第103話 Bartender is always right 5

「ん……………ん?…んん?!」


 口に含めばすぐに葡萄の甘みが舌に馴染んで…そこからである。あるはずの無い他の果実味と花の香りが後を追って来る。そして口に含んだまま鼻で呼吸をすると、その度に品の良い花の香水のような刺激を楽しめた。あくまでも優しくて優雅だ。


 こんなものを吐き出して良いはずがない……というよりも自然に喉を通ってしまった。


「ワインってのはどうも……飲む度に水っぽさを感じたり、馴染まない香りが気になることばかりだったのに…コレはまるで違うな……」


 フレヤは自分が褒められているように満足な顔をした。


「ふふ、気に入ったかしら?」


「ふむ、繊細で複雑なところはちゃんと造られた育ちの良いウイスキーとも共通しているが、俺が知っているどの酒よりも優しくて…女性的なイメージだな。それでも葡萄酒としてちゃんと芯がある。気骨さえ感じる。コレはまるで……」


 ふとフレヤを見上げた。


「あ、いや……」


「まるで……なに?」


「いや、素直に美味いよ。これが本物か……」


 傾けたグラスを見つめて静かに感嘆の言葉をこぼす。これは幸福さえ感じる味だ。


「新しいものならもっと安く手に入るわよ?でも良いワインほど飲み頃になる迄には年月が必要になると言われているわね。もっともこのボトルは、少し飲み頃を過ぎてしまったかもしれないけれどようやく…運命の人に出逢えたみたいね……」


「ん?飲み頃を過ぎているなんて…それ故の包容力か……それに、たったひと口だけでも満足だ。浴びるほど飲みたくもあるが、それは不粋だとも思えてしまうな」


「随分と紳士ね?まあでも、それも分かる、けど……それじゃあ、後はワタシがご馳走になるわね……?」


 無常にもグラスに残ったワインがフレヤに奪われていうがやはり、未練の声が出てしまう……


「あ……っ」


「ふふ……」


 妙に艶っぽい目を閉じて香りを存分に楽しんだフレヤが、いざ飲み干してやろうと目を開けると……身を乗り出したパイロット達の熱い羨望の眼差しがフレヤに刺さった。ついでにその中にはセアラも混ざっていた……


「な……なに、かしら…………?」


 などと白々しく確かめなくても彼等の要求は分かりきっている。


「あのう……」


 その中で周りを気にしながらリーアム中尉がそっと手を挙げた。


「栓を抜いちゃったなら……その、コンテストランド…?を一杯、売ってくれませんか……?」


 お客さんと思えば内心を表情に出すことはしなかったが……


「コンテス・ド・ラランドよ……それにコレはア…アトキンズ少佐からの……その…………」


 傍目はためには気づかない程度に顔を紅潮させても感情を押し殺し、言葉に困って助けを求めているかのように見るでもなくアトキンズをチラチラと意識している。


(カワ……っ、こんなフレヤさん久しぶりに見たっ!おほほー……!!)


 他の人が気づかなくてもセアラには通じなかった。その姿に思わず口をすぼめて、たまらずに目に焼き付けている。おくゆかしいフレヤを堪能できて心の中では悶絶していた。


(んーー分かるっ!分かるよフレヤさん。そのワインはアトキンズさんの心尽くしの贈り物だものーっ。それを分けろと言われてもねー?!)


 ここまでフレヤの心情を察して共有出来るセアラほどでは無くても、何となく嫌がっていることくらいはアトキンズにも察することが出来た。


「それじゃあ……そのグラスにもう少しだけワインを注ぎ足して、彼等に分けてやったらどうだ?」


「え………んん…」


 フレヤはアトキンズを見つめてあきらめのため息と一緒にグラスを置いた。


「そうね、それじゃあ……」


 そのグラスに細いひと筋を作って許せるだけのワインを足した。注ぎ足されてグラスにはそう、三分の一ほどのワインが貯まった。


「10人でも、味をみるだけならコレで十分よね?それからお金なんて受け取れないからこれはアトキンズ少佐からのオゴリよ……」


 そう言ってグラスをカウンターの端へ押し出された。リーアムはグルリと同僚を見回して鼻を膨らませた。


「あ…ありがとうございます、アトキンズ少佐っ…と、バーテンさん……」


「フレヤ・ノルシュトレームよ。因みにここのオーナー……」


「はい、ミス・ノル……ミス・オーナー!」


 反射的に敬礼しそうになって、リーアムは上げそうになった手を抑えてグラスに手を伸ばした。


「い、いただきます……」


 さて、リーアムが持ち帰った戦果を前に男達は腕を組んだ。ただで差し出されたワインは暗にこれ以上の提供は無いという意思表示でもある。


「こりゃ、どう見てもこのスプーン一杯ずつだなあ……」


 ハロウズがティースプーンを見て言った。


「それでいいから早く飲みましょうよ?!」


 ジェリーがスプーンを振って急かすと全員が操縦桿の代わりにスプーンを握りしめる。戦闘準備は万全である。


「スプーン一杯ずつなら順番も気にしなくて良いですね?んじゃ俺から……」


 ワインを持ち帰ったリーアムがグラスを傾けて小さなティースプーンを突っ込んだ。そしてすくったこの僅か5ccがビールの1杯分以上の値段である。


 僅かなしずくを口に含んだ男達は、その味にはしゃいだり、神妙に考え込んでいたり、さして興味も無くペロリと飲み込んでからビックリ……


 罪悪感が有りつつも、大の男どもがワタワタしている姿はかなり面白い。


(ゴメンね……でもガマンしてね?)

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