第117話 血族と同族 7

 エラの祖母、セルマ・マーティンソン。こんな大先輩を相手にしてもフレヤが及び腰になることはないが、レオノーラが偉大な先達と称するように、彼女まじょ達にとって母親や祖母というのは敬意を払わなければならない先輩と大先輩である。


 そこらへんの慣習はフレヤも率先して尊び守っている。


「そう…セルマさんまで煩わせて、ゴメンねエラ……」


 奔放と言われてもフレヤが誰よりも自分達を敬ってくれていることをエラも理解していた。


「そ…それでは家族には良い返事をしても?」


「あ、それはちょっと待って!」


「え……?」


 パッと明るくなったエラの顔がすぐに曇った。


「なにか問題がありますの?」


「叔母さま…アーサラさんがかなりおかんむりでね……多分だけどしばらくはご機嫌を取るためにもセアラの家にお世話になるかもしれないの」


「!、そ、そう…セアラのお母さまが……」


 見ると横でセアラがウンウンと頷いている。エラは珍しく残念そうに息を吐いて、そしてクスリと笑った……


(なるほど……今日のこの集まり、なんとなく合点がいきましたわ)


「何よエラ、分かりにくいわね……?」


「ふふん、気ままなフレヤさんがあちらでどんな迷惑をかけるか分かりませんわ。もしマルケイヒー家を追い出されたら我が家に来ても構いませんわよ?」


 そんなエラの皮肉をフレヤは楽しそうに笑う。


「ふふふ……それじゃあ先ずは、エラの所に迷惑をかけようかしら?」


「え!?ホントに?」


 エラの声が少し弾んで聞こえた。


「どうせなら宿無し生活を満喫して渡り歩くのも面白そうじゃない?」


 するとソフィアが身を乗り出した。


「そ…それじゃあフレヤさん、ウチにも……ウチはお店も閉めちゃっているし、地下にもすぐ避難できるから……」


「ああ、例の地下室ね?うん、楽しそう!」


「やった……!」


 ソフィアは呟いて小さな小さなガッツポーズをした。


「まあ、店はなるべく開けたいから寝る場所さえ用意して貰えれば十分だし……」


 すると今度は口を尖らしたエラが怪訝けげんに言う。


「こんな有り様なのにまだそんな事言って……お客さんも来ないのに店を開ける必要なんて無いのではなくて?そんなに仕事がしたいのでしたらウチで雇って差し上げますわ!」


 慌ててセアラがエラを指で指した、いや、頬を押した。


「まーって、待って!この時とばかりにウチの社長を引っこ抜こうとしないでくださいっ!!フレヤさんはこのメイポールのカオなんですっ……て、前にもこんな事あったな、もー………」


「べ、べつにずっとウチで働いて欲しいなんて言ってませんわっ。ただ…いくら警報で知らせてくれるといってもここにいるよりは安全でしょうっ?」


 べつに働きたいから店を開けているわけじゃない。分かってはいても意地を通そうとするフレヤについ自分の思いをぶつけてしまうエラなのだ。


 その可愛い不器用さがフレヤは好きだった。


「ありがとう、エラ。あなたと一緒に仕事をするのも楽しそうだけど、私は大丈夫……あなたも知っているでしょ?私達なら1分もあれば3キロ先まで飛んでいけるじゃない…私なら20秒もいらないけどね!」


「そ、それは…そうですけれど……」


「そこに立ててあるクヴァストも今は使い古しじゃなくて予備のクヴァストよ。セアラの予備もカウンターの中に置いてあるし……それより皆んなも出歩く時はクヴァストを持ち歩いた方がいいわよ?ちょっと目立つけれど……」


 いくら戦時下とはいえ、そんな長い棒を持ち歩いていたら誰の目にも不審者だ。かといって袋なんかを被せていたら益々怪しい、きっと兵士に捕まって職質されまくりの憂き目に合う。当然、皆んなの反応は冷ややかなものだった。エラを除いて……


