#.7 ここから
「校長先生、こんにちは」
僕はただ、笑顔で競技場にいた校長先生に声をかけた。
どうやら、周囲を見渡している校長先生の姿はある筈のものが見当たらないように見える。
校長先生は何かをお探しのようだ。
「レッドグレイブ先生。どうして、このような場所に?」
「いえ、私はただの少し用事が。校長先生こそ、どうして競技場に?」
「私も少し用事がありまして、ハイ」
「用事というのはこの録画水晶のことですか?」
手の平サイズの小さな水晶。これには映像を魔法陣に焼き付かせて魔力を流すことで投影させるという性質を持つ記録媒体の1つ。
攻撃魔術のような罠の類は仕掛けられていなかったが、解析用の魔術はいくつも仕掛けられていた。
「それは……」
「お返ししますよ」
「おっと、ありがとうございます」
放り投げるようにして校長先生に水晶を返す。
別に見られても痛手がある訳でも無い、本当に見られては不味いものはちゃんとここに映っていない。
さて、ここからが本題だ。
「態々、前に競技場貸し切っていたそうですね」
「えぇ、よくご存知で。ハイ、置いておいたのはいいんですが忘れてしまってたみたいで」
競技場の申請者が誰かあの後、教務に確認しに行ったらそこに書かれていたのはティム=ソーンではなく、その父親の校長だった。
「でも、それって可笑しいんですよね。ティムが申請した筈なんですから」
「……何が言いたいんですか?」
水晶は僕が赴任するタイミングから既に仕掛けられている。
もし、これがただの陰謀論などではなく、ロディの言う通り教授とやらの差し金であり。
彼らの好き勝手ではなく、今回の戦いがただ仕組まれていたというのであれば。
「ロディを僕と戦うように仕向けたんじゃないかな、と――貴方が教授ですか?」
「なるほど、存外知恵は回るようですね。しかし、その回答はハズレです」
「1つだけ、言えることがありますよ」
馬鹿にするように、ただ校長は僕に向かってそういう。その目は破滅も厭わない特攻兵のようなそういう目だ。
「魔法の再現は魔術によって行われますが、勇者の再現は人の身では成し得ないのです、ハイ」
それだけ言い残して、校長は競技場を出ていこうと、背中を向ける校長に僕は最後に1つだけ言い忘れていたことを思い出した。
「校長先生、僕は魔術は人の身でなければ意味はないと思いますよ」
「流石、かの《至天》は言うことが違いますね」
天に至ると書いて至天。
皮肉にもそう呼ばれた僕の2つ名を彼は吐き捨てて、校長はそのままこちらを振り返ることなく去っていった。
適当に人がいなさそうなところ、学校の屋上にまで僕は足を運ぶ。
ポケットに入れて置いた通信の魔術が刻まれた金属板を使って、僕はラシェルに通話を繋げた
『――ん、どうした?』
「いや、この学院とんでもないところだったんだけど」
美味い話には裏がある訳だ。
まさか、ここまで黒いとは思わなかった。
「――人の身を超える実験だとさ」
『驚いた、もうそこまで突き止めたのか』
人を超えることによって、勇者の性能を再現する。成程、確かにそれは一理ある。
だけど、人を超えた先にあるのは勇者ではなく魔王だ。
『ふふふ』
「何でラシェル笑ってるの?」
『私の召使いの方が楽だっただろう?』
「それはそうかも」
『なら、辞めてきてもいいんだぞ?』
「それはないかな」
『……冗談だ』
あっ、冗談じゃなかったやつだ。
ケーキ買って帰ったら、ご機嫌取れたりしないかな? 買って帰るか。
冒険者時代の貯金はこういう時のために存在する。
「にしても、どっちもどっちって言ってたけど宮廷魔術師団ってここ並にやばいの?」
『みたいだな』
「みたいって?」
『こっちに関しては相談されただけだ、詳細は知らん。丁度向こうの望む人材だからこっちがいいならソイツに紹介しようと思っていた』
「何だよ、そういうことかよ……」
元から誰かを捩じ込む予定だったのだろう。そこに僕を入れるだけなら、すぐにでも通せる。
そう考えてみれば辻褄が合う。
『幾ら私でも昨日の今日で直ぐに仕事を紹介できるわけないだろ?』
「どっちもどっちって忠告は受けた上で受けたのは僕だからとやかく言うつもりはないけど、教えてくれても良かったんじゃない?」
『宮廷魔術師団の方を受けたのなら言っていたな。だが、学院は収支を見た上での私の推測に過ぎなかったんだ』
内部調査ってやつか。でも、それなら尚更教えてくれた方が良かった……いや、本格的な内部調査何て流石に僕じゃ出来ないか。
