第53話 魔女と探偵ローレル 2
ソフィアの緊張が増したところで店の奥へとローレルの気が逸れる。すると間を置いてから男が戻ってきた。
「それじゃあまた来るよ、ソフィアちゃん?」
ソフィアは挨拶して去って行く男に会釈しながらローレルのホンモノの地獄耳に驚いてうつむいたまま考えた。
(ほ、ホントに聞こえてたんだ。ドキドキしていたら心臓の音まで聞かれちゃうのかな……?)
しかしそんなソフィアの心配は取り越し苦労だった。
「ああいうヒトって初めて見た」
「え?」
「ん?ああ、人から頼まれて本を探す仕事をしている人なんて、滅多にいないでしょう?あれも探偵…で
「ああ…そう、ですね。同じ本の仕事でも、わたしはこうしてジッと座り続けて……」
「ん?ソフィアさんはやっぱりこのお店の子?」
「は?はい」
「だよね、さっき隣に座っていたのはお母さんでしょ?よく似ていたもの」
「はい、そうです……」
可愛い首をかしげるソフィアにローレルはたじろぎながら言った。
「うわっ可愛すぎる!上目使いに小首をかしげられるともう……じゃなくて、ソフィアさんもそっちの古書商の仕事を覚えればいずれあなたも、イギリス中を商談で回ったり外国へ本を探しに行ったりするかもしれないわよね?」
「あ…はい……」
その為に、今は必要の無い外国語や使われていない古い言葉を学んでいる。そして母もそれを望んでいる。
「でも、わたしは知らない人と話すのが苦手で……」
「そんなの大した問題じゃないですよ?コミュニケーション能力はあった方が良いけれど、大事なのは相手の目を見ること!そして自分の思いを念じるの。そうすれば軽く見られないし言葉なんてたいして必要じゃないから、ね」
「念じる……」
「あ、偉そうにゴメンなさい。なんかつい助けてあげたくなっちゃう……ふうむ、恐ろしい武器だわ!ソフィアさんが身内じゃなくて良かった、きっと甘えて欲しくて何でも言うことを聞いちゃいそう」
「え?ええ……?」
軽く身もだえしている横で、ソフィアは顔を赤くしてうつむいた。
「それにしてもさっきの探偵さん、名前も顔立ちもスペイン系だけど全く
(こ、このヒト……)
「どう思う?あの人は十字軍の資料を探しに来たの、フィクション小説じゃなく。それも戦時中の今だから必要な口振りでね?その理由が思いつかなくて……」
「……」
異常だ……ただすれ違っただけの相手にそんな観察をしている人間がいるだろうか?彼女は隣で男が母と話している時に一度も男を見ていなかった。だとすれば店に入ってすぐ、男に追い抜かれて
「じ、十字軍ですか?そんな記録や関連物が一般に出まわるなんてまず無いです。あるとすれば教会やヴァチカンです」
「うん、奥の店員さんも同じことを言ってた。もしかしてお父さんかな?」
「は、はい…そうです」
「やっぱり、声質が40歳前後っていう感じだったから……まあ、私は歴史とか宗教にはうとくて…ただ謎解きは好きだから気になっちゃって、あははは……」
「十字軍は10世紀も前から活動をしていて歴史が古いし…当然戦争を背景にしていますから謎も多いんです」
「そうなんだ?なるほど……」
「だから出回っている関連書籍は一般の研究家の研究結果や小説家のフィクション物で、謎が多い事も手伝って中にはオカルトめいたモノまでありますよ?」
本の事となれば流石に英才教育を受けている専門家、普段のソフィアからは想像できないほど
「オカルト……そうかオカルトか!全然思いつかなかった、サスガ本のプロ!」
「オカルトが…ですか?」
「そう、それなら納得!今は世界が
「聖骸布や聖槍、聖杯とか…ですか?」
「!、そうそう、そうなの?それらは知っているけれど何か特別な力を秘めていると思われているとか……?」
「う、ううーん……」
ソフィアはまた首をかしげた。
「他にも…釘とか、聖人の血とか、聖人の骨とかもあります。でも…どうでしょうか……?」
