変身!装着!そして、出撃!

 真心マコロの細い手首で、腕時計が鳴っていた。

 そしてそれは、緊急事態を知らせるアラートのような電子音だ。

 驚く狼流ロウルだったが、真心本人は当然のように腕時計へと指を滑らせる。


「もしもし、わたしです」


 酷くクラシカルな、長短一対の針があるアナログな時計だ。

 だが、その中には最新鋭モバイルもかくやという機能が詰め込まれているらしい。

 すぐに通信の相手の声が、狼流にも鮮明に聞こえてきた。


『なにをしている、真心。トレーニングの時間のはずだが』

「すみません、少し気になることがあって」

『……まあ、いい。ヴィランの事件が発生した。至急出撃し、解決せよ』

「了解です」


 男の声だ。

 どこか冷たく、暗い声音だった。

 そのことにも、全く真心は動じた様子がない。

 まるで、感じる心を持っていないかのようである。


「やっぱり、アンドロイド、なのかなあ」


 ひとりごちて、狼流はハーネスを外すと、英雄号を降りようとした。

 そして、思い出す。

 真心はあのナンバーワンヒーロー、メイデンハートの中の人である。今は人かどうかもわからないが、そのことを知っているのは狼流だけだ。

 その真心が、出撃を命じられていた。

 今、この瞬間にもヴィランが暴れている。

 誰かがメイデンハートの助けを待っているのだった。


「な、なあ! 真心、急いでるんだろ? 乗れよ、送っていく!」


 狼流の呼びかけに、通信を切った真心が顔を上げた。

 春の風が、真っ黒な長髪をゆるゆると棚引たなびかせている。

 表情といえるものを感じさせない白い顔が、大きなあかい双眸を瞬かせていた。


「急いではいます。でも」

「気にするなよ、正体を知っちまったとはいえしは推しだ!」

「推し? とは?」

「う! いや、それは、まあ……なんつーんだ?」


 真顔で問われて、少し恥ずかしい。

 だが、時は一刻を争うと見た。

 それに、不謹慎ふきんしんだが心がおどる。

 今、あのメイデンハートの力になれるかもしれないのだ。


「俺は、その……メ、メイデンハートの……お前のっ、ファンだ!」

「ファン、ですか?」

「ああ! さ、手に乗れ!」


 慌ててコクピットに戻ると、狼流はハッチを開けたままで英雄号の手を操作する。あの蘭緋ランフェイがこだわりまくった結果、市販モデルとは別次元の五本指だ。完全に人間の手を再現してあるし、その操作性や精密度は高レベルだ。

