#.12 対立命題
ガヤガヤとやたらと賑わう観客席がそれだけの多くの人がこの試合を見に訪れていることを伺わせる。コドルという競技祭で結果を残した実力者への偵察か、あるいは噂に引かれてやってきた野次馬か。
こんなに人が多いと知っているやつがどこにいるのかわからない。……あの真面目くんはちゃんと見に来てくれているのだろうか?
「奇遇ですねアルフォンス先生」
「ティム偶然だね見に来たのかい?」
「気になりますから元同期の試合は」
「同期って実験のか?」
「ご存知だったんですね」
「あんな事があれば僕だって自分で調べるさ」
それが何の為でどう言ったものなのかは未だに掴めてはいないが、その産物がろくでもないものなのはロディの件で身に染みて知っている。
「今回も実験絡みか?」
「嫌だなこっちからは何もしたりしませんよ」
「なら良いよ」
「あれ随分素直に引き下がりますね」
「別に僕の前に姿を現すってことは君からは本当に何も無いだろうしね」
「やるかもしれませんよ?」
「やらないよ」
僕の実力も自分との差もある程度彼は理解している筈だ。ちょっかい出すと止められてしまえる状況下であるとわかっているなら、多分仕掛けてこない。
そうでもなければこうも堂々と僕の前には出てこないだろう。
「先生から見て勝てる自信の程は?」
「3割かな」
「絶対勝てるとは言わないんですね」
「人の力量くらいちゃんと測るよ、作戦がハマったとして1年上の人間相手に3割は妥当じゃない?」
「私の知っているシエラなら9割は勝てると思いますけどね」
「……あっそ」
僕からシエラの特異な素質とやらには触れなかったからその詳細は知らない。だけど、それは足りない6割を引っ張ってくるほど強力なものらしい。
「座りなよ、そろそろ始まるよ」
「では遠慮なく」
僕とティムは今から始まる戦いを見るために競技場の中央に目を向けた。
シエラが軽く準備運動をしているのをコドルは自身の手に獲物であるメイスをぶら下げながら、動作を事細かに観察していた。
「コドルさんと戦うのは久しぶりですね」
「最後に戦ったのは3ヶ月だ」
「もうそんなに経ちましたか」
『――それでは両者、準備が整いましたので戦いを始めさせていただきます! 開始!』
コドルが魔法陣を起動する。
「
起動したのはコドルの左右から交差するようにして魔術が放たれた。
「妹が死んでから3ヶ月は過ぎている」
シエラはその攻撃をかわして、シエラは顔を顰めながら返す。
「コドルさんから聞く度にいつも思ってたけど、それあの子への冒涜じゃないですか?」
そう言うと今度はコドルの顔が苦々しく歪む。どの口がそれを言うのかと言わんばりに顔が赤く染まっていく。
「俺に妹の死を忘れろと?」
元々使われた魔法陣に再び魔力を注ぐことで使われた魔法陣を
「あの子を引き合いに出して私から罪悪感を煽りたいんですか?」
「黙れ」
既に準備が出来ているのかシエラは自身の手を握りコドルを見て真っ直ぐに答えた。
「ぶつけたいなら直接ぶつけろ!【ライズヘブン】!」
シエラが展開した風の渦が手から放物線を描くようにして、コドルを飲み込み少しずつ狭めてすり潰そうする。
「俺は貴様を嬲ったところで面白くもなんともないがな」
メイスから伸びる水の鞭が風の壁を切り裂いた。
コドルの戦意が急激に高まっていくのがシエラにも感じられたのか、腰を落としていつでも動けるような臨戦態勢が取られる。
「好きに言ってください私が勝つので」
「抜かせ」
「【ライズヘブン】!」
「無駄だ、それはもう何度も見た!」
手を起点にして風の渦がコドルに対して迫るのをコドルは水を纏ったメイスで切り払いながらシエラとの距離を一気に詰めに来た。
バックステップで逃げようとするシエラを追いかけるようにして一直線に突っ込んでくる。
「それを待ってた!」
「何っ、くっ――!?」
不意打ちで【ライズヘブン】が地面から突き上げるようにしてコドルの腕を飲み込み腕を切り裂く痛みで思わずメイスを取りこぼした。
「一体何が」
「なんだと思います?」
シエラが使った足元から噴き上げる【ライズヘブン】はロディが使った【ノックアップフレイム】に着想を得たものだ。
「ちっ、面倒だな」
今まで必ずシエラが魔術を使う時は手を起点にしていた。相手の動きがわかるからこそコドルは安易にも突進を繰り返していたのだから。
「【シャープリップル】」
コドルが出した水の刃が少しずつ増えていき無数の水の刃をシエラは難なくかわした。
初動が明らかだと見てからの回避が容易く、先に動き出した時でも先が取られている状況と殆ど変わらないとはアルフォンスがシエラに説いた言葉だ。
それはコドルの今の状態にも言える。
片腕を怪我し、片手から魔術を扱えないコドルから放たれる魔術のルートは大きく絞れる。
最初に手からしか魔術が出ないと思考を固定しておき、不意打ちで一気に形成を傾ける。
それがアルフォンスの出した策1である。
現にどこから魔術が飛んでくるかわからないコドルは迂闊にシエラを攻撃出来ず状況は膠着している。
「【ライズヘブン】!」
流石にコドルも放たれた魔術に対処は出来る。だが、コドルが進もうとした方向から当たらないにせよ噴き上がるのを見て軽く足踏みをする。
そこからはシエラの一方的な戦いになっていた。決して距離は近付けず、遠距離からじわじわと嬲るように進んでいく戦いに周囲ももしかしたらと思いかけていた時。
ふと、コドルが動いた。
「隠してられんな、
最早、攻撃の軌道なんて関係ない。競技場を覆うほどの圧倒的な質量の水がシエラに襲いかかる。
「――【ライズヘブン】ッ!」
その時のシエラの魔術は紛れもなく全力だったが、圧倒的な物量差に飲まれる。
魔術によって出た水が引いた時、そこには競技場に倒れ伏すシエラの姿があった。
「終わりだ」
無理矢理体を起こそうとするがその姿を見てコドルがシエラに対してそう呟いた。
「負けたくない」
「お前の負けだ」
何を思ってシエラがその言葉を吐いたのかは定かではない。だけど、その気持ちはシエラが踏み超えなかった1歩を容易く踏み越えさせた。
「嫌だ勝ちたいっ!」
その瞬間黒く淀んだ魔力が吹き荒れた。
シエラの身には目に見えて見える変化があった。耳だ、頭の上から大きく狼のような大きな耳が生えた。
「結局その力に縋るか、だから貴様は成長していないんだ」
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