「ううむ……ま、まあ、そうよね?でも、狂信的な人がいる事も事実だし……」
「それに…私は、神様だったらそんな争いの元になるような奇跡の力を遺物に残すなんて……無いと思います」
「はい、まったくの正論です。依頼者はやっぱり不健全な信者ですね」
腕を組んでうなずいているローレルと苦笑していたソフィアの元にオリアナが戻って来る。
「カウンターで話し込むなんて珍しいのね?お友達……?」
母のオリアナはソフィアとよく似ているがやはり大人の美人である。穏やかな雰囲気とソフィアに
そして口では説明できない独特な共通するオーラのようなものがある。例えばローレルが見知っている中では……兵士、教職者、警察官、政治家、役者、聖職者、技術者……しかしどれも違う。
もしも無理矢理に近い雰囲気を持つ人をあてがうならば…『貴族』。誇るものが血筋だけの鼻持ちならない貴族では無い。筋を通す気骨と一族の誇りと矜持を生き様としている
「ふむ、でもソフィアよりも少しお姉さんかしら?」
「はい、ローレル・ライランズ、26歳です。ソフィアさんとはお会いしたばかりですが、秘密を知られてしまったのでお友達になるべくただ今交渉中です」
「秘密……?」
「はい、あとでお嬢さんに聞くかもしれませんが出来れば御内密に……それからはしたない事をしたことをお詫びします」
そう言ってローレルは顔を伏せて見せた。要領を得ない母を見てソフィアは簡単に話をまとめて耳打ちした。
「まあっ!驚いたわね……」
「お恥ずかしい…」
「そう、たしかに盗み聞きは褒められることでは無いですね。けれど耳に限らず、それぞれの能力の違いは罪ではないし、それぞれの個性といえるモノ。耳に入ってしまったのなら仕方のない事ね、それでも一応…あなたの謝罪は受け取りました。それにしてもアナタ、面白いお嬢さんね?」
「い!いやー、恐れ入ります……」
「秀でた能力は鋭い
「い…いやー……生まれつきですし、耳が良いなんて、そんな大袈裟なモノでは……」
「そうかしら?……そうね、あなたはその能力に振り回されることも無く上手に付き合って生きてきたようだからその分だけ、他の人より心も強く、多くを考えて何倍も濃い経験をしてきたようね?」
「い?いやー、困ったな……」
見る、匂う、味わう、触れる、聞こえる、もたらされる五感の情報の中で最も厄介なのはやはり『聞こえてしまう』ことだろう。良い事も悪い事も、耳はより分けてくれるワケも無く全てを平等に受け入れる。幼いローレルはその正体に好奇心を抱き、物心がついてからはその意味も理由も理解しようとした。
それとなく言ってしまった『生まれつき』という言葉だけで、初めの我慢とこれ迄の苦悩が理解できた。
「誰かの助けが無ければ今の成長は無かった筈ね?あなたは運にも恵まれている」
それは紛れもなく両親だった。お前の耳は欠点でも障害でも無いと幼い彼女に丁寧にかみ砕いて教えてくれた医者の父、これは素晴らしい神からの贈りものなのだと言ってくれた。そして聞こえてしまう心無い言葉や人の悪意に優しく折り合いを着けさせてくれたのは母だった。決して妥協せず、誰もおとしめる事も無く。
「はい、父と母のおかげです。何か…急に会いたくなっちゃった……」
「そう…あなたを見ればご両親が素晴らしい方だということが想像出来るわね」
「!……はい、ありがとうございます……」
「ふふ……あなたならこの子の良い友達になってくれそうね?」
「きょ、恐縮です……」
ぞんざいには出来ない微笑みに気圧されながら店は見かけに寄らないと、ただ今ローレルは実感している。もっと素朴な街だろうと思って訪れた片田舎で、予測できなかったひとかどの人物との出会い、しかもフラリと訪れた古い本屋で…
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