逃避行

BACH

逃避行

「白紙で提出してきたの、俺のクラスで寺西だけなんだけど、何考えてんの?」


「すいません、何も考えてません。」


「すいませんじゃねんだよ、困んのはお前なんだよ、分かってる?お前がぼけぼけしてる間に周りの奴等は目標決めて必死こいて勉強してるぞ。3年生になって、もうゴールデンウィーク終わっちまったぜ?しっかりしろよ!」


最悪だ。うちの担任がこんなにめんどい奴だったとは。こんなにだる絡みされるなら進路調査表テキトーに書いとけばよかった。


「しょうがねぇから、明日の朝までに考えてこい。7:30にはここにいるからな。分かったか?」


「はい。」


「分かってんならはじめから書いてこいやぁ!」


…最後まで粘着してくるとは。目をつけられた今からじゃ手遅れな気もするけど、今後は極力関わらないようにしよう。しかしあそこまで言われると、将来について何も考えていないのはまずいかもしれないと不安になる。


職員室から出たその足で、俺は将棋部に向かった。部室を開けると、クーラーの冷気が外に流れ出て来て少し肌寒い。中には2人いて、それぞれ違う事をしてくつろいでいた。来るも来ないも、何をするかも自由な、自堕落で停滞したこの部の空気が、とても気にいっている。


畳に鞄を投げ捨てて、胡座をかきながら部員に質問した。


「お前らって将来なりたいもんある?」


「なりたいとは違うけど、フローショトクで生きてけたらいーなーって考えてる。」


壁にもたれながらゲームをしていた橋田が答えてくれた。


「フローショトク?」


「働かないでも所得、要は給料が入ってくるってやつ。そしたら一生遊んで暮らすんだ。」


「それいいな、どうやったら貰えるんだ?」


すると、詰め将棋の本を開いていた、唯一将棋部らしい活動をしている飯塚がこちらを睨んできた。


「なにバカなこと話してるんですか、そんなうまい話があるはずないでしょうが。」


「そ、そうなのか、、」


「当たり前です。大体、一生遊んで暮らすなんてまちがってますよ。」


「それは聞き捨てならんな、俺は働くために生まれたんじゃない。遊ぶために生まれてきたんだ。今日の俺が楽しいと思えれば、それでいいんだ。」


いつの間にか橋田はゲームを閉じていた。


「人は支えあって生きてます。橋田先輩みたいな独りよがりな生き方は、人として間違ってます!人の為に働いて、その事を生き甲斐に感じる。これがあるべき姿ですよ。寺西先輩もそう思いますよね?」


二人ともかなり思想が尖っているとはいえ、自分の考えを持っててすげぇなぁと感心していたので、急に話を振られてびっくりした。


「え!あぁ、そうなんじゃない?」


「なんかてきとうに言ってません?」


「いやいやいや、そんな事無いよ?!ただ、俺は今やりたいこととか無くて、皆色々考えてて尊敬っていうかなんていうか、、」


「なるほど、確かに先輩って普段何も考えて無さそうですもんね。」


失礼なやつだな、普段の俺はどんな風に見えてるんだ。


「あれ?でもいつもの先輩なら、将来の事なんか聞かないですよね、なにかあったんですか?」


という訳で、二人に今日あった担任との面談の件を話した。


「進路調査表自体は、てきとうに地元の大学でも書くにしても、皆はなんか考えてるんかなぁって思ってさ。飯塚は一年早いけど、もう決めてるの?」


「私は教育大学志望の予定です。両親とも学校の先生ですし、人を導くってカッコいいじゃないですか!」


正直、何考えてるかわかんない奴等40人を一人で相手するのを想像しただけで、先生なんてやりたいとは微塵も思わない。ここはてきとうに流すか。


「そうだなぁ、橋田は?とりま高校卒業したらなにすんの?」


「大学で経済を学んで株で一山あてる。」


「真面目に答えろよww」


「俺は本気だ。」


話は終わったと言わんばかりに、橋田はゲームの電源を入れた。




その後は下校時間までだらだら過ごし、帰宅した。ソッコーで二階の自室に入り、進路調査表を埋めた後、3~4週はしたであろう漫画を読み返していたときにふと、あの先輩はなんて答えるんだろうと思い、LINEを送った。


"久し振りです!先輩は去年の今ごろ将来について考えてましたか?"


夕食を食べて風呂から上がると、返事が帰ってきていた。


"俺はそんなに将来のこと考えてないなぁ。ただ、自由ではありたいと思ってるね。自分のやりたいことをやれるように努力していきたいかな。"

"ところで、明日周防大島行くんだけど付き合ってくんない?飯奢ります。"




学校に行ってもほとんど自学自習だし、あの担任に会うのも正直気が向かない。今は現実逃避したかった。という訳で、橋田に自分が体調不良だと伝えてもらい、14ヶ月ぶりに先輩に会うことにした。


待ち合わせ場所に着くと、先輩が車の前で待っていた。

「来てくれてありがとう!寺西ならオーケーしてくれると思ったんよね!受験勉強は大丈夫?」

「俺がそんな事で先輩の誘いを断るわけ無いじゃないすか。それで、今日はなんで周防大島に行くんすか?」

「大学の課題で、博物館を利用した社会科授業を自分で組み立てるって課題が出てね。今回はその一環って感じ。車を使わないと行けない距離なんだけど、免許取りたてで一人じゃ自信なかったから声かけたの。」

