第16話 月麦の好きなもの
「うう、顔が熱い……」
俺が用意した問題を解きながら、月麦は赤くなった顔を手で
どうやらまだパンツを見せてしまったことを恥ずかしがって引きずっているらしい。
ただの自爆なので同情の余地はまったくなかった。
「……ここわかんない」
「おう、どこだ?」
これまた意外なことだったのだが、勉強を一度始めてしまうと、月麦はきちんと集中して問題にとりかかっていた。
今後、集中力が切れたときが心配だが、もっとごねると思っていた俺は、彼女のそんな態度に拍子抜けだった。
「この問題の解き方は教科書のこの部分に書いてあるんだ。ただ、そのままやろうとするとうまくいかないから工夫が必要で……」
俺の解説を受けて、再び彼女は問題を解いていく。
「……悔しいけど、あんたの教え方、お姉ちゃんよりずっとわかりやすいわ」
数問解ききって俺に解答を見せながら、ぽつりと月麦はそう
「日葵さんはどんな教え方なんだ?」
「ここをこうやって、あとは教科書見ればわかるよーって感じ」
なるほど、日葵さんは月麦がその問題をわからない理由が、わからないタイプのようだ。
だから『教科書を読んだらそこに解き方が書いてあるのにどうしてできないんだろう?』ってなってしまうんだ。
「でもお前、ほんとに真面目にやるんだな。もっと嫌がって、最悪逃げ出すかもしれないと思っていたのに」
「だって、わたしはあんたとの勝負に負けたんだもの。そこで開き直って適当にするほど無責任じゃないわ。そんなことをしてたら、お姉ちゃんと約束した意味がないじゃない」
こいつは本質が真面目なのか不真面目なのかがわからん。
いきなり男にパンツ見せてくる、おつむが弱い奴なのは間違いないんだが……。
「でも、次は絶対に勝ってやるんだから! もう勉強しなくて済むように作戦を考えるわ」
「そんなおバカな作戦を考える暇があったら、俺が教えた内容を忘れないように復習した方がよっぽど生産的だと思うぞ……」
雑談をしながら採点を終える。うむ、全部正解だな。こいつもやればできるじゃないか。
「よし、とりあえず今日はここまでだ。お疲れさん。二週間後にテストするから、その日の前だけはちゃんと復習しておけよ?」
「毎日じゃなくていいんだ?」
「言ってもどうせやらんし、毎日やっても疲れるだろ? 勉強はメリハリが大事なんだ」
「ふーん? まあ、次に来るときはあんたが魅了されて家庭教師やめることになるんだし、やらなくても済むようにするんだけど」
おい、やらない前提に立つのはやめろ。せっかく教えたのに無意味になって欲しくない。
「ああー、疲れたわね」
月麦はぐいーっと伸びをした。白のキャミソールの脇の
なんでこいつは男がいるのにこんなに無防備なんだ!
そのまま彼女を見ないように、俺は部屋の中を軽く見まわした。
月麦の部屋に入るのはこれで二回目だが、改めて見るとこいつの部屋は綺麗に片付いてはいるがあまり女の子っぽい部屋という感じはしない。
本棚には沢山の漫画とライトノベルが入れられており、彼女が
壁には大きなディスプレイが設置されて、ローテーブルを挟んで大きめのベッド。床には最新のゲーム機が置いてある。
お、あれは妹とも一緒によくやっていたゲームソフトだ。二年ほど前はオンライン対戦に二人でどっぷりとはまっていたっけ?
テーブルの上にぬいぐるみがいくつかおいてあるが、それはそのゲームに出てくるキャラクターのものだった。
それに加えてあの漫画は俺の好きな作家が描いたものじゃないか!
