チート行為は異世界でも許しません! ~魔王を討伐した元勇者は、神となって異世界に蔓延るチーターを撃滅す~

暁 葵

第1話 努力の末に

「遂に……遂に来たぞッ! 魔王アルディシュット‼」

 

 俺は鎧を身に纏い、聖剣を構えて目の前にいる悍ましく恐ろしい恐怖の権化に叫ぶ。すると目の前の恐怖の権化――魔王アルディシュットは、


『フハハハハハッ! まさか貴様が我の前に立つとはな、想像もしていなかったが……その努力には賞賛しよう』


 と高笑いしながら、余裕綽々と拍手をする。

 だが正直なところ嬉しくは無い。というより、意味が分からない。何故今から戦うというのに、こんなにも悠然としているのか。俺を馬鹿にしているのか?

 いや、絶対に馬鹿にしている。

 

 だが納得出来るかと問われれば、納得は出来る。何せ俺は最初の頃はゴブリンにすら苦戦するほどの雑魚だったのだから、魔王も馬鹿にして当然だろう。

 しかし! 俺はもうあの頃の俺ではない。今となっては黒竜すら一撃で殺せるほどの肉体を持っているのだから。

 

 俺の今のレベルは999であり、ステータスもそれぞれ上限値まで到達している。更には装備も世界最高峰と言われるほどの品質だ。

 俺の聖剣アスラフューリは、この世界で最強の大精霊サリュイルの魂が宿り、刃の材質は世界最硬の金属であるアダマンタイトと二番目に硬いオリハルコン、そして魔族の霊魂を直接切り裂くシルヴィエットという金属の合金だ。

 そして鎧はリールヴリングの聖鎧という世界に四体しかいない神聖竜を素材に作ってもらった装備で、攻撃力が35倍になり、防御力は56倍、そして敏捷性は45倍になる、端的に言って最強の装備だ。

 

 これらを纏った俺は、魔王を斃すことさえできる! そう、確信しているのだ。


「――行くぞ」

『来いッ! 勇者エイジよ‼』


 俺は地面を蹴って、魔王の頸に聖剣を振り翳す。その速さは肉眼で捉えることは不可能なほどに速かった。

 しかし、魔王は人差し指で一本線を空に刻む。魔王にのみ許された最強のスキル【詠唱破棄キャストオフ】。呪文を唱えることなく、指一本であらゆる魔術を発動できる厄介なスキルだ。

 空に刻まれた一本線は俺の聖剣の攻撃を食い止め、そして弾き返す。

 流石は魔王だ、簡単には殺してくれない。だが――まだだ!


「うおおおおおおお――ッ!」

 

 俺はすぐさま下腹部の方へと剣の軌道を移動させ、切り裂こうとする。魔王は咄嗟に避けることが出来ず、その攻撃を喰らってしまう。

 下腹部に深い傷を負い、すぐさま距離を取る。


『フハハ! まさかこの我が傷を負うとはな、これまた予想外……! だが、我に傷を一つ付けた程度で、思い上がるなよ。勇者』

「馬鹿言え。殺すまでは、調子に乗らないって、決めてるんだッ!」


 俺は再び地を蹴って、刹那の間に魔王と距離を詰める。今度は臓腑はらわたを貫通させる! ……そう思い、聖剣を腹に突き立てようとするが。


『同じ轍は二度踏まんよ……』

 

 魔王はまるで空中に身を委ねるように倒れていく。すると奴の背後に空間の裂け目が現れ、魔王はその中へと沈んでいく。不覚にも、聖剣は空振ってしまった。

 今のは【ディメンジョン・カット】という、時空ごと切り裂き、虚無と虚無を移動できる、テレポートのような魔術だ。

 空間の裂け目は消え、魔王の姿が無くなる。俺は何処から出てきてもいいように上下を含めた全方位を警戒し、聖剣を構える。


 直後――魔王は上から姿を現し、間髪入れず爆炎を放つ。


「予想通りだぜ! 魔王ッ! ……ストラスラッシュ‼」


 俺は聖剣に魔力を込めて、紅く輝く斬撃を放つ。

 今のは火属性の剣術スキル――ストラスラッシュ。高密度高熱量の炎と光を凝縮させ、放つ必殺の斬撃の一つ。その斬撃はアダマンタイトや黒竜の鱗すらも融解させる程の威力を持っている。


『……ほう、中々の斬撃ではないか』

「そんな余裕ぶっている時間があるか? 魔王ッ!」


 俺は爆炎を切り裂き、地上に降りてくる魔王の周囲を刹那の速さで円を描くように駆ける。これは攪乱だ。魔王から見れば、俺が複数いるように見えているはずだ。こうすれば何処から攻撃するのかが分からなくなってくる。

