第26話 恋の予感

 午後になると、ローラはお母様からダンスのレッスンを受けているようですの。


 お母様は、若い頃は王宮から乞われて王族の方々に指導をしていたくらいなのですわ。たしかお父様との出会いも、王宮でのダンスパーティーだと言っておられましたわね。


 時折、指導のサポートということで、ローラにステップのお手本を見せるために、わたくしが呼ばれることもありますの。


「アレクサーヌ! ルイと一緒に踊って見せてあげて。ローラ、二人の動きをよく見ておくのよ」


 どうやら今日は、次兄のルイがローラのダンス指導のサポートに入っているようですわ。わたくしとルイがステップを踏む間、ローラの隣でお母様が、わたくしたちの動きをアレコレとローラに解説しておりますの。


 お母様のアドバイスにローラは真剣な顔でうんうんと頷いておりますわ。


 そして次の日にもう一度呼び出されてからは、わたくしがダンスレッスンに呼び出されることはなくなりましたわ。


 わたくしは空いてしまった時間を、庭の散歩に当てることが多くなりました。


 今日も庭を散歩していると、部屋の中でローラとお母様と次兄がダンスレッスンに興じているのを見えましたわ。


 どうやら次兄は、ずっとローラのレッスンに付き合っているようですわね。


「ふふふ。あの二人、なんだか良い感じですよね」


「えっ!?」


 振り向くと、シュモネーがわたくしのすぐ後ろに立っていました。


「ルイさんとローラさん、お似合いだと思いませんか?」


 シュモネーに言われて改めて部屋の中を見ると、ローラと次兄は、お母様の指導に合わせて息ピッタリにステップを踏んでおります。


 二人とも、とても楽しそうに踊っておりましたわ。  


 なんてことでしょう!


 これまで見えていなかったものが、シュモネーの言葉で見えてしまいました。


 見つめ合ったままクルクルクルクル、フロアを動き回る二人を見て、わたくしのアホ毛がピンと立ちましたの!


「こ、これはラブ波!?」


 わたくしの顔が真っ赤に染まっていくのを感じました。


「でしょー---! キャァァァ!」


 シュモネーが嬌声を上げながら、わたくしの手を取って大きく揺らします。


 お前は女学生ですの!?


 半神というか、恐らくこの世界の理を越える存在であるシュモネー。

  

 黙って立ってさえいれば、美の女神かと見紛う美貌の持ち主が、キャッキャッウフフとわたくしの周囲で跳びはねております。


 しかし、シュモネーに指摘された上で次兄を観察してみると、明らかにローラに対して特別な感情を抱いているように見えますわ。


 むぅ。

 

 その吸血鬼は、あなたのカワイイ妹を何度も何度も殺しているのですわよ!


 と言ってやりたいですの。

 

 魔族と人間の恋愛なんて、ゲームの中でしか見たことがありませんけど……。


 まぁ、本気でチャレンジするというなら、妹として全力で応援するつもりではありましてよ。


「私も応援しますよ!」


 わたくしの目の前で、シュモネーが両の拳をグッと胸元に引き寄せて、そう言いましたの。


「あなたは、わたくしの心の声に返事するの止めてもらえませんこと!?」


「あっ!」

 

 舌を出して自分の頭をこずくシュモネーに、思わずわたくしジト目を向けてしまいましたわ。


「それにしても、ローラさんとサンチレイナ家の方々が、こうも仲良くなってしまったら、この先どうなってしまうのでしょうね」


 シュモネーは、わたくしのジト目に臆することなく、さらりと話題を変えてきました。


「どうなるって……ハッ!?」


 そうでしたわ! 「殲滅の吸血姫」のどのような分岐にも、サンチレイナ家でローラが令嬢修行に来るなんてシナリオはありませんでしたわ!


 とはいえ少なくともシュモネーがいる限り、ローラがサンチレイナ領を襲うなんてことはないはずです。


 このままローラが次兄とでも結ばれてくれれば、サンチレイナ家は安泰。


 なんてわけねーですのぉぉ!


 何の根回しもないまま、もし吸血姫ローラが我が家に滞在していることが知られてしまったら、王国から反逆罪に問われかねません。


 どうしましょう……。


「とりあえず聖樹教会に相談してみては?」


 シュモネーが、わたくしの悩みを見透かしたように提案してきました。


 聖樹教は、聖樹の元に人も魔族も平等に救済を求める宗教です。


 あくまで理想とする建前ではありますけれど、王国よりは魔族に対して寛容な視点を持っておりますの。


「ローラさんに聖樹教の樹印を受けてもらえば、王国もそうそう手出しすることができなくなるのでは?」


 人や魔族を区別することなく、聖樹の下にある全ての命を貴ぶ聖樹の誓い。


 ミスティリナの下で誓いを立てた者は、その証として樹印を受けることができるのですわ。


 この世界での誓いというのは、前世のわたくしには想像もできないくらい重いものですの。


 そして人間と魔族では、魔族の方が誓いに対して真摯な姿勢を持っていると言われておりますわ。


 ローラに樹印を受けさせて、王国軍も魔王軍も手出しできない環境づくり!


 これで! 円満解決ですわね!


「となれば、わたくし王都に戻ってレイアとチャールズを連れて参りますわ!」


 二人に事情を説明して我が家に来てもらって、領内にある聖樹教会で聖樹の誓いの儀を行ないますの!


 わたくしはシュモネーの手を取りました。


「それじゃシュモネー様はローラの説得をお願いしますわよ!」


 最もやっかいそうなことをさっさとシュモネーに押し付けて、わたくしは再び王都に向かう準備を始めました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る