あまり有名じゃないからみんな知らなくて、今まで話せる奴がいなかったから驚いた。
こいつ、意外といい趣味をしている。
派手で遊んでいそうな見た目からは想像できないほどオタク系のものに囲まれた部屋を眺めながら、俺は少しだけ月麦のイメージを改めた。
「……ちょっと、あんまり人の部屋の中をじろじろ見ないでよ。どうせあまり可愛くない部屋だとか思ってるんでしょ?」
月麦は
「そのくらい、自覚してるもん」
正直、その顔がかわいくてどきりとした。こいつ、こんな顔もするんだって俺は思った。
「まあ、確かに可愛くはない部屋かもしれんがこのゲームとこの漫画、俺も大好きなんだよ。ゲームは今でもたまにやるし、漫画はヒロインが告白するシーンがあるだろ? あそこ、めちゃくちゃ感動しないか?」
「えっ、あんたこの漫画知ってるの? そ、そうよね! やっぱりあのシーンは感動するわよね! ずっとすれ違いで想いを伝えられなかった二人が、ついに告白して結ばれるシーン!」
「そう、あれこそ俺の理想とする恋愛の形なんだ! ちゃんと段取りを踏んで、必要なことを全部した後の告白とお付き合い。やっぱり恋愛はこうじゃないと!」
「……そこの感覚はちょっとわかんないけど。でも、わたしもあんな恋愛がしてみたいって思った。それに、わたしの周りにこれ読んでいる子が全くいなくてさ」
月麦はうれしそうに笑みを浮かべた。
「この漫画の話、誰ともできなかったの! まさか、あんたみたいな変な奴がこれを知ってるなんて意外ね」
「それはこっちのセリフだけどな。それからあそこに置いてあるぬいぐるみ、ゲームに出てくるナビゲーター妖精で、リアルの公開イベントでしかもらえない限定品だろ? わざわざそこまで行って買うなんて、よっぽどそのゲームが好きなんだな」
彼女は驚いた表情を見せた。
「よくそこまで知っているわね? もしかしてあんたも持ってたりするの?」
「いや、俺じゃなくて妹がな。同じものを妹がイベントに行って買ってきたんだ」
「あんた妹がいるの? その子とは話が合いそうだわ」
「お前と同い年だし、趣味も同じならいい友達になれるかもな」
そういえば海羽も同年代でこのゲームについて語れる友達がいませんって
「そんなわけで、その辺のことは詳しかったりする。俺はゲーム自体はもうほとんどしなくなったんだが、キャラクターは好きだから二次創作は今でも追いかけているぞ」
「あ、じゃあさ。もしかしてこれ知ってる?」
月麦は本棚から一冊の本を取り出した。
「おお、それはギャグマンガを描かせたら右に出る者はいないといわれている先生の同人誌じゃないか!」
「やっぱり知ってるんだ! そうなのよ、ここのところが本当に面白くってね!」
月麦はそれから、漫画の話をうれしそうに語り始めた。
俺も、今まで好きなものを共有できる友達が一人もいなかったので、月麦とその話をすることがとても楽しかった。
二人で夢中になって漫画のページをめくっていると、知らず知らずのうちに二人の距離は近づいていた。
そしてそれはやがてゼロになる。肩がとんと触れ合った。
お互いにはっとして、無言で見つめ合ってしまう。さっきまで全く気にしていなかったこの距離感が急に気まずくなる。
俺も月麦も、そのまま動けずにいた。
「ふたりともー、そろそろ勉強終わったかな?」
そんなタイミングで日葵さんが扉を開けて部屋に入ってきた。
その手にはお盆があり、クッキーの乗ったお皿と冷たい麦茶が載せられていた。
そして、俺たちが顔を寄せ合って見つめ合っている姿を見た日葵さんは何も言わずに、そっと机の上にお盆を置いた。
「ごめんね、二人の休憩の邪魔しちゃって。すぐに出ていくからごゆっくり」
「ちょ、お、お姉ちゃん! これは違うんだってば!」
俺は慌てた月麦に突き飛ばされて床に転がった。月麦はそのまま日葵さんの後を追いかけていったようだ。
廊下からふたりの会話が聞こえてくるが、どうやら誤解はうまく解けていないらしい。
俺としても、日葵さんとの仲を深めるためには是非とも誤解をきっちりと解いておいてほしいところだ。
俺は心の中で月麦の
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