「忠告はしてくれたけど、後は所感で良いから聞こうと思ってたわけだ」
『私は運用資金を出したことで得た名誉理事長でしかなかったからな』
「それでも凄いけど」
幾ら出せば名誉理事長になんてなれるの? というか、どういう基準でお金を募ってるのかも分からないし。
『私が言いたいのは、金を出せば理事長になれるという点だ』
「それは……」
『私は経営方針に口出しなんてしないんだが、金の流れに怪しいところがある。そこには別の理事が関与しているかもしれない』
「僕も知ってる家?」
『あぁ、何せあのナッシュがあった』
ナッシュ、宗家でラシェルの家の本筋ラシェルからすれば祖父に当たる人物の家だ。
それにしてもそこは潰れた筈の家だ、懐かしいけど潰してから3年は名前も聞こえなかったのに。
「今更どうして?」
『知らん。ただ、理事には名前が連ねてあった』
何がしたいのかは知らないけど、降りかかってくる火の粉は払うだけだよ。
その気があるって言うのなら、僕は受けて立つ。
『辞める気はないのだろう? アル、気をつけろよ』
「うん。後、今日ちょっと遅くなるかも」
『はいはい』
「じゃ、切るよ」
そうして、ラシェルとの通話を切って僕は考え事をしながら屋上の壁に体を預けた。
僕はこれからについて考えながら沈んでいく夕日を見ていた。
学校の屋上というのはいいもので王都の街並みが一望できる絶好のスポットだ。
こんなのが見られる場所なんて、この王都では他には無駄に高い場所にある王城くらいかな。
僕はこれからについて考えながらただ漠然と沈んでいく夕日に目を向けていた。
この学院の屋上というのはいいもので、街から少し外れの高地にあるため王都の街並みが一望できる。
王都では他には無駄に高い場所にある王城くらいしかないと思う。
自分がどうしたいのか迷っていた。
魔術は未来を掴むための道具であるというのが僕の自論だ。
自分が死んでしまうような力は先の見えないものを極めるのを魔術だとは認めたくはない。
今日授業で戦った生徒がどうやったのかは知らないけれど、命を削りながら戦う姿を見てそう思った。
僕はそれが間違いを証明したい。
間違いと言うのは簡単で押し付けるのは傲慢だ。だから、僕は自分の信じる魔術を持ってその外法の存在を否定しよう。
「僕が否定するのじゃ駄目だよね」
僕は既に魔術の域を超えてしまった側の人間だ。僕じゃない、この学園の誰かを別に立てないと認める空気は出来ないだろう。
――僕の雇用には条件がある。
3ヶ月以内に一定の成果を上げなければクビになるそういう契約だ。
つまりは教師となれることを持って僕の持論は証明される。
誰か丁度いい人は――
「――先生」
「ん、どうしたの?」
そんな中、屋上に繋がる階段がある方角から声が聞こえてきた。
教室で目にしたことはあったけど、僕はその時初めて少女と対面した。
金髪に赤眼、顔立ちはプリエラやシールと並ぶ位の美少女かな。
凄いね王都の可能性を感じるよ、保有魔力が桁違いだ。
「先生って強いですよね」
「うん、まぁね」
僕の生徒で今日の戦いを見ていたのなら当然知っているのだろう。とはいえ、外法を使う側の人間ならこんな接触の仕方はしてこないだろう。
「なら私に魔術を教えてくれませんか?」
僕はふと瞳の奥にかつての紫色の瞳が重なるような幻覚に僕は彼女に光を見た。
「君が強くなろうとする意味は何?」
「それ授業の時にも言ってましたよね」
これは僕の信条だからね。
ただ、実感しているのはこの信条は前を見ている人間の軸を定めてくれるだけで、迷っている人間の軸を作るようなものはないだろうな。
自分を照らしてくれる光が誰もいない今の僕は迷子に違いない。
「私はあの子に証明したい。自分の力だけでも人は強くなれるんだって」
熱があった。
成し遂げたいことがある、その為には我武者羅にでも突っ走れるそういう類の熱を彼女からは感じた。
「君、名前は?」
「――シエラ・バーゼル」
いいね、シエラ・バーゼル覚えた。
「いいよ、僕が君を最強の魔術師にしてみせよう」
かつて『最強』であった僕が君を最強になるまで導いて見せよう、それをもって僕の自論を証明する。
「だから、君の望む夢ってやつを見せて欲しい」
そして、僕を常勤講師にしてくれ。
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