「持ってますわよ!」


 エラは驚いた4人の注目を集めた。


「え?まさかエラさん持って来たの??え…と、外に……???」


 セアラが聞いた。


「いいえ、ここに…………」


 皆んなが見ている中でエラはバッグを探ると30センチほどの長い袋を見せた。まるでリコーダーでも入っていそうな見た目だ。


「ほら……」


「!?」

「っ!」


 そして袋から出したモノは当然、木の枝である。


「みじかっ!?」


 思わずセアラがツッコミを入れた。特に決まりは無いが、枝を切りだす時は真っ直ぐなものを選び長さは身長と同じくらいが適当である、誰もがそう教えられてきた。エラが見せたモノはそれはもうただの棒っきれにしか見えないモノだった。


「な、なんですの?これだって立派なヴィルガですわ!やっぱりスピードは出ませんが、それでも車よりは速く飛べますのよ!?」


 エラの言ったスピードが関わっている他に、ゆったりとしたポジションで快適に乗ったり、二人で腰掛けたり、荷物があれば引っ掛けたりと様々な理由で今の長さに落ち着いていたクヴァストの長さだったが、ただ飛ぶだけならば長さはどうでも良かったのだ。この瞬間、皆んなの目からウロコが2、3枚落ちた。


「ああ……」


「なるほど……」


 静かな驚きが納得からの感心に変わるとエラは鼻を膨らませてドヤ顔になった。特に感心していたのはやはりフレヤだ。


「おもしろい……面白いこと考えるじゃない、エラッ!!」


「!?、そ…そうですわっ!」


「うんっ、驚いたわ!何で今まで思いつかなかったのかしらっ?!もっと速く飛べるかと思って長くしたことはあるの。でも実際には変わらなくて諦めたのだけど、短くする発想はなかったわっ。エラ天才!」


 はじめは天井に着かんばかりに鼻を高くしていたエラもフレヤにあまりにも褒めちぎられると照れくさそうに喜びを噛みしめている。


「いえ、まあ…ちょっとした思いつきですわ……」


「ううん、ちょっとした革命よ?!これなら持って歩けるしクヴァストが形を変えるきっかけになるかもしれない。取り敢えずは皆んなで真似しないと!ねえっ?」


 フレヤほどに騒がない3人はしみじみと感心しきりで既に頭の中ではノコギリをしまった場所を探している。しかし、こんな短い棒に腰掛けて飛んでいる姿を想像すると、ソフィアは何だか妙に可笑しく思えた。



「クス……でも、確かにスゴイですよ…エラさん。バッグに仕舞える『ホウルト』なんて…見たこともないです……」


「そ、そうかしら?」


「フレヤさんの言ったことは…大袈裟じゃないと思います……特に戦争をしているこんな時は…手元にホウルトがあるだけで安心できますから。今日はエラさんのおかげで…家に帰ってからお話しできる事がいっぱいです……」


 引っ込み思案だったソフィアがよく話し、たくさん笑うと他の4人も自然と笑みがこぼれた。


「ソフィア……」


 それに十分に褒められたおかげでエラは有頂天のハイテンションだ。


「良い子ね、ソフィア!ワタクシを褒めて損はさせませんわよ?!」


「は、はい…エラ姉さん……」


 もっとも周りはほころばせていた口元が少し硬くなったが……


 なんの不安も不満も無い。そんな満ち足りた景色を眺めてフレヤは遂にカウンターから抜け出してドアに向かった。


「おろ?どこ行くのフレヤさん……?」


「こんなに嬉しい時間は滅多にないじゃない?だから…今日はもう店は閉めましょう、セアラ……」


 そう言ってフレヤは子供の時となにも変わらない笑顔を見せた。






 注釈:ソフィアのアレンビー家は空飛ぶ棒を『ホウルト』と呼んでいる。それは古い英語で木や森を意味していた。


 それぞれの呼び方は一族の出自や生い立ちに由来しているが、レオノーラとセアラが『ブルームスティック』フレヤが『クヴァスト』エラは『ヴィルガ』そしてソフィアが『ホウルト』である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る