第59話 オキテ破りのデート 1

「フレヤさん!」


「っ!?、な、ナニ?」


「私に物言いをつけるのは解るけどセアラさんに当たるのはただの八つ当たりですよ?」


「ちょ…ちょっと、大袈裟じゃない……?」


「いいえ、姉妹のような気の置けない間柄なら尚のこと、イヤな感情をぶつけるのは相手に気を許して信頼していても良くない愛情表現じゃないかな?もしかしたら妹をほんの少し傷つけてしまうかも…フレヤさんはそれで良いんですか?大切な家族でとても良い子だと、ついさっき誇らしく自慢してくれたじゃないですか?」


「ちょっと…っ」


 照れくさそうに自分を気にするフレヤを見て、セアラは嬉しそうに驚いている。


「フレヤさん…」


「もう…厄介なヒトね…」」


 そしてにこりとローレルは微笑んで、


「ごめんなさい、他人が口を挟むような事ではないですし、きっといつもこんな感じでにぎやかで、たぶん後でフレヤさんが謝るんだろうなーとは思いますけど…」


「な…!」


「ぷ…くすくす……」


 見透かされて焦るフレヤの横でセアラがクスクスと笑っている。


「ローレルさんはなんというか……良いお母さんになりそうですねえ?」


「そうかな…?どうかな……好きなことばかりやっていたらもう26だし、すっかり行き遅れちゃった……」


「あら、私だって26歳よ!行き遅れの……」


 眉を曲げてフレヤが言うと、セアラがクスリと笑った。


「こんな美人2人が行き遅れてなげいているなんてねー、まあ才女には男も気後れして近寄りがたいと……たしかに弱々しくて少しはポンコツの方がモテるのかなー?悪く言えばねー」


「嘆いてないわよ!」

「嘆いてません!」


「ありゃりゃ…!?」


 才女ふたりに否決された。しかしこの時代、26歳と言えばいささか…行き遅れではある。


「ゴメンねセアラ、たしかに八つ当たりだった…」


「ううん、ちゃあんと私もためずにやり返すから…っ!」


 と、こぶしを握って見せた。


「そう…でも、公私は分けるつもりでいたけれど…私らしく無かったかもね。やめるべきなのはソッチの方ね。仕事中も昔みたいにやりましょう、『オーナー』はヤメよ!」


 セアラはまた驚いてフレヤを見つめてからニッコリと笑うローレルに気がついた。それからヘラっと子供っぽく顔をくずして言う。


「その方がワタシも嬉しい……でもすっかりクセになっちゃったからすぐには直らないかもしれませんけど…」


「そう……」


 普段なら自然と無かった事にしていたちょっとしたバッドコミュニケーションが、特にセアラにはひとつのイベント、思い出になった。


「んー、やっぱり…ローレルさんは良い人ですねえ?『厄介』だけど……」


「?!、まあ2人がね、大切に思い合っているのだから何も心配は要らないのだけど……それにしても『厄介』とは心外だなあ」


「だって、性格良いでしょう、美人でしょう、アタマは特に良いでしょう、おまけにコミュニケーション能力もかなりでしょう、これは厄介でしょう?」


 ローレルは眉をたがい違いにして目を細めた。


「おや?それは…さっきの『いき遅れ』の話の続きかな?」


 するとフレヤもワザとらしく目をしかめる。


「あら、そうなの?」


「ええー?どう褒めても褒め損にしかならないじゃないですかあ、それじゃあ…」


「大丈夫よ、私達は褒められて気分が良いから、ねえ?」


「ふふ…」


 フレヤがウインクするとローレルはクスリと笑った。するとセアラはお手上げとばかりに…


「ああもう、やっぱりこのふたりは手に負えません!後は2人だけでドーゾ…」


 そう言ってレジの番をするために離れて行った。


 離れて行くセアラを見送りながらローレルは言葉を噛むように言う。


「わたしは、少佐の横に並んで一緒に飛ぼうなんて、思いもしなかった……いつだったかな、スピットファイアが複座…2人乗りだったら良かったのになんて思ってた……」


「べつに…それで個人ひとの何が分かるわけでも無し、何が良いわけでも無し、私は自分が飛べるからそう言っただけよ。何が正しかったのか、なんて、死ぬ間際に考えて後悔すればいいのよ」


 ローレルは静かにため息を吐いて減らないビールをあおった。


「はあ……後悔が先に出来たら後悔とは言わないですよねえ」


 そんな天才のセリフをフレヤは笑う。


「ふふふふ、あなたに以前した質問を覚えている?」


「?」


「『力』の使い方について、あなたは思考実験なんて言っていたけど」


 『思考実験』…そのワードを聞いた瞬間にフレヤの一言一句を思い出す。


「ええ、もちろん、哲学的なお話でしたね。あれは有名な話なんですか?」


 全てを知る人間なんているはずがない。それは分かっていてもローレルに知識を求められることが意外に思えた。


「どうやら、哲学や神話には詳しくないのね?そう、ちょっとあなたの弱点を見つけた気分。あれは結構有名な話でね、プラトンが書いた『国家』、もしくは逸話集でもあれば、すぐに見つけられると思うわよ?ふふ…」


