第136話 異能の力 10

 その日、2度目の警報に街は騒然となる。たったの4発、しかし敵の手が届くことを知った後の恐怖は、それまでの漠然としたものとは比べ物にならないだろう。


 ところが、その恐怖に震える者は少数で、ドイツの侵略と破壊に対する怒りはそれにも増して確固たる形を成し、既に爆撃を経験していた地域と同様に、恐怖を刻むどころか反ドイツの感情を煽ることになった。






 イプスウィッチ基地からは補給を終えて間もない全機がパイロットを待っていた。アトキンズは2時間の仮眠から目覚めてエネルギーを補給し、とっくに心構えを整えてフレッド達と談笑をしていた時だった。


 フレッドは持っていたカップをテーブルに放ってアトキンズの後に駆け出した。


「やっぱり来たな!?」


「ああ!今に至って午前中の攻撃は中途半端だったっ」


 ふたりは並んでいた愛機に駆けあがり飛行帽をひっ掴む。


「となると……っ?!」


「ああ…コッチが本命だなっ!!」


 そして身体をコックピットに滑り込ませた。






「フレヤさん!!」


「またっ?!」


 これからお茶でも淹れてリフレッシュしようとしていた矢先の警報にフレヤの眉間には皺が浮かんだ。


「まったく、鬱陶しいわね……っ」


「はいはいっ、しょうがないよ!お店は閉まっているからこのまま行けるよ!?」


 フレヤは不機嫌そうにクヴァストを握ると背中を押されて外に出た。いや、出された。


「…………」


「行こう、フレヤさん!」


 そうセアラに急かされて玄関前の踊り場でクヴァストに腰を掛ける。ドアの鍵を掛け終えたセアラは振り向いて驚いた。


「えっ…ここから行っちゃうの?!ま……ま、いっか」


 周りを見回して、同じように離陸準備をしてフレヤの後に続くつもりで身構えたのは良いが……とうのフレヤはそのまま動こうとはしない……。


「い、行かないと……フレヤさん?」


 イヤな予感しかしない……ずっと一緒に育ってきたセアラの不安をフレヤは裏切らない。


「もぅ…アッタマきた……っ!」


「い……っ!!?」


 ボソっと言った後にフレヤはいつもの優雅な離陸では無く、鋭く飛び上がってセアラを見下ろした。


「あなたは戻ってなさい!私もすぐに戻るから叔母さまには心配しないように言っておいてっ」


「て?ちょっとフレヤさん!?ダメだよっ、何する気っ?!」


「何もしない!ちょっと見物してくるわ!!」


 そう言い残して暴走天使はミサイルのような加速でみるみる昇って小さくなる。たとえ現代の戦闘機であっても追いつけないような上昇力だ。


 呆気にとられていたセアラはポツンとひとり残された。


「あ……ええーっ??どどどどう、どうしよう……っ?!あんなこと言って、絶対ウソだ!!ヤルっ絶対なんかやるよ…………」


 と、あわてて勢い屋根まで浮き上がり、また戸惑ってうろたえる。


「と…とにかく追わないと!あ、でもフレヤさんに何かあったら私だけじゃ……?いや、えと…ええと、おお、お母さんに…はマズイかな?じゃあ皆んなに……知らせる…知らせない??知らせ……」


 そんな魔女の様子を屋根で休んでいた一匹のカラスが見つめていた。おかしな人間がおかしな場所に顔を出した……思わず『カァ…』と声を出すと、ブツブツと言う人間がただ音に反応してこちらを見た。


(フレヤさんがひとりで飛び出して…弾にでも当たったら……誰かに?…………カラス?)


 意識の外でカラスと何気なく目が合った。無表情にカラスが見てる。無感情にセアラが見つめる。波長が自然と同調して、ズームの様にカラスの眼を覗き込む。


 ほんの一瞬…いや、もう少しだけ長く、ひとりと一羽の間で時間と空間がキュウっと凝縮される感覚……同時にボリュームが絞られ外界が遠ざかって行くような錯覚……。


 その間は抗えない硬直があるが、すぐに縛られる感覚から解放されると、カラスは『クァ』と言いながら飛び去って行った。


「あ……えっ?ちょっと待ってっ!あぁーーー……!」


 引き止めることも出来ずカラスもセアラを置いていった。べつにカラスと仲良しなワケでも言葉が通じるワケでもない。それにカラスよりも追わなければならないヒトがいる。


「んん……まあ、ナニも『言寄せ』たつもりは無いし、大丈夫か。とにかく!フレヤさんを追わないと…………」


 心は決まった。キっ!と、東を見上げてセアラは上昇して行った……。






 迎撃に飛び出したイプスウィッチ中隊は、地域指揮所の正確なナビゲートに従って敵の編隊へ真っ直ぐに向かって行く。


 ほぼ全開で飛ぶ編隊はハリッチ上空に差しかかって、ハリケーン搭乗のクリオーネが機を傾けてハリッチ基地をお見舞いがてらに上から見下ろす。


「おー、損傷機以外は残機無し!どうやらハリッチの連中は無事に離着陸出来たようですね?」


「ハリッチは基本、野っ原にあつらえた『出城』だからな……。平原全てが滑走路なんだ…何処にでも下りられるし、何処からでも飛べる」


 コールマンが応えた。軽量なプロペラ機は平坦であれば多少の起伏や緩斜面も関係無く離着陸出来る。人と設備、補給物資をそこへ搬ぶ事さえ出来れば、すぐにそこが空軍の戦力拠点になる。ただし……


「でも自分の国に居るのにテント暮らしはシンドイだろうな。俺達はウマいメシを食って好きな時に風呂に入れて、寝心地の良いベッドで眠れる……ここに比べれば天国だろ?これもレイヴンズクロフト大佐に呼ばれたおかげだ…………」


「ですね。実質の准将に野っ原の『出城』を押しつけることは出来ないでしょうから……他の基地の奴らに恨まれてもイプスウィッチで良かったーっ!」


 クリオーネは戦友に罪悪感を抱きつつも、自分の幸運を神に感謝した。

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