第154話 黒い雲 4

 セアラが唐突に投げかけた疑問にちょっと考えてから、


「世界中の信じられないような偶然て……本当はいつもちゃんと、皆んなが繋がっているから…かもしれないね……?」


 ソフィアはそんな願いを込め、目を細めてふんわりと答えた。


「え……いつも、なの?」


「そう……だってもしかしたらあの時、レオノーラさんがフレヤさんと会っていることを…本当はエラさんも私も気づいていて、それで自分も行かなくちゃ……そう思ったのかもしれないよ?」


「自分でも気付かずに…ってこと?でもいくら何でもそれはそれで、まるで不可思議なおとぎ話みたいな…………?」


 『不可』の『思議』とは書いて字の如く、人並みでは説明はおろか答えが想像も出来ないような事、それは魔女並みでも同じことだ。


 それに、この現象はセアラがそう呼んだように幽霊の様で、正体を捉えようがなさそうだとソフィアにも思えた。


「初めまして…は、何も分からなくても仕方がないよ。それに、戸惑いながら遠慮がちに使われてきたこの力って……少なくとも私たちの周りでは、探究されないまま、ずっと放られていたんだから……。それでも私は…この力もちゃんと使えるようになりたい。大切にしたい……」


「そうですわね。特に今は、戦争の最中にある今は、救いにもなり得る、私達に必要な能力だといえるかもしれません。その為には、セアラの経験を皆んなで生かさなければいけませんね?」


 そう信じて強く頷いて、でも柔らかく微笑むエラの顔に二人は目を見張った。


「?。なんですの、ふたりとも……」


「え?いやぁ、エラさんが今一瞬…アメリーさんに見えたよー、ねえ、ソフィアさん?」


「う…うん」


 エラにとっては最高の褒め言葉に身体がふるっと震えた。


 分かっている。どうしたって自分は自分、もとより、尊敬する母に成れるものでもない。でも、成ろうと思わなければ受け継げるワケもないと、滑稽なオウムを演じてきた。


「あ、当たり前ですわ!ワタクシもお母さまも『タレイア』なのですから……」


 そう言って、エラはそれはもう誇らしげに胸を張った。そしてあの夜、アメリーに『自分の言葉で話すあなたも素敵よ……』そう微笑まれたことを思い出した。


 そして思い至る……


(あ!あの夜、偶然だと思っていたけれど、事も無げに私を見つけたように見えたのはこういうことだったのですね……)


 そうだとすれば、スパイを見つけたあの夜も、思いがけずに皆んなが集まった日の夕食の後も、そんな素ぶりはまったく見せずに母には見事にとぼけられた。


(まったくもう、お母さまったら。そのうちには私が気がつくことも分かっていらしたうえで……ウフフ)


 まぎれもないアメリーの可愛らしいイタズラ心にエラはクスクスと笑っている……。


「えっ…なになにエラさん!?ナンかひとりで思い出して楽しんでいるでしょう?」


 幸せそうなエラを見てセアラも分けてもらおうとウズウズとねだった。


「あ…失礼、何でもありませんわ。クス……」


「ぇええーっ?ずーるーいーー……」


「オホン……っ。それよりもセアラさん!話を本題に戻しましょう。私達はあなたがフレヤさんを見つけたところまでしか聞いていません。その先の事もちゃんと、話してくださる?」


 その一言で空気がまた少し重くなった。


「ああ…と……うん、そうだよねぇ…………」


 セアラは口ごもる。たとえフレヤに見たままを話せと言われていても、どうしたって告げ口するような心苦しさに変わりはないのだ。


 するとソフィアがすぐにセアラを庇った。


「セアラちゃん……もういいよ。フレヤさんが無事ならそれでいいし……あとはフレヤさんに聞かせてもらえば、いい事だから……。ねえ、エラさん……?」


「え?ふむ……そう、ですわね……。それでも構いませんが……」


 しかし、それはそれで、セアラの心には何か引っかかるものがあった。その複雑そうな心情を今度はエラが察する。


「分かりましたわ、ではこうしましょう。もしも今回の事でフレヤさんがその行動を問われるようなことがあっても、ワタクシは必ず、フレヤさんの側に付きます。ならばこれで三人、フレヤさんは無罪。どうかしら?」


「……でも、まだ何も話していないのに?」


「ん?さっきも言いましたでしょう?あの人に振り回されるのはしようがない事だとあきらているって。それでもね…憎むことは出来ないですし、大切な『姉』だとも思っているのですから……」


「エラさん……」


「まあ、あの人が余程の悪さでもしない限りは、やはり見限ることなんて出来ませんわね。それに、あのフレヤ『おネエサマ』にそんな事が出来るとも思っていませんし……?」


 そんな鼻を鳴らして笑うエラの言葉にセアラはやをら立ち上がる。


「エラ、さん……」


 そしてテーブルを回り込んでまでエラににじり寄ると……


「な、なんですの……??」


 我慢できずにエラに飛びついた。


「んもーーっ!エラさんってばダイスキーーーっ!!」


「ちょ…っ!?」


 慌てたエラがすかさずセアラのアタマを押さえて立ち上がる。それは勿論、巻き髪ヘアーを死守する為だ!


「ちょっと、セアラ!」


 しかしそんなことはお構いなしにセアラが絡みつく。


「フレヤさんもねえ…っ、フレヤさんもエラさんのことを可愛いカワイイって、いつも言ってるんだヨォ……!」


「!、フレヤさん…が?!」


 ふっとエラの抵抗が弱くなった。


「うん!だからね、フレヤさんが嫌われちゃったら可哀想で……」


「セアラ、そんな事を気にしてらしたの?ワタクシはあなたが後ろめたいものかと……」


「それもっ…無くはないけど……」


 無くはないけれどそれは少しだけで、何よりフレヤが悪く思われたまま寂しい思いをすることを想像して心を痛めていた。


「だからね、不正選挙の約束よりも……エラさんの気持ちが嬉しかったのー……」


「ふ、不正選挙ってその…言い方っ!」


「んふふー……」


 晴れ晴れとしたセアラの笑顔だ。


「まったく……。それでアナタの気が晴れたのでしたら、話しの続きをお願いしますわ」


「はーい!」

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