第147話 南国のバラ 6
アトキンズから見れば、彼女は視線を外して穏やかに耳を澄ましているような雰囲気だ。
そして多分、ヤケに長く感じるほんの数秒の沈黙の後、フレヤは独り言の様に言った。
「ふうん……やっぱりね」
今でも謎めいている魔女に含みのある言葉を聞かされてはアトキンズも気がきでない。
「なにがだ…なんなんだ一体?」
「『空が低い』『空気が重い』……」
「え?……そら?くうき……?」
それはアトキンズの心情世界を例えているにすぎない。
「態度じゃ隠しているけど、やっぱり『見た目』より気落ちしているようね……?」
「気落ち…………?」
突然の『儀式』に脅かされていた彼は拍子向けするような答えに力が抜けた。
アトキンズはちょっと首をひねるように口ごもる。戦争の悲劇も慣れてしまうと自分でもその程度がボンヤリとしている。
「気落ちか…そうだな…………」
そんな顔を見てもとてもではないが快く思えない、悲しくさえある。しかし、思わず口をついて出そうになるところだったが、彼女はその言葉は飲み込んだ。
「……でも、正直言って少し感動したわ」
「ん?何の話だ?」
「あの時……街を襲う為に敵がふた手に分かれたでしょう?」
「ああ……」
「でもすぐに、あなた達は基地を切り捨てて全員が街を守ろうと敵に追いすがったでしょう?それにひとつでも多くの爆撃を防ごうと必死だった……たとえ不幸を目の当たりにしても成し遂げようとする必死さは見ていて辛いくらいだったけれど……精一杯に守ろうとしてくれている姿は、正直、心を打つわね…………」
「…………」
飲み込んだ言葉とは裏腹になるが、それもまた、フレヤの正直な気持ちだった。そして、ふたりを繋いでいた手を
「やっぱり私には、どうしても理解しきれないけれど、『彼等』の気持ちは十分に理解出来たわ……」
「そうか……」
『彼等』への手向けと労いの言葉はアトキンズにとっても嬉しいものではあるが、何よりフレヤの気遣いの気持ちが頬を緩ませた。
「すまないな、何か気を使わせたみたいで」
「いいえ、別に……それでナニ?ここへ来たのはこの私に慰めて欲しかったからなの?」
するとアトキンズは少しバツが悪そうに……
「いやまあ、そんな感じにもなっちまったが……キミはまだここにいると思ったから、やはり避難する事をお勧めしようと思ってな……」
するとフレヤはうやうやしく頭を下げて言った。
「それはそれは、ご心配いをおかけして申し訳ないわね……それにわざわざご足労までいただいて…………」
「いやいや、気にしないでくれ。それにダメもとで外出許可をとりに行ったら、近隣にまだ市民が居るならしっかりと非難を要請してこいと司令官にお墨付きを貰ったしな」
「司令官?ああ、ふうん……」
言われて気づいた、フレヤはそんなそぶりを見せた。
「ん……?もしかして、レイヴンズクロフト大佐を知っている風だが?」
「え?ええ……もうだいぶ前のことだけど、飛行場が空軍の基地になった時、挨拶だと言って一度だけここに来たわ」
「大佐が?一度だけ?それに、一人でか?」
「ええ……」
(そういえば、大佐もメイポールのことを知っている様子だったな……)
べつに、ここはパブなのだから誰が来ようと不思議に思うことはない。ただ、たまにくらいはその後にも通っているならすんなりと納得するが……
「大佐自ら一度だけの訪問か……なぜだろうな?」
「さあね……そうね、ウチが一番近いパブだからじゃない?」
「まあ……そう言われればそうなんだが。たとえば基地の者をよろしく頼む、ということか?その後に来ないのは隊員に気を遣っているということか……?」
「ふうむ……そうねえ、そんなトコロじゃない?」
フレヤの歯切れのよさが影を潜めていることも気になって、アトキンズは眉を捻る。
(ふむ……しかしこれ以上は、ムダな追求のようだし、やめておいた方が良さそうか…………)
「ナニよ?何か言いたそうね?」
アトキンズはススっと首を振る。
「いや、何もない!」
「そう……」
それが意図したものかは分からないが、フレヤがくすりと笑ってレイヴンズクロフトの話はそこで切れた。
「でももう、ご心配には及ばないわ。取り敢えず店は閉めることにしたから」
「そうなのか?」
「ええ、あなただけじゃなく、あちらこちらから同じように言われていてね……少し前から、ここから離れたセアラの実家に寝泊まりしているような状態だし……」
「そうだったのか……」
ホッと肩を下ろしたアトキンズを見てから、フレヤはカウンターを出た。
「今日もね、好きなこのレコードは持って行こうと思ってひっぱり出したら……急に聞きたくなって…………」
そして再びレコードに針を乗せて、音の流れに耳を傾けた。
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