第29話 決着の時

『くっ! ならばこちらも……はっ!!』


「選びな、アインさんよ。飛竜形態になってエーテルアロンダイトをストレージに戻すか、それとも人型のままで不自由な空中戦をやるか!」


『これが狙いか! ハルトッ!!』


「だから……慣れ慣れしいって言ってんだろうが! この、厨二仮面!!」

 

 十分距離を取った所で<サイフィード>を方向転換させ<ベルゼルファー>目がけて飛翔させる。

 一方、黒い竜機兵はエーテルスラスターの限界が近く、その場からまともに動けない。


「突っ込むぞ、<サイフィード>! 術式解凍! リンドブルム!!」


 飛竜形態時に使用できるリンドブルムは、機体全体を強力なエーテル障壁で覆って敵に突撃する術式兵装だ。

 空中戦での決め技が欲しいと言って、以前マドック爺さんに実装してもらった。


『ちぃぃぃぃ! ならば接近と同時に切り裂くまでだ!!』


「そっちを選んだか……なら、勝負だ!!」


 <ベルゼルファー>は、高速で接近する<サイフィード>にすれ違いざまにエーテルアロンダイトを振うが、地に足のついていない斬撃の速度は遅くぎりぎりで回避する。

 俺はそこから一旦急上昇し、背面飛行をしながらヤツの上を取った。真下にいる黒い竜機兵が驚いたような顔でこっちを見ている。

 ロボットに表情があるはずはないのだが、<ベルゼルファー>自身がそう感じている気がした。


『なっ!?』


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 上空から真下にいる黒い竜機兵に向けて、高密度のエーテルの塊となった白い竜が突撃し、漆黒の装甲をえぐりながら地上目がけて突っ込んで行く。


『があああああああ!! 正気か!? このまま行けば貴様も地上に激突して死ぬぞ!?』


「お前とその駄竜には無理でも、俺と<サイフィード>なら切り抜けられる!! くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 速度を落とすことなく、二体の竜は地上目がけて猛スピードで落ちて行った。

 コックピット内は警報音が鳴り響き、モニター正面には次々に装甲が破壊されていく黒い竜機兵の姿が映っている。

 地面がどんどん近づく状況下で、<サイフィード>の機首を上げエーテル光と化した翼で落下の軌道を無理やり変える。

 それにより、<ベルゼルファー>のみを地面に叩き付けて<サイフィード>は地面すれすれを飛翔し、衝突を避けた。


「ざまあ見ろ! 空高くから地上に猛スピードで落ちた時にはこうやってしのぐんだよ!」


 まさかこんな形で〝天空逆ハンマー投げの刑〟での経験が活かせるとは思わなかった。あの憎たらしい<フレスベルグ>に少しだけ感謝する。


 黒い竜機兵の落下現場から距離を取っところで<サイフィード>を人型に戻し、エーテルブレードを構える。

 しつこいようだが、この世界では油断したヤツから死んでいく。よって俺は目の前の敵が確実に倒されたと判明するまでは決して臨戦態勢を解かない。

 この世界の元になった『竜機大戦』をプレイしているうちに、気がついたらそんな習性が身に付いていた。

 娯楽のはずのゲームで神経をすり減らすようになった俺は、その時既に変態の領域に足を踏み入れていたらしい。


 そうしみじみ思っていると、コックピット内で警報音が鳴り、モニター正面に信じられない映像が映った。

 それはHP0表示でありながら、なおも動く黒い竜機兵の姿だった。


「そんな……完全に倒したはずなのに生きている? さすがにこの展開は考えていなかったなぁ」


 驚きはしたが、敵はボロボロだ。こっちはまだ余力がある。倒しきれるはずだ。


『くぅっ! まさか俺がやられるとはな……だが、満足だ。止めを刺せ、ハルト・シュガーバイン』


 <サイフィード>のモニターにアインの姿が映った。体中傷だらけで顔には血液が付着している。

 見るからに重傷であることが分かった。敵にはもう戦う力なんて一片も残っていないことがこれでハッキリした。

 <ベルゼルファー>はその場で崩れ落ちるように膝をつき、こうべを垂れる。それはまるで介錯かいしゃくを待つ侍のような姿だった。


「何だよ、それは! どうしてそんなに潔く自分の命を諦められるんだよ!? 生きたくないのか!?」


『俺はお前に……いや、俺たちはお前たちに負けた。臆病者だと蔑んでいたその白い竜と貴様にな。だが、とても満足する戦いが出来た。思い残すことはない。<ベルゼルファー>も俺と同じ気持ちらしい』


