第3話 エースパイロット 1

 インテリジェンスを感じるキュートなライランズ女史にこれから現れる義勇軍の英雄、この魅力的なイベントにしばらくパニックになっている横で考え込んでいたジェリー・ラングショー少尉が何かを閃いた。


「あの、ローレルさんっ……あっ、ローレルさんと呼んでも構いませんか?」


「え?ああ…はい」


「あの、ローレルさんはアトキンズ少佐とはお知り合いなんですよね?」


「え、ええ、まあ…そこそこには……?」


 アトキンズとの関係を聞かれて顔を赤らめたローレルを見て、それに気づいた者は『おや』っと首をかしげた。


「それじゃあこれから滑走路へ行って、皆で少佐を出迎えてから…我々に彼を紹介してくれませんか?さすがにちょっと…気安くは声を掛けづらいので……」


「ああ…ええ、構いませんよ……私も今日中に挨拶しておこうと思っていましたから」


 ローレルはにっこりと微笑んでそう答えた。


「おっし…あ、いや……それじゃあ滑走路をご案内します、とは言っても目の前ですが……」


 皆がラングショーのファインプレーを心の中では讃えながらも、まだ思春期継続中のクリオーネやアルドリッジなどは先を越されて内心穏やかでは無い。


 しかしいざ彼女のご機嫌を取ろうとしても、知的レベルの高そうな女性を喜ばせる話題が彼らの引き出しには無かった。となるとやはり共通の話題といえば飛行機だと、歩きながらアルドリッジは思いつく。


「あの、ミス・ライランズ……スーパーマリン社を選んだってことは、やっぱり飛行機が好きなんスね?」


「ええ、すごくっ!元々は内燃機関、エンジンそのものが好きだったんですけど…飛行機は凄く夢のある乗り物だと思うんです。今は……戦闘機を作っているけど、いつか人をたくさん乗せて世界中を飛ぶような、そんな飛行機を作るのが夢です」


「はあー旅客機か……いいっスね、俺もそんな飛行機を操縦してみたいです。いつかはこの戦争も終わるだろうし…飛行機を降りるつもりは無いし……」


「良いと思いますよ。これから航空業界はどんどん伸びていくと思います、戦争が終わったら航空会社も増えるんじゃないかな……?」


 飛行機に乗せた自分の夢を語るローレルの表情はすごく魅力的でとても好感の持てる女性だった。そして無邪気な笑顔がよく似合って歳上なのにとても可愛らしい……


(うわ?かわいっっ…なんかスゴく良いヒトだし……っ)


 まだまだ青臭い男子ならすぐにのぼせ上がってしまいそうである、萌えまくりである。


 しかし彼女の後ろに控える保護者が怖い!ローレルは政府公認で派遣され、おそらくはここの司令官である中隊長の上級大佐殿をはじめとする指揮部の庇護下ひごかである彼女は、彼等にとっては仰ぎ見るお城のたっかいバルコニーにたたずむお姫様くらいに思えた。


(いやー)

(これは……)

(ふうむ…………)


 神妙に頭を抱える彼等を見まわしてローレルも首をかしげた。


(??、なに……かな?)





 事態の切迫していない今の哨戒任務は昼間に2度、夜間に2度、それはエンジンに火を入れ機体を風に晒し、抜かりの無いように戦闘機を点検、維持する為と、何よりパイロットのコンディションとモチベーションも確認、維持させることが目的であった。


 ローレルが案内されたこのイプスウィッチの飛行場はおよそ1200メートルの滑走路が2本、整備用の急ごしらえの格納庫に管制室とパイロット控え室があるターミナルと、規模は大きいが他の地方の飛行場と同じくサッパリとしている。


 それでも滑走路脇の芝生に戦闘機がガン首を並べている様子は圧巻である。ローレルはそんなMk2の姿を見つけると思わず駆け出した。


「ああーっマーク2!エンジンの音聴きたい……」


 そんな輝やいている目を見てケインズ少尉は…


「すぐに哨戒の任務機に火が入ると思いますよ」


「あ…そうですね!」


 その通り、この後に哨戒任務のあるケインズ少尉とオスニエル・アーキン少尉は特別なこの夜に未練たらたら、足もダラダラとパイロット控え室に向かった。


 戦時下のため、夜間の誘導灯は離発着時以外で点灯することは無い。必要最低限の建物の外灯のみがその辺りを照らしているだけである。


 まだまだ肌寒い6月の吹きっ晒しの暗い滑走路では、どこかで冷たい風にあおられた風速計がカラカラと回っていた。珍しいことに今夜は雲も少なく満天の星空を望むことができる。


