第128話 異能の力 2

 わざわざ低く飛んで人目を引いた。思えばフレヤの自業自得なのだが、彼女は河を下って遠回りする羽目になったことに口を尖らせた。


(もう、一体何をやってるんだか……。こんなことでまた、皆んなに責められでもしたらワリに合わないのだけど……やっぱり私達のこんな境遇って、はぁ…………)


 河を適当に下って、その間に再び高く上がってからほぼUターンして自宅へ向かう。


(それでも…過去の色んな誤解が解けても……たとえ慕われるようになっても、私達の『力』はやっぱり異質なものとして怖がられるし、イヤな者を引き寄せてしまう……)


 誇りとしている血脈と、受け継いできたその力は同時に彼女達を苦しませる。だったら使わずに忘れてしまえば良い…そう思っても言った通りに誇りとして譲れないそんな力を封じることは、権利と、自由と、大切な誇りそのものを捨てるに等しいことだった。


(でもこれは、次代に必ず渡さなければいけないモノ、私達の歴史と同じで忘れてしまって良いモノじゃない。今よりももっと……深く探って、鍛えて、研ぎ澄ませて、後に連なる者に渡さなけゃいけない!私の記憶と一緒に……)


 こんな事がある度に、いや、こんな事をする度に自分の決意を確認して少しだけは反省してみる。明日には忘れている程度に。


 フレヤは自宅から少し離れた人目の少ない場所で降りてから歩いて戻った。基地では簡単に見つかってしまったが、雨が降っていれば大概の人は傘を持って外出している筈なので、簡単に見つかるつもりはなかったのだ。


 それでも、心持ち早足で人気ひとけを気にして歩く自分がイヤで仕方がない、何だか悲しくもなってくる。フレヤは店に入って一息ついて、軽くひとりで落ち込んでいた。


「まあ……別にねえ、今さら落ち込むほどの事でもないけれどねぇ…………」


 誰に言っているのかも分からないが、フレヤは重だるく下がるアタマをさすった。


「さて、と……セアラが来るまで上でのんびりと……」


 気持ちを切り替えていつものペースを取り戻そうとした時だった。チューバの音色の様に重く低いサイレンが街中に響いた。それにイプスウィッチ基地からの警報も混ざる。


「!、また空襲警報……?!」


 すぐに表に出て空を見上げても何も見つけることは出来ず、取り敢えず自宅へ駆け上がってクヴァストを握る。そして改めて東の空を見上げるが、やはり曇天の空は何の変わりもなかった。


(まったくもうっ、また警報だけなのじゃないの……?)


 これまでも何度となく空襲警報に従って避難しているが、幸いにもドイツの爆撃がこのイプスウィッチにまで及んだことは無い。それでも……


(ハァ……まあ、これも仕方がないか……)


 諦めのため息を吐いてフレヤは辺りを見回すとクヴァストに腰を掛けた。






 イプスウィッチの中隊全ての戦闘機は警報と共に飛び出していった。そしてそれだけで敵戦力が侮れない規模だと想像した。フレッド・アーキンはその上で腑に落ちない空模様を見て無線のボタンを押した。


「アット、この天候で強行とは、ドイツは結構焦っている…だけかな?」


「フレッドか?ふむ、たしかに、このモヤの中で強行するのは納得がいかないし……ドイツが焦る理由も無いと思うが……」


 霧雨はまだいい。しかし低く漂って覆うこの薄い霧のせいで長距離の視界はほぼゼロである。


「しかもこんな朝から…。司令部がアホなんじゃないですか?」


 無線にクリオーネの声が飛び込んできた。フレッドは鼻で笑うと、


「フ…っ、ただの阿呆か何かの狙いがあるのかはすぐに分かるさ。とにかく全員、視界が悪いから同士討ちには気をつけろ!」


 雨天は夜間の空中戦に次いで混乱戦になる危険がある。更に海峡に出る頃には雨脚もやや増して雨粒を切るプロペラの飛沫が円を描きはじめた。


 お互いに目を凝らし恐るおそる戦えば、どうしても戦闘速度は遅くなる。それでも500メートル先が見えない空で向かい合えば3秒とかからずにすれ違う。その間に機体の判別、攻撃の選択、そして照準を行わなければならない。それも周りにも神経を尖らせながら…である。


 フレッドはこの状況での敵の優位性を考える。


(多少、見通しが悪くても地形や建物の判別は可能だ。視認に手間取って迎撃のペースが落ちることを狙ってのことか?しかし……図体のデカい爆撃機は隠れることも出来ず見分けるのは簡単だが?一体どういう意図だ……?)


 しかし考える暇も無く、すぐにアトキンズが言った。


「11時方向、やや下に光が見えた!よく分からんがおそらく7、8キロ……ミストの中だな」


 すると『ジュニア』が答えた。


「もうこんな目前までっ?!すぐにハリッチですよ少佐!」


「だいぶ押し込まれているな。このまま突っ込むか、フレッド?」


「いやっ、旋回して右から行こう!それから護衛機は無視しろ、時間が無い!どうせ護衛機は燃料もギリギリの筈だ。この際無視して全機、爆撃機だけに集中!一機でも多く落とせ!!それからあまり爆撃機に纏わりつくな、味方の対空砲にやられるぞっ」


「了解!」


「ラジャーっ!!」


 フレッドの指示を聞くや全機が旋回体制に入る。ただその中でアトキンズとシャムロックだけは、スロットルを全開にして素早い旋回降下で渦中に突っ込んで行った。

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