しますと、自分の名前と機体の名前を言ってから発進の際の合図を述べればいいんですのね?』
「その通り。でも最後の発進時のセリフには個性を出すのが望ましい。俺たち竜機兵チームの操者は六人いるので、各々異なるセリフを叫んでもらいたい。――という訳で、今から俺が手本を見せるから参考にしてくれ」
チームへの説明が終わり、とうとう待ち望んでいた時が来た。ブリッジオペレーターのアメリが機体発進前の確認をしている。
それに応じて<サイフィード>がエーテルに包まれ機体の足が宙に浮いた。エーテルの力場による浮遊作用が働いているようだ。
『<サイフィード>力場固定完了。カタパルト前方に遮蔽物無し、進路オールグリーン。<サイフィード>発進どうぞ』
ありがとう、アメリ。素晴らしい発進シーケンスのアナウンスでした。
「了解。ハルト・シュガーバイン、<サイフィード>――行きゔぁうふ!!」
ぎゃああああああああ!! 最後に「行きます!!」って言うつもりが思いっきり舌噛んだ! いだだだだだだだ!!
直後、<サイフィード>はカタパルトから射出され、加速時の重力が俺にのしかかる。
舌の痛みで気が散って、そのGを存分に楽しむ事が出来ないまま俺は大空に投げ出された。周囲に広がるは真っ青な空と雲のみでまさに絶景。
但し、俺は舌が猛烈に痛いのとセリフを噛んで失敗した恥ずかしさで一杯一杯だ。
<サイフィード>は射出時の勢いが弱まり次第に高度が下がっていったので、慌てて飛竜形態に変形して<ニーズヘッグ>の前方に位置取った。
恐る恐るモニターに映る皆の顔を窺うと、案の定どいつもこいつも爆笑していた。
『あはははははははっはは!! あいつ、あれだけ偉そうに「お手本を見せてやるぜ」って言っていたのにセリフ噛んだまま飛ばされたぞ! 腹イテーよ!!』
『兄さん、そんなに笑ってはハ、ハルトがかわいそ……ふ、ふふふふ!』
『さすがハルトさんですわ。自ら反面教師を買って出たのですね。……ぷぷぷ』
『クリスぅ~、最後に笑っちゃフォローになってないよ~。あー、今日一で面白かったわ』
『――無様だな』
ご丁寧に操者全員が感想を述べてくれた。
ブリッジ内を映すモニターではティリアリアが大笑いしながら手でバンバンどこかを叩いており、隣の船長席に座っているシェリンドンは口元に手を置いて目を瞑り、ぷるぷる身体を震わせている。
十人十色の笑い方を提供してくれて皆ありがとうよ。
――以上が夢のカタパルト出撃でイキった男の末路です。
「シオン・エメラルド、<シルフィード>――発進する!」
ちなみに俺の後に出撃したシオンはセリフを噛むこともなく、見事なカタパルト発進をやってのけていました。
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