 だが、地面に降ろした手に真心は乗ってはこなかった。


「大丈夫です、飛鳥狼流アスカロウル

「いや、ってか……狼流でいいって」

「では、狼流君。少し機体を寄せてください。邪魔ですので」

「じゃっ、邪魔!?」


 平然と言われて、いい気持ちにはならない。

 そっけなく、全く関心がない様子で真心は言い放った。

 邪魔だと。

 先程、英雄号の活躍に胸を熱くした少女の言葉は、嫌に冷たかった。

 そのまま真心は、先程の腕時計を指で操作する。

 すぐに、遥か遠くの空から金属音が小さく響いてきた。

 その頃にはもう、アイネや蘭緋、そして自動車部の面々がそぞろに集まり出していた。


「やあ、ご苦労だったね、少年。うん? どうした? 真心君となにかあったのか?」

「ってか、この人なにを……って、あれ? なんの音ッスかね? キーン、って」


 誰もが音のする方角を振り返った、その時だった。

 突然、激震が襲う。

 高速でなにかが、空から飛来し、着陸したのだ。

 ほぼほぼ墜落に近い形で、白煙の中から人影が立ち上がる。

 クレーターを作って現れたのは、鋼鉄の女神だった。

 すぐに周囲から、歓声があがる。


「お、おいっ! あれって……メイデンハートじゃねえか!」

「うそっ、本物!? ちょっと、携帯オプホ! 写真取らなきゃ!」

「今朝も大活躍だったらしいからな! 近くに行ってみようぜ!」


 そう、メイデンハートが立っていた。

 それを呼んだのは、恐らく真心だ。

 つまり、これからあれを着込んで、ヴィラン退治に行こうというのだろう。

 狼流のその予想は正しく、意外な形で証明された。

 誰もが距離を取りつつメイデンハート(の外側だけ)を囲む中で、真心は仰天の行動を取った。

 ふわり、と空にダッフルコートが舞った。


「ちょっ! お、おいっ、真心! ……裸、ですよ?」

「それではさようなら、狼流君」

「ま、待てって!」


 コートを脱いだ真心は、裸だった。

 否、よく見ればスパッツのようなインナーをはいて、トップスも身につけている。どちらもぴっちりと彼女の肉体美を浮かび上がらせていた。

 程よく鍛えられた、細身の筋肉がしなやかさを彩っている。

 そして、狼流が思わずゴクリと喉を鳴らす程に胸が大きかった。

 慌てて狼流は、そっと英雄号の両手で真心を隠して持ち上げる。


「狼流、わたしは急いでいます」

「けど、こんなとこで変身? 装着? とにかくっ、駄目だ! 正体がバレる!」

「……そうでした。怒られてしまいますね」


 おいおい考えてなかったのかよ……思わず狼流はあきれてしまう。

 だが、それだけ彼女は急いでて、あれでも慌てていたのかもしれない。

 でも、怒られるとは誰にだろうか?

 先程の通信の男だろうか?

 それが気になったが、狼流は機体をひるがえす。


「えっと、会長! ちょっと俺、真心と野暮用です!」

「ん? おいおい、少年……堂々としけこむつもりかい? 青春だな。うん、アオハルだ」

「ども! じゃ、英雄号は部室に戻しておくんでっ!」


 ハッチを開けたまま、狼流は再び英雄号を走らせた。

 あっという間に、第七運動場の大騒ぎが背後に遠ざかってゆく。

 風が吹き込み、火照ほてった身体に気持ちよかった。

 真心は髪を片手で抑えたまま、マニュピレーターから見上げてくる。


「真心、さっきのメイデンハートを呼んでくれ! 人のいないとこで変身だ!」

「わ、わかりました。もしや、狼流君」

「ん? なんだ?」

「わたしを気遣っての行動ですか?」

「そこまで大げさじゃないよ。言ったろ? ファンだって」


 ガシャガシャと、先程の全力疾走よりゆっくり英雄号が走る。

 第七運動場の噂を聞きつけてか、何人もの生徒たちが足元を擦れ違った。

 そして、真心はそれを珍しそうに眺めている。


「狼流君。来る時も疑問でした。この施設には何故なぜ、未成年が多く収容されているのですか?」

「いや、学校だもの!」

「学校……教育施設ですね。防衛優先度SSS、なるほど……学校の中はこういう風になっていたんですか。貴重な未来の人的資源が生産されている、だから最優先」

「ちょっと待って、なんか不穏なこと言ってない? ……え、学校を見るの初めて?」


 真心はコクンと小さくうなずいた。

 驚きである。

 真心はどう見ても十代後半、狼流と同世代に見える。

 だが、形良いおとがいに手を当て考え込む仕草は、どこか幼さが感じられた。


「これが、学校。なるほど、わたしが今まで守っていたもの」

「そゆこと! メイデンハートは今年に入ってから、学校だけで四件は救ってる。特に先月の小学校での事件、あれはやばかった」

「ええと、ヴィランが人質を取って立てこもった事件でしたか?」

「そう、それ!」

「何故、子供があんなに一箇所に集中しているのか不思議でした。でも、今わかりました」


 徐々に人の気配が遠ざかってゆく。

 校舎の二号棟を裏手へと回って、狼流は周囲を見渡す。

 英雄号の全センサーを使って、周囲に人がいないことを確認した。

 そっと降ろしてやると、真心は再び腕時計型のデバイスを操作する。

 一分もかからず、再びメイデンハートが飛んできた。


「おーい、急げよ? それと、今日はありがとな。すげえ面白かったぜ」

「面白い、ですか? なら、よかった。お礼を言うのはわたしの方です。ありがとうございます、狼流君。色々と勉強になりました。あと、楽しかったようです」

「ようです、って……ま、いっか! ほら、急いで急いで」

「はい」


 目の前に、直立不動のメイデンハートがいる。

 その無機質な輝きに歩み寄って、真心は小さく深呼吸した。

 そして、ヒュン! と片手を真横に伸ばす。

 瞬間、メイデンハートの各部が分割して、パーツ単位でバラバラになって飛び散った。それは無数の弧を描いて、次々と真心に装着されてゆく。

 あっという間に、鋼鉄の女神にモノクロームの心が宿った。

 そう、本当に真心はメイデンハートだったのだ。


「では、狼流。さようなら」

「あ、ああ……またな!」

「また?」

「そう、また今度。あの犬、ベコさ……お前に懐くぞ、きっと。だから、また」


 全く表情の見えない姿になってしまったが、狼流には小さく息を呑む気配が伝わった。

 だが、そのままメイデンハートとなって真心は飛び去ってしまった。

 その飛行機雲を見上げて、狼流は自然と胸に手を当てる。

 鼓動が高鳴り、同時に妙なひっかかりを感じていた。

 すぐに彼は、英雄号のハッチを閉めると……真心が飛んでいった方向へ機体を走らせるのだった。

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