 ゆっくり<ベルゼルファー>の近くに歩いて行く。その間、ヤツは逃げる素振りも隙をついて攻撃に転じる様子もなかった。

 それどころか、俺たちをあれだけ脅かした殺気が嘘のように消えていた。

 そして、<サイフィード>はいつでも敵を攻撃できる位置にまで来た。ふと、空を仰ぐと飛空要塞が空中に浮いたまま沈黙を守っている。

 どうやら、この黒い竜機兵を助けに来るつもりはないらしい。


『さあ……やれ』


「………………」


『どうした? 今の俺を殺すことなど花を摘むよりも簡単だ。何を躊躇している』


「そうかい。本当に何の未練もないんだな」


『ああ』


 <サイフィード>のエーテルブレードを振り上げる。振り下ろせば崩壊寸前の機体は一撃で破壊されるだろう。

 こいつを今のうちに倒しておけば、後々の戦いが楽になる。ここで倒さない理由なんてない。先に撤退した皆の顔が頭をよぎる。

 こいつがいたら、皆の命が危険に晒されるのは明白だ。だからこそ今まで徹底的に敵を倒してきたんだ。

 俺は意を決して思い切りエーテルブレードを振り下ろした。周囲に斬撃の音が響き渡る。


 そして、<サイフィード>のモニターには<ベルゼルファー>のすぐそばで真っ二つになった岩の姿が映っていた。

 

『いったいどういうつもりだ、ハルト・シュガーバイン』


「……やめだ」


『何だと?』


「うるせーな! これでもうおしまいって言ったんだよ!」


『敵に情けをかけるつもりか!?』


「ああ、そうだよ。無抵抗の相手の命なんて奪えるかっ! くそっ! ったくムカつくわー! 自分の甘さに腹が立つ!! おいっ、アイン。こんなことを言っても無駄だろうけどさ。再び戦えるようになったら、真っ先に俺を狙って来い! 俺を倒すまで他の誰にも手を出すな! いいな!!」


『正気か!? 軍人に戦場で相手を殺すなだと? お前の言っていることは無茶苦茶だ』


「分かってるよ、そんなことは! だから自分自身の覚悟の無さに苛立ってるんだよ!!」


『……確約は出来ない。だが……努力はしよう』


「……え?」


『俺にもプライドはある。敵に情けをかけられ生き恥を晒す以上、可能な限りその条件をのむ用意はある』


 こいつ、ただの厨二の戦闘狂かと思っていたけど、騎士道精神も持ち合わせているらしい。こういう人間は嫌いじゃない。むしろ好感を抱いてしまう。

 できれば戦場じゃなく、やっぱり居酒屋あたりで会いたかったなぁ。程よく酔っぱらいながら厨二話で盛り上がれただろうなぁ~。


 すると、上空で沈黙を守っていた飛空要塞が突然動きを見せ始めた。ゆっくりこっちの方に近づいてくる。

 さすがに、疲弊したこの状態であんなのとやり合うのは勘弁だ。とっとと撤退しよう。

 <サイフィード>を飛竜へと変形させ浮上を開始する。


『……ハルト、再戦を楽しみにしている。次は俺が勝つ』


「残念だけど、その時には圧倒的な力量差でボコボコにしてやる! じゃあな、アイン!」


 こうして、俺はライバルとなるアインとの最初の戦いを終えた。こいつとは今後も幾度となく戦うことになるのだが、それはまた別の話。

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