第33話 ビールは売り切れ

 そして舞台はエラのマーティンソン家に戻ってディナーの席、ボリュームたっぷりの仕事を終えた後は家族全員でテーブルを囲み、しっかりと食べるのがこの家の習慣であった。


 まずは祖母のセルマ、曽祖母と共に会社の基盤を築き上げたエラにとっては優しく尊敬する人物であり、『タレイヤ』は強く高潔であれ、と、系譜の家訓を教えてきた。まあ、エラにはまだ荷が重いようだが。次いで父のグレイアム、会社の金銭面を切り盛りし取締役として目を光らせている。そして母のアメリー、会社の顔として全ての商談を管理し、魔女の慧眼とも言える力を上手く使いながら取引相手と交渉し、見事な舵取りをして経営を支えている。要するにアメリー無しでは今の会社は成り立たず、実質的な経営者はやはり母のアメリーだった。更に家族はもうひとり、エラにはハイスクールに通う弟、フレデリックがいた。


 そう、実は魔女には不可思議な『生態』と言えるものがあるが、男児を産まないということは無いのだ。それはフレヤがアトキンズに言っていた通りである。


「どうしたのエラ、何か心配ごとでもあるようだけど?」


 家族団欒かぞくだんらんの中で『ちらつく』わずかな変化も祖母は見逃さない。


「え?いえその…心配ごと、では無いのですが……実は今日、ポルトガルから帰港した船がウチの隣に留まっていたのですが……その船から妙な男が降りてきて目に止まったものですから……」


「妙なおとこ?」


 魔女としての『力』を持つエラが言うのであれば普通の人間とはその『目』の確かさが違う。セルマとアメリーは目を見合わせると、すぐにアメリーが聞き返してくる。


「妙…て、どんなふうに?」


「それは…振る舞いに変なトコロは無く、ワザと堂々としているように見えるほどでしたが……その割にはヤケに不安を『発して』いて、兵士に検閲を受けている時には恐れまで抱いていましたわ。まあ、相手は銃を持っている兵隊だから、誰でも不安や恐れを感じても不思議ではないのだけど、それにしても……」


「故意に不安を隠して平気な顔を見せていた?」


「そう…そうだわ、顔と内面のそのギャップが不自然で……」


 すると再び2人は顔を見合わせた。


「ふむ、それはどこの船?」


「え?ああ、あれはUKラインズでした」


「ふうん、貨物船ならその男は船員だろうしね……」


 アメリーは少し考えて何かを含むように微笑んだ。


「なんです、お母さま?」


「ん?ううん、何でも無いわ、あなたから男の話しが出たものだから変な勘違いをするところだったわ、ふふ…」


「っな…そんなワケ無いですっ、今はこの戦争を乗り切らなければいけない時っ、いつも仕事に集中していますっ!」


「もう…それは良いけれど、少しくらいはそんな話しがあっても……戦争が終わっていき遅れていた事に気がつくなんて事になったら…恋に世情は関係ありませんよ?ねえ、アナタ?」


 グレイアム、父は急にそんなパスを出されてもちろん慌てた。


「そ、そうだな……寂しいことだがエラもそんな年頃か……しかしあくまで良い縁があればなのだが、まあ、君たちは色々と難しいからなあ…」


「まあっ!それはどういう意味かしら?魔女をめとるモノ好きなんてそうはいないと恩でも売るつもりかしら?それともまさか、私たちの人間性が目も当てられないものだとでも…?」


 母はすねたように、そしてワザと高圧的にごとを並べ立てる。しかし父も慣れたもので…


「そうだな、気が強くて勝ち気で高圧的で……」


「アナタ…どれも同じようなことをおっしゃっていませんか?」


「はは、そうか?でも『タレイヤ』は強いのだろう?そして気高く、慈悲深く、優しくは無いが想いが深い…なんとも良い女なのにな?」


「まあ…昔から口だけは達者ね……?うふふふ…」


 このやり取りが始まると我が親の事ながら『ああ、また始まった』と、エラはムズムズとくすぐったくなった。


「あの…おかあさま?先ほどの話しはもういいの……?」


「ああ、おほほほ…そんな男放っておきなさいっ。それよりアナタも早く良い伴侶に出逢えると良いのだけれど?」


「そ…そうね……」


 マーティンソン家は今日も平和である。






 メイポールには夕方頃から客が嵐の様に押し寄せて50席ある椅子も全てが埋まり、スタンディングの客で隙間が埋まるほどに賑わった。立ち飲みはパブではよく見る光景とはいえ、最近の不景気にすっかり慣れて甘やかされていたフレヤとセアラは、大波に驚いている内に巻き込まれてされるがままに揉みくちゃにされた様に肉体よりは精神的なダメージを受けた。


「いったい…何だったの?ウチのそばでオペラでもやっていたワケ……?」


 フレヤは少しやつれた様子でカウンターに手をついていた。


「いやあーものの30分で満席でしたからねー、いえ毎日こんなだったら構わないんですけどね、急に来られるともう……」


「そうね、でも混むのは構わないのよ、混むのは……」


「でしたねー、今日に限ってカウンターにはフレヤさんのファンの子達が張り付いてましたからねー。レジと接客の応酬は地獄のローテーションですよねー?」


「アナタも随分とからまれていたわね?」


「絡むなんてそんなタチの悪いものじゃ無いですけど、お客さんもあれですよねー、人が多いとテンションも上がるんですよねー。ついつい話しかけたくなるみたいでー?」


 この日のビッグウェーブは引き波も早く、まだ8時前なのに店内に客は残っていなかった。


「結局ソフィアも逃げる様に帰るハメになったし……」


「ですねー、でも明日のディナーがあるからご機嫌で帰りましたよ?私も楽しみー。今日はもう、このまま第二波が来ないと良いなー……」


「!、セアラっ余計なフラグを立てていないですぐに店閉めてっ!」


「っ!!、ラジャっ!」


 テーブルに伏せっていたセアラは跳ね起きると店の扉に向かって走り出した。その間にフレヤが適当な紙に走り書きしたのは……『ビールが切れた』である。

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