ネクロマンサー

賢者

第1話 迷子

サクサクと落ち葉の踏みしめる音がする。つい最近まで、たくさんの樹々が多い茂っていたのだが、冬の寒波にやられ、あっと言う間に落ちてしまった。



日はとうに落ち、昼間の暖かさも微塵も感じさせない、肌に刺すような風が吹雪いていた。風に揺られ、わずかに残った木の葉が揺れ、カサカサと音を鳴らす。動物の鳴き声一つせず、しかしどこかピシッとした空気が漂っている。何か獲物を狙うような、張り詰めた空気がその森にはあった。



そんな中、異音の音を発する物がある。



冒険者の風貌した人間だ。

膝まである厚手のマントを体くるませ、フードめぶかまで被っている。マントに遮られ、体のラインは見えないが、胸のわずかな膨らみで女性ということはわかった。身長は低く小柄だ。腰には剣とベルトがあたり、歩くたびにカチャカチャとわずかに音を鳴らしている。その剣の握りは磨り減り、よく使い古されているのが分かった。

わずかにフードから溢れる吐息は白く濁っている。



「そろそろ、町についても、いいのだけど……」



彼女は、そう呟くと、おもむろに、腰につるしている鞄から地図を取り出す。

それは、地図というには、いささかお粗末な出来栄えだ。何かよくわからな動物の皮で作ったボロの羊皮紙に簡素な道らしきものと、殴り書きで地名が書いてあるだけの、まさに地図らしきものだった。



彼女はここ数日、この地図を頼りに前の町から今まで歩いているのだが、一向に次の町どころか村一つ見えてこない。始めは鼻歌を歌いながら意気揚々と歩いていた彼女だったが、今ではそんな雰囲気を微塵も感じさせない、どよんとした空気が漂っていた。



前の町で買い込んだ食料は残り少なく、底をつきかけている。


最初は楽観視していた彼女だったが、いつまでも変わりばえのない背景と空腹と旅の疲労で焦りばかりが募っていた。



「もう!!なんで町につかないのよ!本当にこの地図あってるの!?」



苛立ちをぶつけるように、地図らしきものを地面に叩きつける。この問答も何度繰り返したのだろうか、あまり丈夫ではない安物の羊皮紙は、所々破れ、右上半分は千切れてしまっている。



しばらく地図に当り散らしていると、少しばかり気分が晴れたのか、それともこんな事で体力を使うくらいなら、先に進もうと考えたのか、彼女は地図を拾い上げた。



「はぁ……これ以上町につかないと、本当にマズイかな」



元気よく地図に当り散らしているが、実際は空腹疲労で立っているのもやっとだ。今の問答で無駄に体力を使いどどっと倦怠感が押し寄せてもいた。



「とりあえず、どこか野宿できるとこ見つけないと」



彼女は薄暗くなり始めた空を見上げこんなことをしている場合じゃないと気づく。



そうは言ったものの周辺樹々はどれも細く、ヒョロリとしていて、雨風を防げるような、ちょうどいい樹々など存在していない。今から寝床を探そうにも、太陽が沈みかけ、森は薄暗くなっていた。このまま、ちょうどいい寝床を探していたら、日が完全に落ちきてしまうのは明白だ。



普段の彼女ならこんなミスをしないのだが、いつまでも目的地につかない不安と焦燥感。空腹と疲労で注意力が散漫になっていた。



「……流石に、もう寝床を探している時間はないかな」



彼女はもう一度空を見上げ、顔を曇らせると、大きなため息をはいた。



「あまり、使いたくなかったけど……仕方ない」



そう、苦虫を噛み潰したような顔で呟くと、おもむろにさきほど地図らしきものを取り出した鞄の中から手の平サイズほどの小さな小瓶をとりだした。



小瓶は円形の筒状で、固く、ちょっとの衝撃では簡単に割れないのがわかる。小瓶の淵には弾力性のある、柔らかい粘土のようなものが蓋をしており、その上をさらに布でおおって、紐でくくってあった。



小瓶の中には、小さな石の欠片のような物が入っている。鈍く緑色に発光しており、その光はどこか神秘的な暖かみがあった。



彼女は小瓶の包みを外し、中の小さな欠片を手のひらに落とす。小さな石の欠片は小瓶から取り出すと、さきほどの鈍い光とうって変わって、強く発光し始めた。



彼女はそんな欠片の光を封じ込めるかのように強く、握りしめ、握った手の甲を額に当て小さく何事か呟く。



すると、今までの刺すような冷たい風とは違う、どこか包み込むような暖かな風が吹く。



その暖かな風が、地面に落ちた木の葉を吹き飛ばすと、彼女の左の地面が動き始めた。



土は盛り上がりあっという間に彼女の背丈ほどの土壁出来上がる。同じように彼女を囲うようにして土壁が生成さる。彼女を起点に囲いができると、最後に空いていた土壁の上を新たな土が被さり、彼女をスッポリ覆い隠した。



彼女は一旦演唱をやめ、腰に吊るしていた剣の柄頭で強めに土壁を叩いてみる。土の壁は僅かにパラパラ土の欠片は落ちるがびくともしなかった。



「まぁ、こんなもんでいいかな」



彼女がそう呟いたちょうどそのタイミングで緑色の発光をしていた小さな欠片は発光を止めた。



彼女は小さな欠片を、鞄から取り出した新たな別のの小瓶にうつすと、満足気に自家製の土の家を眺める。



石の力で作った簡易的な家は、土を囲っただけというお粗末なものながらも、一夜の雨風を防ぐには十二分に立派なものだった。



彼女は先ほど散らした落ち葉を集める。そこらじゅうに散らばっており、簡単に集めることができた。



そして次に彼女は鞄から筒状の入れ物を取り出した。竹の筒にゴム状の皮が加工してあるのがわかる。赤い紐のついている蓋を緩めそっと水筒を傾けると、青紫色のゲル状の液体が溢れ、落ち葉にドロリと絡まった。

匂いは無臭、粘着性があり、粘り気が強い。



次に彼女は腰にある水筒を手に取る。



「もう水は残り少ないからあまり使いたくないんだけどな」



一瞬躊躇したものの、すぐに水筒を傾けた。透明の水が水筒から溢れる。落ち葉に垂れた液体はゲル状の物体と絡まった。



しばらくすると、シュッとした音ともにゲル状の物体がたちまち発火した。その炎は、僅かながらも、落ち葉に引火し、たちまち燃え上がった。

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