 このリールヴリングの聖鎧の効果で敏捷性も大幅に上昇しているから、攪乱は十分に可能だ。苦労して狩って、頼んで作ってもらった甲斐があった。


『フハハ! その程度の攪乱で、我が怯むとでも思ったか? 馬鹿めッ‼』


 魔王はそう俺を嘲り笑い、両手を広げる。すると周囲に氷結の槍が奴を軸に無数に現れ、発射される。

 残像があるのであれば、残像全てを吹き飛ばせばいい――至って単純な方法だが、魔王という魔術を極めた奴が使えば話が変わってくる。

 俺はその氷結の槍を数本聖剣で破壊して、即座に屈み魔王の懐へと滑り込む。

 

「おらぁッ‼」


 俺は魔王の脚や腹、腕全てにその聖剣を振り翳す。この不意打ちは見事に直撃し、魔王の右脚と左腕を切断し、先程与えた腹の傷を更に深く刃を入れる。


『グッ――フッ、ハハ。油断するな、勇者エイジ!』


 魔王は俺の背中に触れて、魔術を発動する。

 紅蓮の爆炎が放たれ、俺は壁へと吹き飛ばされる。直接爆裂魔術を放つとは、普通の人間であれば絶対にしない行動だが、コイツは魔王だ。これくらいの所業はやってのける。俺がこの最強の鎧を纏っていなければ、死んでいただろう。


 流石に魔王も本気なのか、相当な魔力を込めて魔術を放っていた。リールヴリングの聖鎧が少し欠けてしまっている。

 やはりこの肉体と装備でも、簡単には殺してくれない、か。

 だが、相当な傷を負わせたはずだ。現に奴の左腕と右脚が切断され、黒い血がドバドバと滝のように流れ、臓腑が少し見えている、凄惨な姿をしている。


『……訂正しよう、勇者。貴様は充分に強い。故に――』


 魔王の姿が段々と悍ましく、醜く蠢き出し、肉が――細胞が段々と増殖していく。

 最早その姿は魔王城の天井にまで到達していた。巨大な口腔と巨大な腕、巨躯……これが噂に聞く――第二形態だ!


「魔王ッ! やっと本気を出したか! だけど、もう遅いぞッ‼」


 俺は自分の何十倍も巨大な化け物を前に一切として狼狽えることなく、思い切り跳躍する。魔王はその胎動する左腕を、蠅を墜とすかのように振り翳す。

 だが俺は避けることなく、むしろ吶喊していく。聖剣をその左腕に突き立て、左腕を再び切り裂く。そして俺は左腕に乗り、身体の中心へと走っていく。

 その間、数多の魔術の雨が襲い掛かるが、そんなものはただの雨に過ぎない。ただひたすらに聖剣で振り払えばいいんだ。


 ――恐らく魔王は知らないのだろう、とある法則を。

 俺が知る法則を、奴は知らずに今こうしているのだ。この時点で、俺の勝利は確定したものだ。

 教えてやろう魔王アルディシュット――その法則とはッ!


「ラスボスの巨大化ってのは、盛大な負けフラグなんだよおおおおおおおおおッ‼」


 俺は頭部へと辿り着き、思い切り跳んで、純白の斬撃を――渾身の一撃を、放つ。

 剣術秘奥義――フラクトブレイブ。聖剣アスラフューリにのみ放つことが出来る、魔王の魂と肉体をまるごと消滅させる、真なる一撃必殺の剣技。

 

 これを発動する条件は、自分の魔力量MP魂魄ソウルよりもその値が低下し、憎悪を滾らせている存在を前にする、というものだった。

 巨大化とは、魔力が分散するから、一点における魔力の値が低下するのだ。逆に身体が小さくなれば魔力の濃度や数値が上がるから、正直魔王がショタ化するとかだったら勝ち目は無かった。要するに――俺は賭けに勝った。


 真っ二つとなった魔王は、漆黒の粒子となって消えていく。


『まさか……この我が、貴様のような人間に……ッ‼』

「アンタは色々とやり過ぎた。だから、大人しく消えろ――」

『ハハハハハ…………ハハハハハッ! 嗚呼、これもまた――良き――』


 何か言いかけて、魔王アルディシュットは完全に消滅した。同時に、俺の中に何かが宿る感覚がした。これは――

 俺は左手を空中に軽く翳し、ステータスウィンドウを開く。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 澤村 衛次 20歳 10月6日 男 レベル:999