「なるほど、了解です。安全運転で頼みますよ?」


結局道中3回道を間違え、道幅ギリギリの山に乗り上げもしたが、なんとか無事に目的地へたどり着いた。


「着いたよ。」


「日本ハワイ移民資料館?ハワイから日本へ渡ってきたってことですか?」


「いや逆、日本人がハワイに渡ったんだよ。」


そういいながら、古民家風の建物の中に入ってく。靴を脱いで建物にあがると、受付のおじいさんが座っていた。


「やあ、珍しいね。学生さんかい?」


「はいそうです。」


「そうですか、若い人にも来てもらえて嬉しいねえ。ゆっくり見ていってください。」


そのまま奥に進むとまわる順番の矢印があり、その順番に従って見ていく。白黒の写真や、古そうな新聞、当時の人が使ったいた道具や服などが展示されている。


「これってどれくらい前のことなんですか?


「明治だね。」


「へぇ、すごいっすね。そんな昔から日本人ハワイに住んでるんすね。いいなぁ。」


すると先輩は、きょとんとした顔になって質問してきた。


「寺西、もしかして当時の人たちが遊びでハワイにいったって思ってる?」


「違うんすか?」


「あぁー、えっと。寺西は日本史選択?」


「や、世界史と地理っす。」


「なるほどね。じゃあ少し説明しないと分かんないか。」


先輩はそこで立ち止まって、移民の経緯を話してくれた。


当時の日本は家が貧しくなったり飢饉が起こると子供、主に次男や三男を間引く文化があったんだ。でもここ、周防大島をはじめとする瀬戸内は間引いた子の数が少ない。何でだと思う?

そう、ハワイに出稼ぎに行くことで飢餓を乗り越えたんだよね。ハワイではサトウキビのプランテーション農業が行われていたんだけど、人手が足りていなかったから都合が良かったんだろう。日本とハワイが友好関係にあったのも、一つの要因だね。




資料を読んでいくと、ハワイで金を稼ぎ、いつか日本に帰ろうとする人、仕事を学んで単純労働者から現場の指揮官に出世する人、移民経験を生かして、日本とアメリカをまたにかける起業家になった人、ハワイから日本に帰ることが出来たものの、結局お金がなくなって再びハワイに戻ってきた人など、一重に移民と言っても進路はバラバラだったらしいことが分かる。

また、ホームシックに駆られて苦悩する姿や、現地で生まれた二世や三世と親との日本に対する思いのすれ違いなど、移民の負の側面も語られていた。


こうして二時間ほど回った後、先輩は満足したらしく博物館をあとにした。




当初の予定では道の駅にあるミカン鍋なるものを食べるはずだったが、平日といくこともあって閉まっていた。そこでググった結果、海の見えるレストランで食事をすることになった。野郎二人でそんなシャレた所いって大丈夫かな?とも思ったが、先輩が行きたがっているので仕方がない。


注文を待っている間、博物館についてあれこれ語っていた。なんでも、地元の博物館は歴史が美化して語られることが多いので、客観視や疑問視をもってみることが重要なんだとか。他にもなにか言っていたが、腹が減っていてあまり内容が入ってこなかった。ほんとにマイペースだなぁ。とぼんやりしていると、


「寺西はあの博物館行ってなにか思うところあった?」


急に話を振られて慌ててしまった。


「素人の俺なんかの感想なんて、役にたたないですよw」


「いや、むしろ素人だからいいんだよ。実際に生徒に教えるときは歴史に興味ない子もいるわけだからね。そのために今日、寺西に来てもらったといっても過言じゃないよ!」


…これはバカにされているのだろうか?


「はじめに移民って聞いたときに、ポジティブなイメージがあったんすよね。新天地でチャンスをつかむとか。今だと留学だったり海外移住って挑戦って意味合いが大きいじゃないすか。」


先輩は黙って聞いている。


「でも、今日みた人達は生き残るために、追い詰められて海外にいった訳じゃないですか。日本にいるままだと詰んでしまうから、そんな現状から逃げるために、ハワイまで出稼ぎにいって…」


「寺西は、彼らがかわいそうって思ってるってこと?」


「いや、むしろ良かったんじゃないすか?それしか選択肢が無かったとはいえ、逃げ道があることは救いですよね。それに、中にはその経験を糧にして成功した人もいたじゃないですか。やむなくはじめたことでも、最後は上手くいくこともあるんだなぁって。人生どうにでもなりそうな気がしてきました。」


「なるほど、進路に悩んでる寺西から見たらそういう風に感じたのか。」


「や、実際今日ここに連れてってくれてありがとうございます。」


その後、先輩の感想をめちゃくちゃ聞かされた。帰り道の途中、せっかくだからと錦帯橋に寄り、また何度か道に迷ったせいで、家につく頃には日付が変わっていた。親にはこっぴどくしかられてしまったが、後悔はしていない。




次の日、朝一番に職員室に進路調査表を提出しにいった。


「昨日学校を休んで、進路について考える時間はたっぷりあったよなぁ?どうなった?」


「とりあえず大学進学を希望します。卒業した後は、なるようになると思います。」




この後先生に色々と言われたが、今度は特に気にならなかった。この考えが正しいかどうか分からないが、今は逃避することにした。























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