人 工 天 使

@urey

君と最後に遊んだ日

「もうすぐ着くよ!」


齢七つ程の少年と少女が開けた野原を駆ける。


空一面に広がる青。爽やかな風が草を撫でる音。


少年に手を引かれる少女は、息を切らしながらも無垢な笑顔をしていた。


彼らは東にある日差しへ向かうように、遠くに見える深い緑の森を目指していた。そこに、大人達には内緒の秘密基地があるからだ。





「もうっ、限界かもっ」


荒い呼吸を抑えきれずしゃがみ込む少女。少年と手が離れた。




__その瞬間、鮮血が宙を舞った。



「え__?」



ぼとぼとと、何かが落ちる音。


それを確認するべく振り向いた少年が目にしたのは、地面に横たわる四肢を失った少女。彼女は数秒、何が起こったかわからないのか茫然と虚空を見つめた後、視線を自分の身体に移す。


目を見開いて「なにこれ……」と呟いた後、痛覚が追い付いたのか、少女はジタバタと肩と腰を動かし、激痛に表情を歪める。


身を捩らせる身体のそばには作り物のように動かない手足があった。



「いやああああ! 痛いぃぃっ、助けて!」



涙を流して狂乱する少女を前に、少年は震えることしかできなかった。







深夜。


彼は心臓を掴まれたような嫌な動機とともに体を起こした。


汗で濡れた額を手の甲で拭い、深呼吸をする。


「夢……」


__あれから八年も経つのに。と、彼は息のような声で呟いた。


窓を開け、外の空気を吸う。空を見上げた彼の目には普段よりも一回り大きい満月と、一面に散りばめられた星々が映っていた。


夏から秋へ移り変わる季節。冷たくなった風を浴びて、窓を閉めると彼は部屋を出た。




「シン。起きたのか」


居間では机に向かう彼の父が未だに仕事をしていた。優しく刻まれた目尻のシワを深くして微笑む。


「まあ……」


真は、父のそばで雑魚寝をする弟と妹__ルイとエレナに目をやると、やれやれといった顔でずれた毛布をかけなおす。


八つ下の二人は、双子だからか寝顔がとても似ている。スースーと寝息を立てる二人を見る真の表情も、彼の父が彼に向ける顔ととても似ていた。


「父さんはまだ寝ないのか」


少しぶっきらぼうな言い方だが、思春期なりの心遣いを彼の父も感じていた。


「もうすぐ寝るよ」


シンはコップに水を注いで、飲み干す。


口を開くか迷った後、彼は意を決したように言う。


「俺……軍に入る」





沈黙。


シンは父の表情を窺うように、じっと見つめる。


「……そうか」


全てを理解しているような顔をして頷いた。十五年間、彼の父をやっているから、気持ちも理由もわかっている。


シンはルイとエレナに目を向けると、「大変だろうけど、頼む」と父に頭を下げた。


軍に入るということは、少なくとも研修兵である二年の間は寮生活になることを意味する。


母親のいないこの家庭では、父が幼い弟達二人の面倒を見ながら仕事をすることになる。その負担にシンは後ろめたさを感じていた。


「気にしないでいいから、生きたいように生きなさい」


なんとかなるさと親指を上げる父に、安心したのかシンは「おやすみ」と言って居間を出てゆく。


それを見送ると、彼の父は仕事を再開した。


神妙な面持ちを携えて。








__せめて戦える能力であってほしい。




真は天啓により授かった能力を知る為、教会を訪れていた。


この世は、十五歳を迎えた全ての人間に例外無く一つの能力__天啓が与えられる。身分も経歴も人間性も関係無い。貧民街の子に強力な能力が与えられることもあれば、王の子に使い道のない能力が与えられることもある。


かの英雄ロイは天災を引き起こす能力だったらしい。全容は明らかになっていないが、その気になれば世界を滅ぼすこともできたとか……。


天啓は人生を決めると言っても過言ではない。それに合った職、生活を送る者が大半だ。それほど天啓は身近で、人の価値の大半を占めるようなものだった。


職業選択は自由と言えど、軍に入ると決めた真は、近い将来日常的に戦闘を行うことになる。その相手は炎を操る能力を持った他国の兵士かもしれないし、魔術を使う悪魔かもしれない。


軍に入ると父に伝えてから一週間。十五歳の誕生日を昨日迎えた真は、もう後戻りできない__しないと決めている。だからこそ、強力なものでなくてもいい。戦いに活かすことのできる能力であってほしいと懇願しているのだ。



「シン・シノノメ殿」


神父がシンを手招く。


白い髭を蓄え、深く刻まれた皺が善良な人間であることを証明しているようだ。


シンは神父の前に立ち、深く息を吸った。


「これより、お主に天啓を告げる。よろしいかな?」


「……はい」


シンは目を閉じた。祈るように。


神父は天を見上げた。


「我が主、全知全能の神よ! この者に能力ちからを与えたまえ!」


その瞬間、目を閉じているシンでも眩いほどの光が教会を包み、一瞬の嵐とも呼べる強風とともに鐘の音が聞こえた。




「なんと! お主の力は〝RPGの住人〟じゃ」


「……アールピージーの住人?」


「とても珍しい天啓じゃ。このような力は聞いたことがない。なんでも、経験を積むことで人智を超える力を得ることができるとのことじゃ。その為の試練は計り知れぬが……それを乗り越えた暁には__」




__英雄になれるかもしれない。


とても幸運なことだと、神父は告げた。








夕焼けは街に橙色を落とした。昼間より伸びた影、子ども達が明るい声とともに駆けてゆく。


「アリス……」


そう呟いた彼の視線の先には、かつて幼馴染み少女の家があった。


欧州風の二階建ての建物。シンの家よりも二回りほど大きなその家は、広い敷地の真ん中に静かに佇んでいた。


この場所に昔は子ども達が集まっていたが、今はそうではないことを強調するように、全ての窓のカーテンは閉まっていた。


シンはそれを見て、表情を歪める。


「強くならないと……」


__RPGの住人。


彼の受けた天啓は、明確な能力がわからない。前例の無い未知数のスキルだ。


目を閉じると、〝Lv.1〟とまぶたの裏に浮かび上がるだけ。


見るからにレベルが上がれば強くなることが予想されるが、その為に何が必要なのかが明らかになっていない。


「経験を積むことで強くなれる……それは鍛錬を指すのか、戦闘を指すのか、それとも……」


訓練兵となるのは、春が訪れるおおよそ半年後。訓練兵と言えど、人手不足の軍は彼らを実戦に投入することもあるらしい。


純粋な身体能力だけで勝負できるほどの力がないシンは、このままでは役にたたないどころか、命を落とす可能性も高い。そのことを彼は重々承知していた。


しかし、必ずと決めた彼の目は、そんな些細なことは気にしていないようだ。



「必ず助ける。たとえ死んでいても、必ず」


__君と最後に遊んだ日は、また会った時にやり直そう。


帰路についたシンは、一度も振り返ることなく歩いた。

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