第23話 詩と甘いの
クリスマスイヴ当日。
厨川とネコの協力もあって、無事にプレゼントを調達できた僕は自宅にてその絶好の機会を窺っている。
また、母さんは仕事で今晩は家を空けている。
美侑とふたりきりでチキンを中心としたクリスマスらしい夕食を済ませ、借りてきた映画を鑑賞し、時刻は二十二時を回っている。
普段ならとっくに美侑は家に帰っている。けれど、今晩は違う。
美侑は親に「友達の家に泊まってくる」と申し出て、了承を得たらしい。本当に友達の家に泊まりに行ったと思っているのか、それともわかっていて了承したのか定かではないが、どちらにせよ娘の『自由』を重んじる彼女の親らしいなと思った。
ソファーで隣り合いながら座っていると、美侑の息遣いが聞こえてくる。そのことが緊張感を加速させるのだが、いつまでも怖気づいていては男が廃る。というか明日の昼には美侑が帰るのだから、この夜を逃す方が後々気まずい。
やや及び腰気味に決断した僕は部屋の片隅に置いておいたプレゼントを手に取り、美侑に手渡す。
「これ……」
「僕からのクリスマスプレゼントだ」
包装紙を丁寧に剥がしていき、中身を確認。
僕からのプレゼントはネックレスだ。夕焼けのように輝くそれは小ぶりなこともあってそれほど主張が強くない。ファッションに疎い僕のチョイスとは思えないのも当たり前。
なぜなら、以前デートした時に美侑が「これ可愛い」と呟いていたのを覚えていただけなのだから。
その上、現地でネコが品定めしてくれたのだ。ある種無難な選択ではあるので、色んな服には合わせやすいそうだ。
「もし気に入らなかったら無理してつけなくていいから」
「そんなことない! これ、前から気になってたやつだし、すごく嬉しい! 大切にするね!」
「そ、そこまで喜んでもらえるとは思わなかったよ」
美侑があまりにも屈託なく笑うものだから、僕は照れくさくなって、目を逸らした。
そうか。プレゼントを渡して喜んでもらえるってこんなにも嬉しくなるものなのか。
なけなしの所持金をはたいた甲斐があったってものだ。バイトも今までの倍以上頑張ろうと意気込める。
キラキラと目を輝かせた美侑が僕の肩に甘えるようにぶつかってくる。
「ねえ。今、シュウがつけてよ」
「あとで風呂入るのに?」
「その時また外せばいいだけだよ」
なかなか引き下がらなさそうだったので、観念して言われた通りにした。
美侑の首に手を回す。
首元をキラリと光るネックレスは桜のような笑顔を浮かべる彼女によく似合っていた。
「どう?」
「綺麗だよ……美侑」
「……ッ! シュウって平気で女たらしみたいな言い方するよね?」
「ひどいなぁ、こっちは真面目に言ってるのに」
「だったら歯の浮くような言い回しをしないで、もっとシンプルに褒めてよ」
「……可愛い」
「……もう一回言って」
「可愛い」
「…………もう一回っ」
「……好きだ」
「~~~ッッッ!?!?」
…………。
「……もうやめとくか」
「うぅ……恥ずかしくて死にそう……」
肩に頭を乗っけてねだってきた美侑がいじらしすぎて、つい舞い上がってしまった。
恥ずかしくて死にそうなのはこっちも一緒だし、なんならさっきまでの自分を殴りたい。何が「……好きだ」だよ。キャラじゃねえだろ、そういうの。
恥じらいをごまかしたくてポリポリと頬を掻いていると、今度は美侑の方がプレゼントを紹介。
少々大きな箱を開けると、中には一冊の本が入っていた。
「詩集?」
慎重に箱から取り出し、表紙を確認。
「
「やっぱり知らないんだ」
美侑が食い気味にレスポンス。
「有名な人なのか?」
「小説界隈ではそこそこ有名らしいよ。恋愛小説がドラマ化したこともあるってぐらいに」
美侑は詩集を覗き込みながら言う。
小説を普段読まないのに、プレゼントに選んだのだ。僕のために小説のことを勉強してくれたのかと思うと、二重の意味で嬉しくなる。
にしてもどうして詩集なのだろうか。
そんな僕の疑問を先回りして、美侑が答える。
「シュウって小説家になりたいくせに今まで一冊も小説を買って読んだことがないでしょ?」
「くせにって……。まあ、でも否定はできない」
そう。僕は何を隠そう、小説を買ったことがない。お金がなかったわけではなかったが、何となく貯金してしまう質なので、おおよそどの娯楽にも触れていない。