 カキン……っ


「ふぅー」


 ライターのフタを弾く音がして誰とも無くタバコに火を着けはじめる。そして心なしか滑走路を前にパイロット達の表情はスイッチが入った様に引き締まって見えた。


 辺りはまだ静まりかえっていて街の音が耳に届く。皆が空を見上げているが、まだアトキンズ少佐は現れそうに無かった。


 そんな中でまだ若いマルコ・クリオーネ少尉がローレルに話しかけた。


「ライランズさん、アトキンズ少佐が有名人なのは知ってますが、自分はあまり少佐の話を聞いたことがなくて……どんな人なのですか?」


「どんな…?ううん、そうねえ……ひと言で言うならそう、やっぱり飛行機バカです!まあ、私も似たようなものですが……」


「バ……っ?」


 ローレルは記憶しているアトキンズ少佐の略歴を語り始める。


「アール・アトキンズ少佐28歳、18歳で義勇軍に入隊、パイロット教育を受けて19の頃には空軍教官を唸らせていたようです。でも空軍からの特待の勧誘は受けず21歳でウチのテストパイロットになり、私が出会ったのは少佐が24歳の時……」


「す、すげえな……俺よりも若い時に特待扱いかあ」


「ええ、まあ…すごいんですよ……すごいですけれど……すっごく沢山ウチの作った飛行機を壊されました…………」


「は……?」


「まあ、確かにね……壊されたおかげで機体の信頼性も私達の技術も向上した…のかもー知れませんがっ………!直しても直しても毎回毎回っもう……」


「!??っ」

「お…おっと……?」

「!!」


 ローレルは急に目が据わって憤怒のツブテを投げるように言葉を発する。どうやらなにか4年分の怒りの記憶が回想となってループしているようだ。


「あの……ローレルさん………?」


「へっ?ああーっすいません!な、何でも…ないですう……」


(おおー…トゲトゲがひっこんでいく……)

(いや結構怒りっぽいひと?)  


「なるほど、どうやらミス・ライランズはアトキンズ少佐に大分手を焼かされているらしいぞ、マルコ?」


 そう言って笑っているのはダリル・コールマン大尉26歳、彼は既婚で愛妻家だ。そして遠巻きに会話を聞いていたフレッド・アーキン少佐が口を開く、彼はこの中では27歳と最も年長者でパイロット歴も長い。


「そういえばアトキンズ少佐はドイツじゃ確か…『エアスペースバンデッド』なんて呼ばれているらしいな」


「なんすかソレ?カッコイイ……」


「戦闘中彼を見失うと、予想していなかった場所に現れるらしいぞ…?まるで瞬間移動したように感じるところからソラ…と言うか『空間を盗む』……だからそう呼ばれたらしいな」


「へえー」

「じゃあ、そんなに向こうでも有名ならきっとお尋ね者ですねー、賞金が掛けられてたりして?」


「さあなあ、大金星には違いないだろうが、俺にも義勇軍パイロットに知り合いがいてな、ソイツにはよく自慢げにアトキンズ少佐の話しを聞かされたよ。たしかその時の公認撃墜数だけでも21、被弾はあるが勿論撃墜されたことは無し……しかも夜間戦闘では無類の強さを誇っているらしい。だから今夜飛んで来ると聞いた時にふと思い出したんだ」


「21機か、すげーな」

「さすが……」


 しかし皆が感嘆しているところにローレルが口を挟んできた。


「でも、撃墜されていなくても『自爆』が3回……」


「えっ?なんすか?自爆??」


「そうっ、馬鹿みたいに機体に負荷をかけすぎて、機体の損壊が2回、エンジンブローが1回、未遂に至っては数知れず…撃たれてもいないのに墜落って……その度に新機と交換ですっ」


「おおっ不経済……!撃墜されたのと変わんねー」

「でも何しろスゴイだろ?よく死なないな?」


「そこらへんは、何か本人なりの安全高度だかセーフティラインがあるらしくて…壊れても脱出できる余裕が無ければ無茶しないとかなんとか……でもそれって壊すことを前提で飛んでいるって事でしょう?もう無茶苦茶なんですよっ、だから腹が立つんです!」


「そうだなっ、たしかにっ」

「それはひでえ……」


 この話でウケないパイロットはいないだろう。そこにフレッドが更なる『伝説』で追い討ちをかける


「はは…そうらしいね?何しろ機体の消耗が酷すぎてメカニックもパーツの交換と調整がいちいち間に合わないから2機を交互に使わせていたとか……?」


「そう…そうなんですよ、そんなこともあったみたいです。名パイロットなら愛機を壊さないものでしょうっ?飛行機に何の怨みがあるのかって思うわけですよっ」


 そんなこと繰り返していればすぐに任務から外されそうだし、普通は除名が怖くて無茶を控えそうなものなのに…と、クリオーネは思った。


「なんか…思ってたイメージと違いますね…敵をどんだけ墜としてもそんなに壊したんじゃあ……」


 そしてリーアム・ラスキン中尉がぼそりとつぶやいた……


「エアスペースバンデッドじゃなくて『エアプレーンバンデッド』じゃねーか……?」


「ぶっ……」

「あ、はははははは……っ」

「違いないっ!」


 一緒に笑っていたローレルは実はこんな会話がちょっと嬉しかった。


 猛者として有名なアトキンズの噂は良くも悪くも独り歩きしていて、いつも遠巻きに見られたり時には敬遠されることもあった。当人が気にしていない素振りを見せても、そんなアトキンズを見るたびにローレルは少し胸を痛めていたようだ。


 ただアトキンズの紹介の仕方にローレルのそんな目論みがあったのかどうかは定かではないが…

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