 基礎ステータス

  攻撃力:999 防御力:999 敏捷性:999 精神力:999

  HP:999 MP:999 


魔術適正:なし

保有属性:火属性 光属性


スキル一覧

【ストラスラッシュ】【フラクトブレイブ】【ヘキサブレイク】【ペンタグラス】

【リールヴリングの威光】【詠唱破棄(NEW)】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「マジか! 魔王のスキルがある……!」


 これは意外だ。勇者としての能力なのか、俺はどうやら魔王の魂を礎として取り込み、そしてその魔王が保有していたスキル【詠唱破棄】を獲得したらしい。

 確かに強いスキルなのだが、魔術を扱えない俺にとっては不要なものだった。自分が魔術を使えればと、少しだけを恨む。


『やっと魔王を斃しましたか、エイジさん』


 と、噂をすれば何とやら――三年ぶりに聞いた少女の声が降ってくる。

 俺がその声の方を振り返ると、そこには薄紅色の腰まで届く長髪と梅色の右眼と紫紺の左眼の異彩眼オッドアイを持つ少女が浮いていた。

 

「ああ、長く苦しい三年間だった。お前に勝手に殺されて、この世界に転生して、突然勇者の責務を与えられて――正直鬼畜ゲーだろ」

『それに関しては最初に謝罪したじゃないですか! いつまでも過去を引きずる人は嫌われますよ~』

「三年経ってもその減らず口は直ってないみたいだな、フェリオ」


 この少々余計な言葉が多い女神はフェリオといい、地球で不通に高校生をしていた俺をトラックに轢かれさせ、この異世界イルージアに転生され、勇者として戦う宿命を背負わせた、ヤバい奴だ。

 俺自身、最初は「勇者カッケ――――‼」とか頭の沸いた気持ちでいたのだが、その実勇者というのは非常に大変で、基本的に努力の積み重ねだし、色々と危険な場所に身を投じなければいけなかったから、今となって大嫌いだ。


 ――だが、何故俺はこの三年間地獄のような勇者生活を送っていたのか。

 それは――


「約束通り、俺を神様にしてくれるんだろ?」

『勿論です。私とて女神の端くれ……一度交わした誓約は守りますよ』

「そりゃよかった。じゃあ、早速俺を神にしてくれよ」

『え?』

「え?」


 フェリオは何故か俺の催促に、素っ頓狂な声を上げたのだ。意味が分からない、約束通り神にしてくれるなら、早いに越したことはない。

 いや、むしろ早くしてほしい。こんな世界で勇者として称賛されるのも、英雄として奉られるのも、ごめんだ。俺は一刻も早く勇者という名を棄てたいんだ!


『あのー……エイジさん。その、お仲間との別れの挨拶とか……いいんですか?』

「仲間? え、マジでお前何言ってんの。仲間なんているわけないじゃん」


 フェリオは時間が止まったかのように硬直し、冷や汗を垂らしている。何をそう焦っているんだ? 焦らしプレイが好きな女神様なのか?


『あ、あー! もしかして、お仲間は旅の道中で全員亡くなって……であれば、いずれにせよ別れの挨拶を――』

「は? え? お前何言ってんの。俺はもともと一人でここまで来たんだぞ? 仲間もクソもあるか」

『………………』


 フェリオは深い、嘘みたいに深い溜息を吐いて、俺をまるでいじめられっ子を遠目で傍観するかのような憐憫の眼差しを向け、再び溜息を吐く。

 失礼過ぎる。いくら仲間を持たずに旅をしていたとはいえ、そこまで過剰なリアクションをするか? 流石に酷くないか? いや、確かに俺は転生前から比較的ボッチ寄りの道を歩んできた人間だったが――

 これはいくら何でもメンタルアイアンハートな俺でも傷つくぞ!


「そ、そんなことはいいから! 早く俺を神様の世界に連れてってくれよ!」

『まぁエイジさんはいつも孤高()ですからね、別に私は……ぷふ、気にしませんよ? それもまた、貴方の魅力……ふふ、ですよ?』

「合間合間に笑いを入れるのは新手の会話のマナーなのか? あ?」

『さ、そんなことは気にせずに、我らが住まう世界――天界へと行きましょう!』


 ことごとく俺の言葉を無視して、フェリオは満面の笑みで天界へと続く扉を出して、扉の向こう側の純白の光を進んでいく。

 ――本当に、長かった。地獄のような、苦行の日々だった。けど、それも今日で終わり。俺はこの時を以て――神の仲間入りをするんだ!


 そう感傷に浸りながら、俺は扉を潜る。

 ――そして、天界への扉が閉じるのだった。

 

 

 

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