第60話 オキテ破りのデート 2

 メイポールからは徒歩で4分、ローレルの部屋は間取りの大きな2LDK、なんとなくベッドサイドの灯りをひとつ残しておいて、目覚ましは0時15分にセットして枕の下につっこんだ。


「時間まで寝ておこうと思ったのに……」


 18時過ぎには早々とメイポールから引き上げてきたものの、どうやら心の何かをあの店に置いてきてしまったらしく、逃げるように戻ってきたのはいいが、どうにも収まりが悪くて落ち着かない。


「はあ……」


 ため息をつく頭の下では枕に挟まれた目覚ましがベルを叩くことがままならずに身悶えしていた。そこへ手を突っ込んで目覚ましをなだめてから、ローレルはもぞもぞと動き出す。


 良くも悪くも色んな感情がブレンドされた経験したことの無い味をまったく飲み込むことが出来ず、今の今までずっと口の中に残ったままなのだった。


 ベッドに入ってからはこれまでに見聞きしてきた数少ない魔女の話を片っぱしから思い出してみたが、どれをとっても謎めいているし良くない話ばかりなのだから始末が悪い。


「仕方ない……!」


 とは言え、幾らかの好奇心と正体の分からない期待と、そして何より、置いてきてしまった何かを回収するためには、やはりあの店に戻らねばなるまい。


 ローレルはそれを理由として、再びメイポールに向かうのだった。






 短い道すがら色んな想像で推理力を働かせても出てくる答えは数限りない。そして何だか好ましくもない。でも何だかフレヤには根拠のない期待と信頼を持ってしまう。不思議とローレルの足取りは軽かった。


「ふう…」


 メイポールの裏に回ってみるとすぐ目の前には2階に上がる階段があり、その横の小道の先には柵で囲われた結構広い庭があるようだ。小振りな家なら2軒くらいは建てられそうな広さがある。


(へえ…こんなに大きな敷地なんだ……)


 さて、庭を覗きながら階段を登って行き、緊張気味な心とは裏腹にローレルの手はためらうこともなくすりガラスの重そうな格子のドアをノックした。ノックをしてから手を止めて、そのギャップにローレル自身が驚くほどである。


「何を自然に…?んむう…何だか自分に自信が無くなってきた……」


 と、軽く落ち込んだ途端にすかさずドアが開かれた。


「!」


「いらっしゃい!」


「こ…」


「ようこそ、魔女の館へ……」


 ローレルの顔を見るなりフレヤはにやりと妖しく笑う。


「!!、こ、こんばんわ……」


「取り敢えず入って」


(とりあえず?ふむ……横のベンチの前にはルームシューズらしき靴が置かれていて本人はショートブーツ。それに時期的には厚めなセーターを着ているし、首にはショール?)


 ゆっくりと魔女の住処すみかに足を踏み入れながらいつもの観察癖を見回すついでに発揮していた。


(ふむふむ…出ている部屋靴はサイズ違いがもうひとつ。他にも2人分の部屋靴がホコリをかぶらないように立て掛けてある。複数人の生活感はあるけれど他には人の気配も無いし……)


「はいそこ!人の家を見てあれこれ詮索しない」


「はっ?はい…!」


 僅か2秒で感づいたフレヤに釘を刺された。


「と、ところで、もしかしてどこかにお出かけするのかな……?」


「ええ、その通り……とは言え、服装のことは言い忘れていたわね?ゴメンね、ちょっと待っていて」


 そう言うとフレヤは奥へと早足で消えた。ローレルの耳には彼女の足が階段を踏んで3階へと上っていくのが分かる。


(こんな時間に出かけるなんて一体どこへ?あの服装からすると涼しそうなところへ…て、海?それとも、まさかねえ……)


