第52話 魔女と探偵ローレル 1

a、ahおいおい…途端にきな臭くなったな。十字軍が出てくる小説ならフィクションがそのへんの棚にも何冊かあるが、そういうものが欲しいワケでは無さそうだな?」


「そうですね。リアルな記録のたぐい、あるいは手記といったモノですね」


「そんな古文書がこんなところにあると思うかね?どうしてもと言うならヴァチカンに行きたまえよ?まったく…何故そんな仕事を受けたのかは知らないがウチは関わりたくもないよ」


「そうですか……そうですよね、この店ならもしかしてと思いましたが、普通はそうでしょうね?大概の古書商こしょしょうは避けて通る物件ですから」


 そういった希少文献は何らかの経緯で世に出ても発見されれば教会に寄贈されるものである。当然そういった文献を商売目的に売買する事はタブー視されている。


「随分と危うい案件に関わっているなキミは、まあ、あまり深入りしないことだよ?」


「ええ、コッチも見つかるとは思っていませんがね。でも、もし見つけることが出来れば結構なボーナスになるんですよ。どうせ俺みたいな調達屋は罪も恥も一緒くたでね、所詮はかき捨てですよ……」


 店の奥の密談にローレルは耳をアンテナの様に向けて感度を調整するために動いている。


(十字軍、騎士修道会……て、よく知らないなあ?依頼者は教会?例えば戦争で消失することを防ぐため…でもその可能性は低いよね……他にはただの好事家、収集家、でもこんなタイミングを図る理由が分からない……戦争が関わっているのなら戦争で儲けた人、でもやっぱりこんなに焦る必要なんて…あとは十字軍が関わる秘密が知りたいとか、更には何かを知ることで何らかの利益が……)


 天才ローレルの弱点がここで露呈ろていする。化学、数学、工学、物理学その他少しでも機械に関わる分野には博士号に匹敵するかそれ以上の知識と理解力を発揮するが、他の分野では人並みより少し上といったところ、それ故に推理力にも大きな差が出るのである。


 ローレルよりも探偵に向いているのは間違いなくこのソフィアである。彼女は戸惑いながらローレルの様子を見つめていた。


(ええと…すごく怪しい……でも、強い好奇心と疑心暗鬼?それにスゴイ集中力。何だろうこのヒト……学生という歳には見えないからただの趣味じゃ無いなら大学院とか研究員とか、もしくはエンジニア……)


 怪しいローレルはあからさまに古書のコーナーを気にしながら神経を集中してジリジリとカウンターに寄って来る。背中から迫って来るローレルにソフィアもたまらず、


「あのう……」


「はっ!!、はへっっ!?」


 と、完全に意識の圏外から声をかけられてローレルの背筋が伸びた。


「もしかして古書に興味がありますか?お、奥も自由に見てもらってかまいませんよ?」


「い…いえいえっいいんですよ、ちょっと考え事をしてて…あははは……」


「考え事……?」


 取り敢えずつくろっても上手くは整わないモノだが、ましてや相手は魔女である。しかもその時、一区切りついたように声を張った男の声がカウンターにまで届いた。


「いやあ、せめて噂話でもあればと思ったのですが…」


 すると当然目の前の怪しい女の注意がそちらに向いた。


(あ…さっきと一緒……まさか……?)


 ソフィアはそれこそ耳打ちしても聞こえないようなか細い声で囁いてみる。


「いったい何を話しているんでしょうね?」


「ねえー?って……あれ…………?」


「…………」


 ソフィアはニコリと微笑んだ。






「いやあ、こんなに早くバレたのは初めてだよー、まあ、我ながら怪しかったと思うけれど」


 不審者振りはなかなかのものだったが、ソフィアが相手では尚更のこと取り繕っても無駄なことである。


「本当に聞こえていたんですか?」


「ん?ま、まあね…かなりハッキリと……」


(ふうん……同族?じゃないよね……?)


「ローレル・ライランズといいます、エンジニアをやってます」


「は?はい……」


 笑顔で不意に出された右手に戸惑いながら握手をした。ローレルも少し照れくさそうに言う。


「なんかね、隠している特技でも無いけれど知られると何だか、名乗りたくなっちゃって……」


「はあ……あ、ソフィア…ソフィア・マルケイヒーといいます」


「ご丁寧にありがとう。ソフィアちゃんは学校がお休みなのにお店のお手伝いですか?」


「え?」


 慣れているソフィアはこんな事では今更気持ちを波立たせることも無いが、ローレルはおそらく高等学校の学生だと勘違いをしている。しかし幼く見られて腹を立てるような少女でも無いし、女としてはむしろ喜ばしいことだと思うようにした。


「あの…私は22歳です。一応……」


「え………………?」


「…………?」


 ローレルはじっくりと穴が開くほどソフィアを見つめてからしみじみと研究対象を観察するような目をした。


「わっかーい!どうして…?家系?ふうむ、なんて若々しい肌……何か特別な食生活とか習慣とかっ??」


「は?え…?な、なにも…べつに何もしてません、けど……?」


「ふうむ、じゃあ家系かなー。あっ!ゴメンねー、歳を間違えたのはソフィアちゃんが…いや、ソフィアさんがあまりに可愛いらしかったからじゃなくて、お肌や髪が15歳くらいだったから……見た目とは言っても私は身体からだの年齢的な特徴を見ちゃうクセがあって……」


「ね、年齢的……?」


 あまりに客観的すぎて受け止め方も分からないソフィアだが、これも科学者であり医者の家庭に育ったローレル的視点であった。


「んー?そういえば……」


「な?何ですか?」


「ああ、年齢の話とは関係無いのだけど、私の知っている人に何というか…雰囲気が似ているような……」


「知ってる、ひと……?」


「うん…飛行場の側のパブのバーテンさん。いえ、顔とか姿とか物腰とかじゃ無いのだけど、ううむ…まさしく雰囲気?空気感…?」


(フ、フレヤさんだ!でも…でもまさかセアラちゃん??)


 フレヤだったら嬉しいなあ、と、ソフィアはちょっと顔が熱くなるが、すぐに現実逃避から戻ってくる。


(感の良い人なのかな?気づかれないようにしないと……)


 そして気を引き締めると少し緊張してきて膝の上のこぶしを握った。

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