第70話 ギュゲスの指輪 4

 アトキンズは行くアテも無く何かの道しるべを求めて考えようとして考える。しかし目的地も分かっていない者にどんな地図を渡しても意味はない。『何処かに行きたいけれどどの道ですか?』それではフレヤも答えようが無かった。


「はあ……元から生まれ持ったモノが何なのか、どうやって手に入れたのかなんて分かるわけがないでしょう?初めから見えて、初めから使えたんだから……まあ、強く使う時には確かに力を搾り出すような感覚はあるけどね」


「へえ、それはたとえば、腕に力を入れることと何も変わらなそうだな?」


「そうね、何も変わらない。あなたが目の前にあるカップを摘み上げることとまったく一緒なのよ」


「ふふ……そうか、そんなものだろうな。仰々ぎょうぎょうしく呪文を唱えて魔法を使うなんて、よくよく考えれば可笑おかしな話だよな……そうか、手を使うことと変わりはないか……」


 アトキンズは少し残念そうに笑った。


「ねえ、アール」


「ん?」


「例えば池を目の前にした時、目を閉じていても水に手を浸せばその存在を感じることは出来るでしょう?」


 突然の例え話にアトキンズが首を曲げた。


「え?そりゃあ……」


「そしてその先に浮いている葉っぱを動かしたいのなら、たとえ見ていなくても水を押すなりすれば葉っぱも動かせることがすぐに想像出来るわよね?」


「!、あ、ああ……分かるよ!分かりやすい、俺には見ることができない…触れることができない『水』が、君達には見て、触れることが出来るんだな?キミは例え話が上手だな!」


 その例え話で僅かに得られた感触にアトキンズは喜んだ。そしてやれやれとフレヤは息をついた。


「上手と言うより、同じことだからよ。ローレルさんがより多くの音を聞けるように、あなたが人より遠くを見通せるように、私達魔女も特別な知覚を得られるだけ……それに、『触れる』ことも出来るけどね」


 ヒラヒラとくうを扇いだフレヤの手をアトキンズは目で追った。


「それでも不思議だな……体験できない者にとっては」


「でもそれは、誰もが誰かに思い、思われることでしょう?何に思うかは色々だけど、不思議が転じて強い好奇心や羨望、時には妬まれることだってあるわよ?」


「そうだな、厄介な誤解を生むこともあるよな。特に君達には……」


 言いかけた言葉を放って何やら考え始めたアトキンズにフレヤはイヤなものを感じた。


「?、何よ……また何か面倒そうな顔をしているわよ?」


「いや、また怒られるなコレは……」


「あ、そう。じゃあ聞かない」


 ティーポットから紅茶を注ぎ足して話しを区切ったが、アトキンズの好奇心はぴんぴんと目障りな『かけら』を飛ばしてくる。


「もう、ナニよ…?!言ってみたら?」


「いっいやあ…もうホント、どうでもいい事なんだが……何で『魔女』なのかな、と?」


「ええ?何言ってんの??」


 やはり露骨に腕を組み、面倒そうに目をしかめる。


「だから…やっかみとかじゃなく純粋にだな……何故『女』なのか…それには何かの理由があるのか……」


「あなた…今まで何を聞いていたのよ?」


 フレヤは眉を立ててカップを摘んだ手でアトキンズを指した。


「え?」


「力に区別も差別も無い!私達が…私達の力が謎めいたままなのは『あなた達』の不勉強と不理解の結果でしょう?確かに私達の力は感覚の相違もあって特異なものかもしれないけれど、所詮は辺りの環境に影響を与える程度のもの…」


「所詮、て……へり下るにも程があるだろ?」


 フレヤは首を振った。


「いいえ…せいぜい降りかかる火の粉を払うことくらいしか出来ないのが私達よ。そりゃあ使い方によっては得られるものも大きいかもしれないけれど、圧倒するような力押しなんて出来ないから」


「そう…言われても俺は想像もできないが……」


「ローレルさんだって、あなただって、たとえ機械の力を借りるとしても恐ろしい力を奮っているはず……ましてや、言葉や存在感で他人を心酔させて、命を投げ出させるような『力』より私達の方が恐ろしいと言うのかしら?」


 その言葉にアトキンズは跳ねて前かがみになった。


「!、それは…ナチスのことか?」


「別に、ナチスに限った事じゃ無いし……なんの説明も証明もできていないくせに、『求心力』や『カリスマ』なんて曖昧で怪しいモノを当然のように納得しているでしょう?それって私達とどう違うのかしら?どちらの方が恐ろしい?」


「そう言われりゃ……狂行きょうこうな思想や求心力の強い指導者が誰よりも危険な存在に違いないさ」


「超人間的と言えるカリスマ…そういったワケの分からないモノも…慣れ親しんでしまえば疑問も無く受け入れるものよ。それがどんなに危険をはらんだ『力』でもね……」


「スマン!」


 急にアトキンズは膝を掴んで頭を下げた。

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