第120話 滔々と流れ

 ベントナーのレーダーが使用不能となった以上、イギリスは早急な復旧を目指す一方で、すぐに海軍を配置してドイツの出方を窺っていた。


 まず間違いなくドイツがこのチャンスを見逃すはずがない。イギリス南岸はこれまででもっとも緊迫した状況となった。


「司令っゴスポート海軍基地からです。巡洋艦カリブディスからの報告で敵機編隊が通過中、高度6千から7千、方位005、025……編隊規模は100以上…………」


 イギリス南部、ハンプシャーの地域指揮所に警戒中のカリブディスから一報が入った。


「やはり来たかっ!10分も無いな…タングメアからボーンマスまで全機出せ、オカで撃墜されるなど冗談ではない!対空砲大隊にも連絡、それから沿岸部に空襲警報だ」


 指揮所の司令官は海図を睨んでカリブディスの位置を確認していた。同船はベントナーのあるワイト島から南南東の沖合い40キロの位置に居た。


「こちらの艦隊は無視だな。カリブディスのそばにはキュラソーとヴィミエラがいるはずだが、まさか交戦していないだろうな?どのみち船からの対空攻撃では足止めにはならん……」


 艦船は港に停泊していれば爆撃の良い的になってしまう。動ける船は既に沖へ出され、その内の何隻かは空爆されるリスクを冒して索敵任務に当たっていたのである。


 しかし目視での索敵では対応が間に合わない。しかも最終的には200機以上の敵機が押し寄せたが、迎撃機が空に上がった頃にはドイツの編隊が目前まで迫っており、港湾や沿岸地域の工場などに大きな損害が出た。


 これが旧態依然たる戦争であり、ドイツが思い描いていたとおりの戦果である。この一件はレーダーの有効性を改めて証明する事実となった。






 ベントナーの攻防戦が対岸の出来事になったイプスウィッチでは、急な命令によって別の作戦が進行していた。


 18時に行われたブリーフィングには総勢49名もの乗員が集まった。イプスウィッチの23名に加えて、ダクスフォード基地からやって来た8機のブレニムMk4の乗員が26名、ちなみにその内の2人は控えである。


 ※ブレニムはブリストル社製の攻撃機。主には軽爆撃機として運用されていたが動きも軽く上部と下部に設置された銃座により防御力、攻撃力共に侮れず、重戦闘機として、または夜間戦闘や偵察にと便利に使われていた。


 いつもはスカスカなブリーフィングルームもこの時ばかりは満員御礼に賑わって、入ってその様子を見たピアースの顔も心なしかいつもより気合いが入っている。


「ご苦労、諸君……」


 ピアースは起立して出迎えてくれる49人を流し見てから……


「休め……」


 そう言って腰掛けるのを確認した。


「今夜から、明日未明にかけて大規模な作戦を行う……」


 そして目の前に座っていた者にリポートの束を手渡した。


「ブレニムの中隊がここに遊びに来たワケじゃないのは分かっているな?今夜のミッションは彼等が主役だ、久しぶりだがたまにはこちらも攻めてうっぷんを晴らさないとな……」


 配られた作戦指示書には各中隊の飛行ルートと攻撃目標が一枚にまとめられている。イプスウィッチのパイロットが予想していた攻撃目標は対岸の前線基地だと思っていたがそこに描かれていた地図はドイツの西端だった。


 これを見たイプスウィッチの面々は当然ざわついた。


「静かにしろ、だから主役はブレニムだと言っただろう。ドキュメントにある通り、この作戦の攻撃目標はドイツの『ドルトムント=エムス運河』だ」


 ドルトムント=エムス運河はドイツの工業地帯を結ぶ重要な運河である。そしてこの時点でイプスウィッチのパイロット達は自分の役割を理解して指示書を睨んだ。何故ならドイツの国境まではおよそ400キロの距離がある。ハリケーンやスピットで往復出来る距離では無い。


「指示にある通り44中隊の仕事はブレニムの護衛になる。それも出すのはスピットのみ、離陸した後は北に向かい高度7千で転身して目標に向かう。行きはA中隊がオランダ上空まで護衛し、帰りは暗号を使いB中隊のスピットで出迎えに行くことになる」


 ピアースは握っていた指示書をデスクに置いた。


「ちなみにマートルシャムとハリッチ、それからクラクトンからも同様にそれぞれ10機ずつのブレニムが出撃する。やはり目標は同じ運河だが、攻撃地点はバラバラだ。言うまでもないがこれは隠密行動になる。無線も使えないから味方の編隊を敵と見間違えんようにな。そしてもし、対岸に至るまでに敵に見つかった時点で作戦は終了、その場合はスピットがブレニムの撤退を援護しろ。ハリケーンは待機となるがいつでも飛び出せるようにしておけ。概要は以上だ、何か質問は……?」


 少しすねた面持ちでA中隊の隊長を任されていたフレッド・アーキンが手を上げた。


「私は待機ということになりますが、そうなると護衛機の隊長はアトキンズ少佐ですね?」


「ああ、そうだ。そこはハッキリさせておかないとな。経験、技術、実績、どれをとっても文句を言うやつはいないだろう。しかもアトキンズの『目』は特別製で、夜遊びも大好きだからな……だからブレニムの諸君は安心してくれていいぞ、彼はかの、アール・アトキンズ少佐だ」


 ワザとらしくお披露目されてブレニム乗員の塊がザワついていたが、アトキンズはフレヤばりの澄まし顔でやり過ごした。

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