 そして戻ってきたフレヤの手には追加のセーターやらが握られていた。


「ちょっと大きいだろうけれどコレ着て」


 持ってきたセーターはやはりローレルに手渡された。ちなみにフレヤの身長は177センチ、ローレルは168センチである。


 とにかく言われるがまま、受け取ったセーターに頭を突っ込んだ。


「それじゃ、行こっか?」


「ええと、だからどちらへ……?」


「すぐに分かるわよ」


 ローレルはくるりと回されると外へとうながされた。そしてその隙を逃さずにドアの内側の格子から一本の棒を外す。『クヴァスト』である。


 ローレルを押し出したフレヤはササッと辺りを見回すと、ローレルにそのクヴァストを差し出した。


「ちょっとコレ、持っててくれる?」


「はい?え…これは?棒……え?これってまさかっ?!」


 フレヤは何も言わずに持っていたショールを端を残してローレルの顔にぐるぐると巻き始めた。


「もが……プ、フレヤさ…コレ……?」


「苦しくない?」


 そして緩く首の後ろで結ぶとその結び目を着せたセーターの中に突っ込む。


「っ!…」


「まあ、今日はこんなもので大丈夫でしょ」


 そして実は、ワザと自分のクヴァストを彼女に持たせてその反応を注意深くうかがっていたのだった。


「この流れって……まさかフレヤさん……?」


「んんー?」


 戸惑うローレルを見て楽しんでいるのか、フレヤは機嫌良く自分の顔をショールで巻いて隠した。そして次にポケットを探って取り出したのは、小指程の太さの紐……


「ひっ!ロープ…っ?!」


 当然これにはローレルがおののいた。


「大丈夫…首を絞めたり縛った…り……は、少しだけ?」


「縛るのっ!?」


「だから大丈夫だってば、これは言ってみれば『命綱』なんだから」


 そう言いながらもローレルの腰あたりにそそくさとロープを巻きつけて、更に逆側は持たせている棒の真ん中にキツく縛っている。さすがにローレルもこれには背筋が伸びて硬直した。


「ま…まってまって待ってって!これってナニっ?飛ぶんですかっ?飛んだうえに私はぶら下げられて何処かに運ばれるのかなっ?!」


 ローレルが狼狽ろうばいするのも当然である。しかしフレヤは不思議そうな顔をしてローレルを見る。


「まさか、なんで?」


「なんっ…でって、私は飛べないしこんなモノには乗れないしっ、だから……」


「だいいち、こんな細いロープでぶら下げられるワケないじゃない。まあ心配しないで、私に任せて?あ、でも、まさか高所恐怖症じゃ無いわよね?」


「やっぱり飛ぶんだっ!ムリムリっ、別に高い所は苦手じゃ無いけれど…っ」


 ローレルはクヴァストを握りしめて必死で首を振った。


「はい、それ返して。とにかく私を信用してくれない?」


「い……」


 一度体を引いてから渋々自分に繋がれたクヴァストを差し出すと、フレヤは端を持ってローレルの腰の高さで水平にした。


「じゃあ、ソッチの端に腰掛けてみて……」


「はい?こんな細い、棒に……?」


「大丈夫、ベンチだとでも思って」


「ええ……?」


 魔法の絨毯じゅうたんのように浮いているわけでも無く、端をフレヤが片手で握っているだけ……仕方なくローレルは意味も無く反対の端を握って、恐る恐る腰を掛けようとした。すると彼女のお尻が棒に触れようとする直前に信じられない体験をする。


「えっ!?、自分の重さが……?ううん違う!何か抵抗が……何かに支えられてる?!」


 ふうわりと何かにお尻が収まり下から押し上げられるような不思議な感覚……ソレに身体を預ける不安も無くローレルは足をデッキからゆっくりと離した。


「浮いて、る……??『棒』にも…どこにも体重が掛かっていないのに……???いったい……」


 まさに驚天動地きょうてんどうちの大事件!科学者ローレルにとってこの現象と事実は初めて経験する理解不能の出来事になる。そんな顔を見てフレヤはニヤニヤと楽しそうに笑っていた。

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