#.6 人を超えること
闇属性魔術、それは四大元素の力からは外れた系統外の魔術の1つ。
どうやって、氷の棺を叩き壊すような力を引き出したのかは知らないけど、今の彼はどう見たって正気じゃない。
「ガアッ!」
「おっと――【アイシクルウォール】」
さっきから魔術を使う素振りが見えないけれど、使えないからなのか、使わないだけなのか。
先程立てた壁の向こうから、ガンッと硬い何かを打ち付ける音が聞こえてくると、ロディに氷の壁が叩き壊された。
ま、そうなるか。
正直、闇魔術の片鱗を感じていたあたり予想はしていたけれど、実際に見せられると本物に間違いない。
闇属性魔術の性質は干渉。
闇属性魔術の塊とも言えるかもしれない彼は今や魔術を構成する要素そのものに対して攻撃出来ると言っていい。
つまり、生成した物質の硬さは二の次。
滅茶苦茶だな、マジで。
正直、僕も対応の仕方を決めかねているところで、適度に障害を作りながら距離を取って逃げ回ってはいる。
しかし、このままだと埒が明かない。
「
自身の愛剣であるミスリル製の長剣を家から自分の手元に持ってくる。
剣を片手に持って、牽制しながら片方の手を魔術を使う為に空けておく。
いつもの構えに戻った感じで、こっちの方がしっくりとくる。
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」
突っ込んできた拳を当たった剣を傾けて力を流す。
この闘技場の広さを活用して、少しずつ下がる。
僕は攻撃を受け続けて、反撃する機会を待った。
剣で受けたとしても手に振動が伝わってくるほど高威力の拳は僕の体術程度では受け流せない。
だけど、同じ土俵は無理だとしても剣を持って、超近接戦の限られた分野での話となれば僕の方が彼よりも完全に上だ!
「
真正面から、魔法陣を彼に叩きつけるようにしてロディに向かって鋭く太い氷の槍を打ち出した。
当然、ロディは闇魔術の性質に任せて、真正面から迎え撃つ。
彼は僕の放った氷の槍を拳で叩き折った。
だけど、拳を振り切ったその一瞬があれば充分。
魔術と同時に、僕はロディの内側に大きく踏み込んだ。
柄の部分で抉るようにして腹に突き刺さる。
「……グゥェ」
吐き出すように出た空気が声となって口から飛び出ると、ロディは突き飛ばされた勢いのままに後ろに跳んで行った。
やったこと説明すれば単純明快。
この戦いが始まってすぐにロディ行った戦法のやり返しだ。
魔術に合わせて突っ込んで、相手を潰す。
「さて、どうやって正気に戻すか」
自然に戻れば良いんだけど。
「ゲホッゲボゴホッ――ッ?」
「おいおい、嘘だろ」
ロディは咳き込みながら、口元に手を当てた。
手についている血がどうして出てきたかわかっていないみたいだ。
彼は真っ赤に染まった手を見て首を傾げている。
体が悲鳴を上げる症状は
魔力切れなんて名前をしているが、本質は取り込む魔力に体が耐えられなくなってしまうことにある。
断定はできないが、闇魔術を使っている原理自体が魔力を強制的に体内に押し込めることで成立しているのか。
そして、それを体外へ過剰に発散していることに原因があるのかもしれない。
だとすると、僕の目から見える黒い魔力の正体が発散し続けている魔力だと推測出来る。
早いうちに症状をどうにかしないと、最後に待っているのは衰弱死だ。
「
僕の展開した魔術は競技場に吹き荒れた吹雪は僕とロディを雪の中に残し、雪は周囲の人間の視線を遮った。
先生とクラスメイトの戦いが決まった時、私――シエラ・バーセルの知らないクラスの中で既に何かが決まっていたことは間違いない。
私は既に研究に関わっていないから、情報は回ってこない。
クラスの雰囲気で何かあるって察することくらいだ。
クラスメイトであるロディと新しくうちのクラスの先生になったアルフォンス先生その2人の戦い。
それを無感情にも私は抗議もせずに戦いを眺めている。
可笑しいことなのかもしれないが、夏前のあの時期にも1度同じようなことがあったという前例がそうさせた。
だから、出来事自体は特に思うことなどなかった。
他人の戦いは見ていて参考になる、特にアルフォンス先生が純粋に強い。
ロディは戦いに関しては研究室の中でも、上から数えた方が早いくらい強かった。
それをまるであしらうかの様に
「
アルフォンス先生がロディを捕らえた時、少なくとも私は戦いが終わったものだと確信していた。
だけど――
「――嘘」
砕くようにして氷の棺から這い出でるロディ。
その背後には少しずつ黒いオーラのような魔力が漂い始め、そんな現象に少なくとも私は見覚えがある。
『……ごめんね』
蓋をして忘れたようにしまっている感情が、目の前で冷たくなっていく親友の姿が鮮明に脳裏に浮かんでは冷や汗が出る。
握っていた冷たい手が私の手を握るような幻覚とともに手が震えた。
その無力感が私の胸の奥から逆流して溢れだしてくる。
「ティムだっけ? 君、何か知ってるよね?」
「戦い中に余所見をするのは危険じゃないですかね、先生」
そんなやり取りが近くで行われるのを聞いて、私は思わずティムに向かって詰め寄った。
競技場を使わせた時点で学校側が関与しているのは察していた。
けど、よりにもよって魔物化の錠剤を使わせるのか。
私に見えたのは先生が逃げてロディが追う時、姿は軌跡を描くようにして捉えきれない。
分かるのは、攻撃する時の動きが止まる瞬間だけ。
対抗できるアルフォンス先生は凄いけど、普段の力の数倍は引き出す魔力には人の体は耐えられない。
錠剤を使った人間は知っている限りではみんか死んでいる。
私の親友だってそうだ、そこに例外はない。
例え先生が勝てたとしても、ロディの行き着く先は死しかない。
「ティム。貴方、何したかわかってる?」
「静かにして欲しいな……」
「ロディが死ぬのよ?」
そう言ってもティムの表情に変化はない、それどころか私に冷たい視線を向けるばかりだ。
間違いない、ティムは知っている。
わかっていてこいつは使わせた。
「知ってる。幾らロディでも進化錠に耐えるには脆すぎるってことも」
「その言い方は何?」
「でも、落伍者である君にはもう関係の無い話だろ?」
落伍者、そうだ。
私は被験者の立場を放棄している。
確かに今の私は前と違って、こいつらがやっていることには無関係だ。
だけど、駄目なことを駄目と言うことぐらいはする。
じゃないと、私はあの子の死から何も学べてないっ!