 フレヤは悪戯好きなピクシーの様に笑った。


「プラトンですか?ふうむ、図書館か…あの本屋さんに行けばあるかな?」


「本屋?ワードリミテッド?」


「え、ええ。随分と古そうな本屋さんですよね、沢山の古本も扱っているし」


「そりゃあそうよ、この街であの本屋よりも古い商店は数えるくらいしかないもの。でもあの店の古本で『国家』を探したら幾ら取られるか分からないわよ?新刊で探すか、図書館にお行きなさいな?」


「たしかにねえ……でも、なんでまたあの話を?」


 とぼけているようでも無い様子のローレルに心の中で少し呆れていた。


「あなたは特別な『力』を持っていたらその誘惑には勝てずに…そして『幸せ』になると言ったでしょう?そしてあの話のように…あなたは特別な力を持っている」


「そんな『力』なんて私には……」


「いいえ、これはありきたりな強制や脅迫なんて安っぽいモノじゃない。あなたは人に『景色の良い道』を目の前にひらいて見せて、相手を気持ち良くその道へ導くことができる。そんな誘惑に勝てる人間なんてまずいないでしょうね。そしておそらくは、相手が誰でどんな状況であっても、時間さえあれば思う方向へ向かわせることが出来るハズ。さっきもそう、こんな言葉は良くないけれど、あなたは人をコントロール出来るほど頭が良いのに、そして『誘惑』には勝てないと言っていたのに、その『力』を彼に使おうとは思わないのね?」


「!!」


「それにこの私にも……あなたが私に不安や疑念を抱いているのはよく分かるわ」


 ローレルはグラスを握っていた手に力を込めた。


「そんなことしたって……彼も私も幸せにはなれないもの……」


 そして、切なそうに答えた。


(やっぱり、自分が出来ることを自覚はしているのね)


 しかし、驚くほど理性的な言葉にフレヤは違和感を感じる。それが彼女ゆえのものなのかは、フレヤが持つ魔女の『力』をもってしても計りきれない。


「そう、でも、待っているだけじゃあ、『今』の彼は間違いなく女に触れようとはしないのじゃない?」


「!、ええ……だから言葉だけでもいいんです。言葉だけで私はあの人を信じることが出来るんです。それに私は、本当の想いは理屈なんかで抑えられるものじゃ無いと…信じているから」


 静かで強く、ローレルは語った。それでもやはり、フレヤの違和感は拭えなかった。


(ふうん……でもね…そのセリフは誰に対して?誰のために言ったのかしら?)


 フレヤは表情を変えず少し考えると、


「ウチの家訓をひとつ教えましょうか?」


 妙なことを言い始めた。


「家訓…ですか?」


「ええ、『人を見ることより自分を見なさい』それから、『人は人らしくあろうと努力するよりも自分を磨くべきだ』」


(2つ…じゃないかな?)


 しかし取り敢えず黙って受け止める。とは言え、当てこするようなフレヤの『家訓』を聞かされて釈然としない顔をした。


「あら?なんか引き気味?」


「い?いえっ、でも何か、遠回しなアドバイスですか?」


「そうかもね。この無意識過剰とも言える家訓はね、『私達』が私達の持つ『力』に負けないように、そして『心の目』がくらまないようにと教えられた家訓よ」


「心の目…?」


 フレヤは薄く閉じて過去を見るような目をして言う。


「どんな『力』も強くなるほどまぶしく輝いて、その先に見えるはずのモノを隠してしまう…見ていたはずの景色は妄想とも言える想像でしかなくて、そうとは気がつかずに深い霧の中に迷いこんでしまう。そして何も出来なくなって気がつけば、後戻り出来ない絶望の地に立っていた……まあ、そんな魔女がたくさんいたって話なんだけれどね?」


「それは……私には何か見えていないモノがあるということ?」


 ローレルは反感を抱くこともなく聞き返してくる。


「素直ね……今だに知的好奇心は衰えず?本当に恐ろしい……」


「恐ろしい?私が……?」


(ええ、恐ろしい。でもね……)


 ふとうれいを見せたフレヤはすぐにローレルに微笑んだ。


「ねえ、今夜ちょっと、私に付き合わない?」


「はい?こ、今夜?って……」


「そうねえ…1時に裏の階段を登って2階のドアをノックしてくれる?」


「1時っ?25時っ、ですか?」


 よい子のローレルは基本、早寝早起きである。


「面白い言い方するわね、そうよ、25時」


「深夜1時、うう…ん……でも一体何を……?」


 魔女から深夜のお誘いを受ければ不安でしかない。


「私とデートよ!決まっているじゃない」


「デート?!」


 するとフレヤは小悪魔っぽい顔をして笑った。


「そ、デート。今夜、私とデートすればあなたの欲求不満も少しは晴れるかもよ?」


「よっ…?!欲求不満……て…」


 ちょっと引いて上目使いにフレヤを見る。


「あら、可愛い…まあ、無理強いはしないけれど、是非いらっしゃいな、私の家に……ふふ」


 ワザと含んだような言い方をして楽しんでいる。そうは思っても好奇心の強いローレルはこの魔女からの誘惑には勝てそうになかった。


「んん…ええ…と」


「くす…待っているわね」


 迷っていた言葉とは裏腹にローレルのクビは小さくうなずいていた。

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