ダンケルアヴジェの沼
肉巻きありそーす
1' 惜しまれぬ別れ
「お前、もうパーティから抜けてくれ」
野宿の目覚めは決して心地よいものではない。笑い合いながら挨拶を交わすも、内心穏やかではないのだ。そんな殺伐とした暁に1つの言の刃が差し込まれた。
「え?ふへ?僕ですか?」
いつもの様に笑って誤魔化せるような雰囲気ではないことは分かっている。それでも、俺にはこれしかない。
「お前以外誰がいるんだよ」
俺を射抜く勇者アークの視線は冷たい。他のメンバーはまだ眠っているのか、彼以外の視線を感じることはない。
「な、なんで、今なんですか?」
女神の神勅より魔王討伐を命じられて2ヶ月、ゴブリン・キングやダンス・インプとボス級モンスターを倒しながら着実に魔族領へと向かっている途中であった。
「限界なんだよ。これ以上お前という枷を負いながら冒険を進めるのは」
ヒュッと横隔膜が痙攣する。言葉が出てこない。暗黙の了解であった残酷な事実は、驚く程に己の心臓にのしかかった。
「正直、あそこでルーナを止めなかった俺も悪い。引き留めたルーナも悪い。でも、お前が一番分かってたはずだろ?なんで今までノコノコと着いてきたんだ?」
「ッノ、スイマセン」
「謝るなら最初から参加するなよ。別に俺は最初から期待してなかったからいいけどな、戦士のガディと僧侶のナームンはお前に不満たらたらだぜ。特に、お前と同じ戦士職ガディはな」
それもなんとなく察していた。この旅で俺は明らかに浮いている存在なのだ。正直、自分でもなぜ加わっているのか分からない。幼なじみのルーナのためなのだろうか。彼女が遠くに行ってしまうことが、勇者と懇ろにならないかどうか─、ああ、そうか。そういうことだ。
「図体のでかいガディより愚鈍で、後衛の女子たちよりも力のないお前を、どうして今までルーナは期待していたんだろうな」
涙が出そうになる。しかし、ここで泣けば本当に人として終わりだ。
「いや、すまん。正直、イーショサ村からガディと出会うまで足りない前衛の壁としていてくれたのは助かった。2,3個の街を越えるまでは戦力にもなった。それに、荒野の魔女との戦いの時、奴からナームンを解放したときには畏敬の念を覚えた」
突き放すならとことん突き放してくれればいいのに。その半端な優しさが余計に患部を刺激する。
「でも、それだけだ。前のゴブリン・キング戦では雑魚のマーダー・ゴブリンに倒されて、ダンス・インプ戦では敵に操られてあろう事かこちらに刃を向けた。それだけじゃない。お前、ここ最近の戦闘に参加してるか?」
していない。最近は出ても足でまといになるだけだから、荷車の中で番をしているだけ。みっともない。みっともない。みっともない。
「ああ、ガディと入れ替わりになってたら互いにこんな思いをせずにすんだ。あの時に別れていれば、俺はまだお前を友として見れていた」
「アノ......自分から言い出すのはそのちょっと腰抜けみたいで......」
絞り出した言葉。これほどマヌケで惨めな言い訳は世界中どこを探してもないだろう。
「そうか、そうだよな。同じ男として分かるぜ。これも俺の配慮不足だ。俺がもっと早くに言い出せばこんなに溝が深まることもなかったかもしれない。すまなかった」
アークは はっ として、深深と頭を下げる。
「イヤ、俺もあの時に抜けてたらよかったんす」
「半ば強引に連れてきたルーナに代わって謝罪する。望まぬ冒険を無理強いさせてしまい、申し訳ない」
アークのお辞儀は数十秒ほど続いた。そして、顔を上げた後に懐から呪文を刻んだ紙を取り出す。
「イショーサ村に座標を合わせた移動呪文。これが俺に出来るせめてもの餞別だ」
「アリガトザマス......」
「今まで苦労をかけたな。ゆっくりと休んでくれ。必ず魔王討伐の吉報を全世界に届ける」
「ガ、ガンバッテクダサイ!」
「じゃあな」
アークの憐憫に満ちた笑みを後に俺はパーティから離脱した。
「おう、アーク。朝っぱらから早いじゃねぇか。どうした?」
「マルクを家に帰した」
それを聞くとガディは豪快に笑った。
「ガッハッハッハッハ! ようやくあの車引きが消えたか!! 荷車引いて旅するなんて誰でも出来るってのにいつまでも未練たらしい粗大ゴミだったな!!!」
「もう、朝からうるさい」
ちょこんと目を擦りながらテントから出てきたのはナームンである。
「聞けナームン、あのタダ飯くらいの無能が消えた!!これほどめでたいことはねぇ!今日は酒がうまいぞ!」
ガディは歓喜に打ち震え、踊っている。
「にげたの?」
「いや、俺が故郷に帰した」
「そう」
ナームンは興味なさげにテントへと戻っていった。
「も〜、朝から騒がしいわね」
入れ替わるようにルーナが出てくる。
「ルーナ!元を言えばお前があのクズを引き入れたのが原因だ!だが、それでも許す! 今日の俺は最高に機嫌がいいからな!」
「何よ〜、イマイチ話が掴めないわ」
「俺がさっきマルクを故郷に帰したんだ」
アークの言葉にルーナは申し訳なさそうに
舌を出した。
「あっ、そうなの。ごめんね〜、後処理させちゃって。あいつ、もう少し頑張れると思ったんだけどね〜」
顔洗ってくるわ〜、とルーナは水辺へと向かっていた。
これで、いいんだ。これでパーティに軋轢は無くなった。これで上手くいくはずだ。
そう思いながらもアークの心の奥底にはドロリとした"ナニカ"が這いずっていた。
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