第ニ章 竜と聖女

第5話 第六ドグマ

 俺がこのゲーム『竜機大戦ヴァンフレア』の世界に転生してから数日が経過していた。

 最初は、寝て起きたら元の生活に戻っているかもしれない、という淡い期待を持っていたが現実は甘くはなかった。

 何回寝ても覚めても、俺は自身で設定したアバターであるハルト・シュガーバインその人であった。

 ちなみにハルトという名前は、母の旧姓が「春都」であり、シュガーバインというのは自宅にあった植物名から何となく拝借したものだ


「こうなるんだったら、もっと真面目に名前を考えるんだった」


 それでも、一応名前としては形となっているので良しとしよう。さて、俺が乗っている飛空艇は『第六ドグマ』に向かっている。

 この場所を説明するには、まず『錬金工房ドグマ』について説明した方がいいだろう。

 『錬金工房ドグマ』は、主人公たちの国である『アルヴィス王国』内にある装機兵の研究開発施設だ。 

 国内に第一から第六の六カ所が点在していて、数字が若い程規模が大きい。つまり、俺が行く『第六ドグマ』はこの研究施設の中で最も閑散としている場所なのだ。

 『アルヴィス王国』の南端に位置しており、敵対している『ドルゼーバ帝国』は国の北側にあるため、ここは安全地帯とされている。


 このゲーム世界である『テラガイア』には、世界の中心に〝失われた大地〟と呼ばれる大陸があり、そこは全ての存在を近づかせない〝雲海〟によって守られている。 

 失われた大地を囲むように、東・西・南・北にそれぞれ大陸と国がある。

 北の大陸ノーザンノクス、西の大陸ウェスタリア、東の大陸イシス、南の大陸サウザーン。

 『ドルゼーバ帝国』は北の大陸ノーザンノクス全土を支配し、東にあるイシスをも占領しつつある。

 それに対し『アルヴィス王国』は西の大陸ウェスタリアにある国で、南下しながら進撃してくる『ドルゼーバ帝国』を食い止めている。

 南のサウザーンの国々は『アルヴィス王国』と同盟を組んでいる状況だ。


 そうこうしているうちに飛空艇は国内を南下していき、とうとう『第六ドグマ』に到着した。


「すげえ、この施設の周囲には何もねえ。延々と平地だけが広がっとる。家すらないじゃないか」


 辺境とは聞いていたが、予想以上だった。いや、頭を切り替えよう。これだけ自然豊かな土地だ。今後の人生全てをスローライフして過ごすのなら、これ以上の環境はないだろう。 

 どうせ装機兵には乗れないのだ。ならば、スローライフ王に俺はなる!


「ほう、お前さんがランドの言っていたハルト・シュガーバインじゃな?」


 スローライフ王として、まず畑を耕す構想を練っていた俺を現実に引き戻したのは、サングラスを掛け、アロハシャツを着ている怪しい爺さんだった。

 だが、俺はこの人物を知っていた。知っていたからこそ、どうしてこんな辺境の施設にこの人物がいるのか不思議でならない。


「はい、俺……自分がハルト・シュガーバインであります。あなたは、錬金技師長のマドック・エメラルドさんですよね? どうしてあなたのようなドグマ最高峰の錬金技師がこんな所に?」


「こんな所とは中々言うじゃないか、若いの。まぁ、確かに六つのドグマの中でもここは圧倒的にへんぴな所じゃからの、無理もないか。しかし、わしのことを知っているとは見どころがあるじゃないか」


「あ……すみません。ただ、本来ならあなたは今頃『第一ドグマ』あたりにいるはずだと思ったので……」


 そこで、マドック錬金技師のサングラスがきらりと光る。それにしても、アロハシャツにサングラスって、両手から強力なビーム砲みたいなのを放ちそうな外見だな。何とか仙人的な。


「どうしてそう思ったんじゃ?」


「え? だって、そろそろ竜機兵<アクアヴェイル>の最終調整とかやってる頃じゃ……あ」


 迂闊だった。本来竜機兵に関する情報はトップシークレットのはずだ。それなのに、俺はゲーム知識からその名を口にしてしまった。

 これ、ヤバくね? あ、サングラスの爺さんがますますグラサン光らせながら近づいてくる! もしかしたらスパイ疑惑とかでつかまったりするんじゃないだろうか?


「ついて来い」


「え?」


「いいから、わしについて来い。面白いものを見せてやる。それとわしのことはマドック爺さんとでも呼んでくれ。かた苦しい言葉遣いも禁止じゃ」


「は、はい! 分かりました」


 マドック爺さんは警備兵を呼んだりはせず、俺を施設の奥の方に誘った。しばらく歩き続けた先には、素晴らしい光景が待っていた。

 そこには、ゲーム内でも登場した数々の装機兵がいたのだ。見た目は新品で片腕など部分的にパーツが揃っていないところを見ると今まさに組み立て中なのだろう。

 あ! あそこにいるのはフリーシナリオで散々乗り倒した装機兵ウインディアじゃないか! 相棒……元気だったかい?


「どうじゃ、感想は?」


「めっちゃ、すんばらしいです! 生きてて良かったー!」


 俺の反応にとても満足したのか、サングラスのお爺さまはニヤリと笑ってさらに奥の方に歩っていき、俺を手招きした。

 その部屋は少し暗くなっており、周囲に何があるのかよく分からない。ただ、何というかとても気分が落ち着くような、そんな雰囲気を感じる。

 俺がそう思っていると、突然部屋が明るくなる。どうやら、マドック爺さんが照明をつけたようだ。


「! うわっ! な……これは!!」


 マドック爺さんから自分の正面に視線を戻すと、そこには一体の装機兵が佇んでいた。全身純白で頭部には赤いデュアルアイが輝いている。

 さっき見てきた装機兵たちとは一線を画する美しい存在がそこにいたのだ。


「こいつは……もしかして……<サイフィード>か?」


「驚いたのう。<アクアヴェイル>だけではなく、こいつのことも知っているとはのう」


 まずい、またもや口が滑ってしまった。まさか、こんな所にアバター専用機……つまり、ゲームでは俺の身体であるハルト・シュガーバイン専用の竜機兵がいたのだ。

 念願の自分用の竜機兵の登場に、俺のボルテージは最高潮だ。もう、言い逃れとかどうでもいいや。正直に全部話してみよう。多分信じてくれないだろうけど。


「あの……マドック爺さん、実は――」


 俺は自分のことについて彼に話した。普通に考えれば突拍子もない内容だっただろう。だって、この世界はゲーム内の世界だってんだから。

 でも、マドックさんは俺が話をしている間、話を遮ったり茶化したりはしなかった。俺が話し終えると、一呼吸おいてから今度は爺さんが話し始める。

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