#.0 原点

 僕は気づいた時から親がいない。親の代わりに育ててくれる養父1人いるだけだ。

 僕たちはボロい山奥の掘っ建て小屋のような一軒家で腐るようにして生きている。


「ただいま」

「おかえり」


 ただいまと僕が声を上げると居間から養父から声が返ってくる。僕と養父との間にある会話はいつもたったそれだけの会話とも言えないような言葉のやり取りがあるだけだ。


 そいつは適当で出したものを片付けないし、料理だって作れない。挙句の果てには買ってくる飯を買うお金が何処から出てくるのかもわからない。


 大きくなってからはどっちが世話をしているのかも分からなくなっている。

 そうして、僕はいつも通りの挨拶だけ交わすと自室に向かうと僕は養父の前を通り過ぎた。


「そういえば」

「どうかした?」


 思い出したかのようにして養父は声を上げる。とても珍しいことだったから、僕は養父の言葉に耳を傾けた。


「今日から家族が増えるぞ」

「急にそんなこと言われてもペットでも飼うの?」


 もしペットを飼うとしても僕は反対はしない、その時の僕の心情をより正確に言い表すなら興味がなかったと言っていい。


「違う。少女を託された」


 まるでペットでも拾ってくるような気軽さで、養父がそう告げるまでは。


 僕自身が半ば拾われた身ではあるからか、家族が1人増えることについてはさして驚きはなかった。

 そうか1人同居人が増えるんだな、と何事も適当な養父自身が僕を育てているという状況のチグハグさを省みると奇妙な納得感すらあったぐらいだ。


 養父は根が優しいのだろうか。


「で、その少女ってのは何処にいるの?」


 そう言われても家の中には僕たち以外には姿が見えない。これから連れて来るのだとしたら歓迎のしようもあった。


「出てったぞ」

「いや、どういうこと?」


 3秒で心の準備という前置きをひっくり返された僕の心情はこの養父理解し難いの一言に尽きた。


「親の仇を取るんだと」


 聞いても無駄だろけど聞いてみたいね。こいつは一体何をしていたらそんな子を引き取ることになるのか。


「その子の名前と容姿を大まかでいいから教えて、行き先と思い当たる節も一緒に。僕が連れて戻ってくるよ」


 そうして僕は小屋を出て森の中を駆け出した。


 どうやらその少女はラシェル・レヴェルという13歳程度の少女らしい。白髪に紫色の瞳をしていて、行き先は恐らく王城だとも言っていた。

 ご丁寧にも行き先の方角をあのちゃらんぽらんは教えたらしい、その前に止めろとは言いたいけど。

 その行動は最良ではないが良くはあった。


「全く知らない場所に行かれるよりも探しやすい」


 森の中を駆けながら僕は周囲の状況を把握していた。僅か13歳の少女が王城に仇討ちしに行くのは幾ら何でも物騒過ぎる。


 その子に何があったのかは知らないけど、何となく僕はその子の境遇に共感と同情をしていた。


「あの子かな?」


 僕と少女には距離があるが、白い髪は森の中でも目立ってくれた。このまま近づけば僕は彼女の下に近付けるだろうが、そうなると周りにいる少女を見ている別のやつらに姿を晒すことになる。


 目的がわからない以上どうしようかと、悩んでいると少女の目の前に熊が現れた。

 少女の背丈の3倍程のある大きな熊だ、攻撃されたら無事ではいられないだろうと思わせるほどの大きな手がぎこちなく目の前に立っていた少女に振るわれる。


「あぶな――っ!?」

「【伏せプルーン】」


 少女が小さく魔術を使うと、熊はまるで少女に頭を下げるようにして地面に吸い付けられて地に伏した。


 今のは魔術? しかも、火や水、風や土にも見えない。4属性に分類されない魔術を身につけているのだろうか?


兎も角、飛び出してきてしまったのはいいもののやることがなくなった僕はその少女に話しかけた。


「えっと、こんにちは」

「こんにちは」

「その熊は殺さないの?」

「わたし1人だとこんなに大きい子食べてあげられないから」


 少女はそう言うと熊を解放してあげた。上からの重しが解けた熊は少女に怯えるように逃げ去っていく。


「君の名前は?」

「ラシェル、ただのラシェルだよ」


 紫色の瞳と目が合った。彼女が件の少女であることは挙げられた特徴と一致することからわかる。だけど、その自己紹介には少しばかり違和感があった。


「下の名前は?」

「盗られた」

「盗られた?」

「うん」

「盗られたって誰に?」

「父を殺した人間に」


 お家取り壊しなんて言葉が頭をよぎった。家名が消えるなんてことは僕の貴族に疎い頭ではそれくらいしか思いつかなかった。


「復讐するつもり?」

「うんうん、違うよ。貴族の称号は王様が持ってるって聞いたから王様に直接言って返してもらう」

「方法は?」

「お姫様が病気なんだって」


 随分具体的な例が出てきたな、と僕は思った。確かにその病気が治せるくらいの薬を献上出来るなら返礼として返してもらえるくらい出来るかもしれない。


「家も名前もお母さまとお父さまの物だからわたしが取られたものを全部取り返す」


 共感? 同情? とんでもない。その時、僕は随分も烏滸がましいことをしていたと自分を猛省した。


 何が親の仇を取りに行くだよあのちゃらんぽらんめ、また適当なこと抜かしやがって。

 全然違うじゃないか、意味は似てるかもしれないけれどそこに込められた意味は復讐みたいにただの感情の消化とは違う。


 ボロい小屋の中で腐っていた僕なんかとは違ってもっと明るい。目の前の少女は眩しいまでに真っ直ぐで心が強い。


「ぐるるるる――っ!」


 無理矢理連れてこられたように再度連れてこられた熊が僕たちを襲ってくるのを僕はラシェルを抱えて跳んで回避すると魔術を使った。


魔法陣ライブラリー起動セット展開オープン【フォールスター】」


 少女を探しに来たであろう先程から視線を感じていた周囲の人間たちを熊にしたように地面に磔にした。


「ぐっ、キサマ――」

「君たちが何の目的でこの子を狙ってるのかは知らないけど、覚えているといい彼女の近くには僕がいることをね」


 僕にも少しだけやりたいことが見えてきた。心の底から僕はこの子の夢の先を見てみたい。


「あなたは誰?」

「僕? 自己紹介が遅れたね。僕の名前はアルフォンス=レッドグレイブ。魔法使いにして君の義兄ちゃんだ」


すっごい怪しい人を見る目でこっちを見られたけどその視線を無視して僕は続ける、僕は僕のやりたいことをする。


「早速だけど君の旅に僕も連れて行って欲しい」


 そうして、僕は小さい少女と出会い。彼女の描く野望の果てを見るために彼女の旅路に同行した。


 今から5年前の話だ。

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