僕の小説における知識は、学校の教科書。すなわち、現代文の授業で取り扱うような文学作品を読んだだけで僕は小説家に憧れを見出したのだ。
別に夢へのきっかけを恥じるわけではないが、夢を叶えるための知識も経験も少ないのも事実。そういった意味では美侑がこうして詩集をプレゼントしてくれたのはそれこそ良いきっかけになったかもしれない。
うんうんと頷き、美侑は話を続ける。
「そんなシュウに色んな良い言葉に触れてほしいな……っていう私からの応援の気持ち。……ごめんね、ムードなくて拍子抜けしちゃった?」
「いやいや、美侑が一生懸命選んでくれたのが伝わるし、めちゃくちゃ嬉しい。ありがとう!」
「良かったぁ。喜んでもらえて安心したよ」
パラパラと詩集のページをめくり、目に留まった一文を美侑と共有。
――嘘つきが泥棒の始まりなら、人は皆何かを盗んで生きている――
うん。確かに僕の琴線に触れる詩集だ。改めて美侑には感謝だな。
しばらく詩集を読み進めては、美侑と詩の解釈を考えていた。
美侑も言っていたようにクリスマスっぽいムードはないかもしれない。それでもこうやって肩を寄せ合って、誰かの言葉に頭を悩ませていると、どことなく胸の奥が温まってくる気がする。ずっとこの時間が続けばいいのに、と本気でそう思った。
そして最後のページにたどり着くと、そこには、
――どうしようもないこと――
というタイトル『だけ』が書かれていた。
言い換えれば、詩の本文が載っていなかったのだ。
印刷ミスかと頭をよぎりはしたが、美侑によるとこれはミスではないらしい。
空白であることで完成している詩のようだ。
「変わった詩だな。……てかこういうのはありなのか?」
「ありなのかどうか、私はよくわからないけどネットでは、言葉で言い表せないほどに『どうしようもないこと』だから空白だって考察がいちばん多い感じだね」
言われてみればとても単純なメッセージだが、単純なだけに思考が無限に深まる。
この著者はいったい何を伝えたかったのだろうか。両手に溢れんばかりの幸福か。それとも溺れるほど泣ける不幸なのか。
唸りながら思案に耽る僕を尻目に、美侑は空虚に語りかけた。
「実はこの詩集をプレゼントに選んだ理由がありまして……」
「急に畏まってどうした?」
「いいから聞いて」
ツッコミをキャンセルされた僕は即座に閉口する。
「ここの空白。私なりの解釈があってね。バカかもしれないけど、何も書いていないなら読者が書き込めそうって思ったの。だから私は、シュウが小説家になったらここの空白にシュウの言葉で埋めてほしいの。埋めて、私に見せてほしい」
「小説家になったら……か。またずいぶんと先の話だな。相手が僕じゃなかったら重い女だと思われるぞ」
「シュウ相手だからいいの」
詩集を持つ僕の手に美侑の手が上から被さる。そしてパタン、と詩集を閉じた。
冬だからか、彼女の指は少し冷たい。
そのまま小指と小指を絡めて、美侑はニッコリと笑った。
「約束しよ?」
「破ったら?」
「毎日欠かさず私に甘いものを献上してもらおうかな」
「それは確かにきついな。僕のバイト代に大打撃だ」
「別に食べ物じゃなくてもいいよ、甘いものなら」
「は? どういうことだよ」
甘いとはすなわち味覚。至極当然だが、味覚が働くのは食べ物を食べた時だけ。
甘党の美侑のことだ。毎日スイーツをくれと宣っているものだと予想していたが、どうやらそれ以外にも手段はあるのだろうか。
視線を美侑に移すと、彼女はクスッと微笑し、その唇を僕の頬に触れさせた。
一秒にも満たない、ただ触れるだけのそれは僕を困らせるのには十分だった。
「これでも……いい、から」
大胆な行動に出るのは美侑らしいし、その後にすかさず照れてしまうのも彼女の特権だろう。
水泳大会よろしく目を泳がせる美侑の横顔にはつい見惚れてしまう。
美侑はパタパタと手で熱くなった顔を扇いだ。
「あーもう、何言ってるんだろ私。ホント恥ずかしい。暑い。暑くて汗かいちゃった。ねえ、シュウ? 悪いんだけど先にお風呂頂いちゃってもいい?」
「あ、ああ。いいぞ。ゆっくりしてってくれ」
僕が許可を出すと、美侑は「ありがと」と礼をいれ、準備をしてから風呂場に行こうとした――のだが。
「あ、着替え忘れちゃった……」
なるほど、僕と美侑の初めてのクリスマスイヴは一筋縄ではいかないようだ。
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