白い鳥
賢者
第1話 白い鳥
ひと昔前の古い曲。叶わない恋を歌った小さな恋の歌。私はこの歌が好きだ。
今時誰も使わないであろうカセットテープで何度も何度も聞いている。この曲を聞くたびに私は、悲しくて、切なくて、胸を締め付けられる。
ぽっかり空いてしまったこの穴を埋めてくれる。
〜♪
「……っ!」
私の曲だ。私の曲を誰かが歌っている。
教室には私一人。どこから……。
「……上」
私は窓から身を乗り出した。屋上から微かだが聞こえてくる。
私は思わず走り出した。何故私は走っているのかわからない。歌ってる人が気になった?違う、もっと歌を聴きたくなった?違う、何故だか無性に腹が立ったから、私が作ったわけじゃない。誰が歌おうといいはずだ。でもでもこれは私の歌なんだ。
階段を一つ飛ばしで駆け上がる。息をきらしながら、屋上のドアノブに手をかけ開いた。
〜♪
あの歌だ。あの歌が聴こえてくる。すっと透き通るような綺麗な歌声。
こちらに背を向け、私に気づかない。
私は涙が止まらなかった。ただ、ただ彼の歌声にききいっていた。
「白い鳥……」
私がぽつりと呟くと驚いて振り向いた。
「……っ!」
「声が、聞こえたから」
「え?」
「教室にいたら、歌声が聞こえた」
私は下を指差す。
「ご、ごめんなさい。誰もいないと思って」
「この歌……好きなんだ」
「はい、凄く悲しくてとても胸が苦しくなります、でも凄く誰かを思って作った曲なんだなって」
「そう、邪魔してごめん」
「あ、あの」
私を呼び止める声が聞こえたが、振り返らなかった。今の顔を誰にも見られたくなかったから。
「葵〜、葵ってばー」
梨花が僕の右肩を揺する。
「起きてるんでしょ。ねーねー葵ー」
今度は両肩を掴んで揺すってくる
「ねーねーってば、起きてるんでしょうーあーおーいー」
「……なに。というか葵って言うな」
「えー葵は葵だし」
僕が自分の名前を呼ばれるのが嫌いってわかってるのに梨花は、いつまでも名前で僕を呼んでくる。
「一生のお願い!宿題、見して!」
「一生って昨日も一生って言ってなかったけ?」
「それは、あれだよ!今日の私は、新しく生まれ変わったNew私なのだ!」
「……知らない」
何やら隣でぎゃーぎゃー騒いでるが、無視して頭を伏せた。
今日はこれといった授業もない。どうせ教科書をただ読むだけの授業だ。寝てても問題ない。
「あ、そうだ。このイヤホンの持ち主知らない?背が高くて凄く美人な子だった」
昨日あの子が落としていったイヤホンを梨花に見せる。
「なに?葵その子、気になるの?」
「ち、ちがうよ!ただイヤホン落としたから、返したいだけ!」
「ふーん」
「本当だよ!」
「わかった、わかったこの梨花おばさんに任せなさい!……うーん、多分となりのクラスの斎藤さんじゃないかなー」
「詳しく教えて!」
「んー葵は斎藤さんやめたほうが良いと思うよ」
「いいから!」
「……さ……」
綺麗な声が聞こえる。
「……さ……さん」
あの時の声だ。心地よい、彼の可愛らしい声。
「斎藤さん!」
「……なに」
顔を上げる。昨日の彼が立っていた。目が大きくクリッとしている。ちょっとタレ目な目尻が庇護欲をそそる。肩まで伸ばしたボブカットに左髪を、星のヘアピンで髪を止めていた。
「これ……」
「私のイヤホン……」
どうやら昨日、慌てて戻った時に落としたらしい。
「昨日、屋上で……」
「なに二人とも知り合いだったの?」
「知り合いじゃないわ」
「違うよ、梨花ちゃん。昨日たまたまあっただけ」
「ふーん、そうなんだ」
「斎藤さん。……あの、その……」
「イヤホンありがとう」
そう言うと私は鞄を掴むと逃げるようにその場を立ち去った。
「なによ、あいつ」
「……」
「昨日、葵となにかあったの?」
「屋上で、僕が歌ってたら斎藤さんがきて、凄くつらそうにしてた」
「そう……なんだ」
「うん……」
「……」
「やっぱりほかっておけない!」
「はぁ……好きになさい」
「うん!」
「……本当にお人好しなんだから……」
屋上へきた。授業が終わるまでの時間潰しだ。まだ冬には速いが、どことなく肌寒さがある。
ぼんやりと空を眺めていると、屋上のドアがあいた。
「なんとなくここにいる気がしました」
「……」
「ここ、少し寒いですよね」
「実は僕もこの前、ここで歌ってて、寒くて手が悴んじゃいました」
「……」
私なんか構わなくてもいいのに。
「知ってますかここを引っ張ると梯子が降りてきて、タンクまで登れるんです」
そういうと彼は登り始めた。
「斎藤さんが何を悩んでいるのか、僕にはわかりません」
「別に悩んでないわ」
「でも、凄く悲しそうでした」
「……」
「凄くつらそうで、凄く苦しそうでした」
「……それは貴方の想像であって、私はなんとも思ってないわ」
「確かに、これは僕の想像であって、斎藤さんの本当の思いはわかりません。もしかしたら斎藤さんからしたら、余計なお世話かも知れないです」
「だったら」
「でも、それでも、僕は斎藤さんの力になりたいんです!」
「……」
「ダメですか」
「…………勝手にしなさい」
「はい、勝手にします」
私がそう呟くと、彼は満面の笑みを浮かべ私の隣に座った。
「……歌」
「えっ?」
「歌好きなの」
「はい!好きです!歌を歌っていると体がぽかぽかして楽しい気分になるんです!」
「……そう」
そう言うと彼は歌い始めた。
〜♪
綺麗な歌声。でも何処となく、切なくて涙が溢れてくる。
「……大丈夫ですか」
「……っ」
気づくと歌声が止まっていた。
彼が覗き込んでくる。
「またあの時の顔をしていました」
彼が私の顔に触れる。
「大丈夫です。僕がここにいます」
「うっ……っぅ……」
それから、帰りのチャイムが鳴るまで私は、あまり覚えてない
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