第2話 母はつよつよだった

朝日が眩しく、慌てて起床した。

PCは?資料は?夫はいつ帰ってきた!?いつ寝た!?

パニックになり、ベッドから脱して着替えようとして思い出した。

そうだ、飛んだのだ、またこの地に。

25年前にも来た、センパフローレンスに。


このセンパフローレンスという国は、いくつかの都市や村、平原や森もある、陸続きの大きな国だ。

そして今いる街オリエンタリスは、国の東に位置する巨大都市だ。重要機関はほぼこのオリエンタリスに集められており、日本でいうところの首都東京のような役割を担っている。

そして国の中央には広大な庭、ホルテンシスがあり、そこに昔の私がある劔を封印した。

-コルダートゥスの劔-

悪魔族を増やし、世界の理を崩すものだ。

我々人間が「現実」とする世界と、同時並行で存在する様々な世界(いわゆる異世界)、それら全てが繋がってしまう。

そんな厄介なものが、25年前に作られてしまった。直前まで白魔法を学んでいた、心優しい少女によって。

少女の母は優秀な魔導師だった。あるとき魔法省に召集され、第3次魔法戦争に駆り出され帰ってこなかった。少女の悲しみと怒りは、それまで学んだ白魔法を全て黒に書き換えられるほどに強大になり、ついには自らを生贄に劔を生み出した。すると、各国の魔法省が抑制してきたはずの悪魔族たちが急増し、人々の心を蝕み、人口減少が始まった。

劔の存在を知った各国魔法省は終戦条約を結び、それぞれから優秀な魔導師を送り込んで、劔の破壊を試みた。しかし劔は壊れることなく、魔導師たちを次々に悪魔族へ変えていった。

打つ手を探す中、ある研究者が異世界人の召喚を提唱した。そのとき飛んできたのが、中二病真っ盛りの私だった。


また、あの劔と会わなければならない。

無意識のうちに握りしめていた右手には汗が溜まっていた。


「おかーさーん?起きたー?」

娘が部屋に近付いてくる音がする。

そう、今回は私1人ではない。娘も一緒なのだ。頬を両手でパチっと叩き、気合いを入れる。


「おはよー。なんだ、アマネも早起き出来るんじゃん。」

ワクワクするでしょ?と幼い笑みを浮かべた娘は、キッチンへ駆けていった。

泊めてくれたベロニカさんのお手伝いをしているらしい。この外面の良さは誰に似たんだか。

私は昔を思い出しながら、銀の靴に履き替えて踵を2回打ち鳴らした。

着替え完了。私の魔導師としての装備は健在のようだ。

リビングへ降りると、こちらを見た娘が驚く。

「え!?お母さん、昨日と服違うくない?なにそれ!カッコイイやつ!え、ずるーい!」

そりゃな、過去に色々…

言いかけたところでベロニカさんが間に入る。

「カズハさんは…アマネさんのお母さんは、以前この国で魔導師の資格を取得したんですよ。筆記通過者の実技試験は一般公開されているんですが、カズハさんは素晴らしかったんです。」

娘の口があんぐりしている。

そしてそのすぐ後ろの少年、リンも同じく開いた口が塞がらないようだ。

「……異世界でも試験があるのぉ…?」

娘は盛大に落ち込んだ。

そりゃそうでしょ。これだけ他者へ影響力のある手技なんだから、資格制にしなきゃ国の維持も難しかろうよ。

「か、カズハ…さんは、あの試験に合格されたというんですか!?」

今度はリンが、何やら信じられない気に入らないといった風に食ってかかってきた。

はっはっはっ、と笑いながらベロニカさんが朝食を並べてくれた。

「リン、君はまず見る目を持つ修行が必要だな。」

ベロニカさんの言葉が直球で刺してくる。

言われた本人は、食事を前に項垂れてしまった。


目の前には美味しそうな朝食が並べられ、朝日で輝いて見える。

こんな風に複数人で食卓を囲むのはいつぶりだろうか。娘もとても嬉しそうに頬張っている。

私はパンと果物だけを食べて食事を終え、手のひらをクロスするように合わせて一度叩いた。私の分の食器たちが自ら洗い、乾燥棚へ帰った。

今度は手のひらを合わせて2回叩き、そっと開く。手の中に私の魔導書が現れた。娘に覚えさせなければならないものと、これから集めなければならないものをピックアップしておかねば…

ふと視線を上げると、娘はまた口が開いており、パンくずが溢れ落ちた。

「ほぉら〜何ボーッとしてんのよ。溢れてるわよ。」

そう言いながら右手の指を2回鳴らし、娘の口元に布巾を出現させて拭き取る。

「お、お母さん…?」

ん?