「ロディは友達じゃなかったの?」
「命令なんだ、仕方なかったんだよ」
やりたくてやったんじゃありません、みたいな顔をしているみたいだけど。
――人の死をそんな風に適当に扱える方が気が狂ってるっていうの。
「痛いなぁ、離してよ」
「友達見捨てて何が仕方なかった!」
制服の首襟を掴んだ。
手を引き離そうと、力を込めるティムの目を見合わせる。
その時、闘技場の内側から吹き荒れるような冷たい風が吹き荒れた。
「……何が起きたの?」
「派手にやったね」
吹雪に覆われて闘技場の中が見えなくなった。
少しして莫大な魔力が雪の中から感じられた。
……この吹雪の中で一体、何が起きているの?
「おいおい……」
流石にその魔力の爆弾のようなものを感じた生徒たちも驚いたようで、ザワザワと声が上がるのが聞こえる。
――暫くして、吹雪が止んだ時、競技場の中央には倒れ伏したロディと傷を負った先生の姿があった。
「あー、久しぶりに怪我したな」
先生は1人傷を負った腕を抑えながら、観客席の方にいる私たちが見える位置にまで歩いてくる。
やっぱり、ロディは……。
「あぁ、ティム。君がロディを保健室に運んでくれ」
「えっ?」
「だから、生きてるって。勝手に彼を殺さないであげろよ」
そうして、何事もなかったかのようにティムと話し始めた先生の会話は既に、私の耳には聞こえていなかった。
――この人なら、いや、この人だ!
きっと、この人が私が求める魔術師に違いない。
吹雪が吹き荒れる真っ白い空間の中で僕はロディに向かって、剣を向ける。
魔術師にとっての杖は僕にとっての剣のことだ。
魔力の伝達がしやすいミスリルに膨大に流された剣はその刃身を真っ白に輝かせていた。
「後はいつもの使うような感覚で魔法を使えばいい」
魔法陣を展開していく。
魔法陣はいつもの1つを展開する。
すると、その1つ展開される魔法陣に連鎖するようにしてどんどんと重なるようにして積み重なっていく。
相変わらず、本当に使い勝手が悪い。
流石に膨大な魔力と魔法陣の連なる光景にロディは身の危険を感じたのか。
彼は一直線に駆けて僕の下へ距離を詰める。
この魔法を使っている時、僕は急には動けない。
だから、本来なら1人の時にいきなり使い勝手の悪い《魔法》は使わないんだけどしょうがない、時間がないんだ。
彼の体がいつまで持つかは時間との勝負だ、2度目はない。
そうして、僕は避けることよりは確実に当てることを選んだ。
急所に向けられた拳を片手でズラして、掲げていた剣とは真逆の腕で受けた。
「いってぇ……っ!」
ぐちゅりと肉をえぐるような嫌な感覚と熱を感じた。
彼の手には短剣があった、俺が突き飛ばした時に回収してきたのだろう。
引き抜いている暇もない。
それにわざわざ抜く必要もない、この一撃で全部終わる。
「
それは空間を軋ませるように音を鳴らす手に宿るその雷の《魔法》は、時間にしてほんの僅かな一瞬。
僅かな抵抗も許さずロディを貫いていた。
「――何で死んでいない?」
正気を取り戻したロディは僕に向かってそう尋ねてきた。まるで、死んでいるのが当然みたいな口振りするね。
まぁ、それは僕が《魔法》で闇魔術を展開していた魔力を壊したからなんだけど。
「1つ言っておくけど、僕の勝利条件は殺さない、傷つけない、余裕を持って勝利することだ」
どれか1つでも欠けたら、それは僕の負けに違いない。
……ん、今の状況僕余裕あったように見えるのかな。
腕から血を流して?
「あれ……僕、負けた?」
「……いや、俺の負けだろ。何言ってんだよ、あんた」
「で、話してくれる?」
「無理だ」
だろうね、だと思ってた。
あまり期待してなかったけどこれは自分で探すしかないか。
「でも、忠告はしてやる。先生、あんたは面倒なやつらに目を付けられてる」
「それって、君にその力を与えたやつのこと?」
「……さあ」
「……そっか、誰かわかる?」
僕がそう聞くと、ロディは喉の奥から畏怖が籠った声で言った。
「教授、ただそう呼ばれてるよ」
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