しばらく沈黙して、私は何も説明していないことにやっと気付いた。


それから、私の魔導師階級は特級(永久資格)であること、これから共に旅に出るためには、アマネにも資格を取得してもらわなければならないこと、試験には推薦状がいること、そして

「ベロニカさんは、魔導師育成学園の理事長よ。ベロニカさんの元で学んで推薦状を貰えるように頑張らなきゃね。」

と伝えた。

「どこへ行っても勉強からは逃れられないのね…」

娘の勉強嫌いはここでも絶好調らしい。

私は楽しかったけどなぁ。

「先ほどカズハさんがされた魔導書開本、あれは学園で一番初めに習得するものです。学ばれた分、体得された分だけ記録されていきます。食器を片付けるのも楽になるんじゃないですかね。」

ベロニカさんが含み笑いをしながら娘を口説いている。無精者の娘は最後の言葉に引っかかったらしく、やってみたい!と輝かしい返事をした。

私はベロニカさんとアイコンタクトした。


そうと決まれば話は早い。娘は16歳だから、親の同意なしに手続きできるわけだが、入園の推薦者欄には私の名前を記入しておいた。きっと入ってからも楽になるだろう。

入園許可を得るため、久しぶりに魔法省へ足を運んだ。相変わらず、目つきの悪い長官が書類確認をしている。

「お久しぶりです、長官。」

声をかけると、眉間に皺を寄せながらこちらを見た。

「は……ええ!?カズハ様!?カズハ様ですか!!?お久しぶりでございます!もう会えないものと思っておりましたが…まさかまたお会いできる日が来るとは!」

握手を求められ、少し身構えてしまった。髪色、顔のシワ、それらが月日の流れを示している。そして昔より感情豊かになっている。長官も老けたものだ。

「取り乱し、失礼致しました。お越しのご用件はやはりアレですか?」

静かな問いかけに小さく頷き、私の後ろに隠れていた娘を前へ出す。

「今回は娘も一緒なんです。娘にも資格を与えたいため、入園許可を。」

書類を一式出すと、こんなもの無くてもカズハ様のご息女でしたら入園くらい容易いですよ。と笑いながら、許諾の魔法印を全書類にパッと付け、それぞれの格納エリアへ飛ばした。

「昔のカズハ様によく似てらっしゃる。きっとコツを掴めばすぐ駆け上がってこられるでしょう。心配なさらずとも大丈夫ですよ。学園における各種手続きは私、アデムが承ります。いつでもお越しください。」

長官はまるで孫でも見守っているかのような顔をして、娘にそう話しかけた。

「アマネ、挨拶。」

「あ、垣岡 天音(かきおか あまね)です!よろしくお願いします!」

お辞儀をした娘を見て、長官はさらにおじいちゃんっぽい笑顔になった。

そして早速、長官は踵と手のひらを1回ずつ素早く鳴らした。

たちまち娘の服は、学園の正装に替わった。これは国が認めた学生であるという証拠であり、見習いという印でもある。この服には自動制御機能も備わっているため、感情コントロール等が難しいときでも暴走せずに済む。

あの世界三大ファンタジーとされる某魔法モノ物語でも制服らしきものが登場するが、あれとは少し違う。ローブなんて邪魔なものは無いし、杖も我々は使わない。なぜなら力を集中させる場所は、血管だからだ。

学生のうちは感覚を掴むのに苦戦する者が多い。そのため、初心者は手袋を用いる。その手袋に力を集めるイメージを作るのだ。


娘は中二病全開だ。手袋なんてそれの化身のようなものだ。グーパーしながらニマニマしている。考えていることが透けて見えそうだ。


「長官、ありがとうございます。またよろしくお願いします。」

私が深くお辞儀をすると、長官は楽しそうに言った。

「すぐ試験を受けるために来られることでしょう。お待ちしております。」


魔法省を後にし、ベロニカさんの家へ帰る。道中、スキップしたりクルクル回ってみたりする娘は、とても無邪気な笑顔で楽しそうだった。

先のことはまた話せばいい。今は資格の取得に励んでもらわなければ。

そして娘が学園で奮闘している間に、私は情報収集に出かけよう。散らばったトリフィルスを再び集める必要がある。


向かいからベロニカさんが歩いてくるのが見える。迎えに来てくれたようだ。

娘は自分の姿を見せ、笑顔で報告している。その更に後ろからリンが走ってくるのが見えた。

そういえば彼は資格保持者なのだろうか。何かがモヤっと脳裏をよぎった。

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