HERO IN THE HeLaw!

プロローグ

彼女は脱いだら凄かった!?

 その日は朝から、雨だった。

 だが、かさを手にする誰もが脚を止め、空を見上げる。

 サラリーマンのおじさんも、登校途中の小学生たちも。

 勿論もちろん飛鳥狼流アスカロウルもその一人だ。

 駅前の空を今、苛烈かれつな光が行き交っている。逃げる者と追う者、人はそれをヒーローとヴィランと呼んでいる。空中戦を彩るのは、国際超人機構こくさいちょうじんきこうのドローンだ。

 立体映像と一緒に、アナウンスの声がドローンから響き渡る。


『市民の皆様、大変ご迷惑をおかけしております! ただいまヴィラン発生中につき、ヒーローが出動、対応しております。ご不便をおかけしますが、気にせず日常をお送りください』


 無理を言うなと、思わず狼流は心の中に呟く。

 そしてそれは、周囲で熱狂を高ぶらせる市民たちも同じだった。

 狼流は片手で傘を持ったまま、もう片方の手で器用にオプホオプティフォンを取り出す。小さくPi! と電子音が鳴って、3Dのウィンドウが空中に投影された。

 リスト化されたデータをネットに接続し、最新のヒーローランキングを見やる。


「おおっ、きたきたぁ! 変幻自在の不定形美少女、リリィ・スライム! メガトン級KOKUGIコクギヒーロー、ドスコイダー! そして、そしてそしてぇ!」


 狼流はヒーローが好きだ。

 子供の頃から、超人と呼ばれる遺伝子変異体いでんしへんいたいに憧れている。その中でも、国際超人機構に自分を登録し、違法なヴィランを取り締まる者たちを世界はヒーローと呼んだ。

 中でも、彼が一番大好きなしヒーロー……それは。


「やっぱ、最強ナンバーワンロボだぜ! 鋼鉄天使フルメタルエンジェル、メイデンハート!」


 周囲からも歓声があがり、ヴィランたちは劣勢の中で逃げようと藻掻もがいている。

 ヒーローたちの中でも、とびきりのスピードとパワーで悪を圧倒する姿があった。

 しなやかなその身は、女性らしさを強調する曲線美ボンキュッボン。紅白に塗り分けられた無敵の装甲は、背に光の翼を広げている。

 その名は、メイデンハート。

 謎多き女性型ヒーローロボットである。

 市民たちの声も興奮を帯びて、憂鬱ゆううつな雨の通勤通学を忘れていた。


「うおおっ、リリィ・スライムーッ! 最高だぜ、俺を服だけ溶かしてくれええええっ!」

「まっ、まけるなー、ドスコイダー! がんばえー!」

SUMOUスモウは最強だ、うっちゃり抜けドスコイダー!」

「ハァハァ、リリスラ最高……もう、スライム娘最高かよ……ッッッッ!」


 少し残念だが、狼流イチオシのメイデンハートは人気がイマイチだ。

 ロボットだから、マシーンだからだ。

 今から四半世紀程前、全地球規模で強力なウィルスによるパンデミックが起こった。そのさなか、遺伝子に特殊な突然変異を起こした人間がまれに生まれ始めたのである。

 特殊な能力を持ち、圧倒的な身体機能を誇る新人類……超人。

 世界はその存在を厳正に管理し、その枠組から逃げて無法を働くヴィランを取り締まることにした。そのために自分の意志で国際超人機関と共に戦うのが、ヒーローである。

 でも、メイデンハートはロボットだから、実力はナンバーワンだが受けが悪い。

 

 狼流にとってロボットとは、人類の叡智えいちを結集した最高のヒーロー像なのである。


「おおっ、今のは新技!? そ、そんな機能が……ひじからビームの刃が! いいぞっ、メイデンハート! もっと俺に、ロボメカしいパワーを見せてくれっ!」


 周囲に交じって、狼流も興奮の声を上げる。

 どうやら事件は、すぐに片付きそうだった。

 高層ビルがひしめく雨空の中、ヴィランたちは逃げ始めている。そして、ヒーローたちは油断せずそれを追っていった。

 夢のような時間が過ぎて、次第に周囲が静かになる。

 思い出したように日常が戻って、人混みもそぞろに歩き出してまばらになった。

 だが、狼流だけが空を見詰めていた。

 そこには、ぼんやりとメイデンハートが浮かんでいる。


「あ、あれ? メイデンハートは追わないのかな? もしかして故障か!? くっ、もしそうなら俺が! いや、直せるかは、治せるかはわからないけど、俺が!」


 だが、メイデンハートは先程までの鬼気迫る戦いが嘘のように、背を丸めてビルの谷間に降りてゆく。高度を落として、その姿はゴミゴミとしたオフィス街の方へ消えた。

 慌てて狼流は、遅刻確定の時間帯だということも忘れて走り出す。


「調子悪いのか? いや、今日もキレッキレの動きだった! なにかあったんだ」


 ヒーローは、超人としての強過ぎる力を持つゆえに制限の中で生きている。国際超人機構に登録され、ヴィランの事件や災害の時にのみ力を振るえるのだ。

 首輪のようなケイジング・チョーカーを一生装着する義務があるのだ。

 ヒーローとしての生き方を選ばぬ場合、力を封印して一般人として生きる。

 もしくは、そんな世界の仕組みに逆らいヴィランとなって暴れるしかない。

 狼流は狭い路地へと入って、濡れながら走った。


「こっちから駆動音がする……この音、ノイズは感じないけどな。それに、けた匂いも。いいオイル使ってんだろうな。一度でいいから整備したいよなあ!」


 飛鳥狼流、完全な変態である。

 変態レベルでロボットが好きで、ロボットヒーローのメイデンハートにぞっこんなのだ。

 彼は五感の全てを総動員して、薄暗い小道を走った。

 そして、視界が開かれる。

 メイデンハートはそこにいた。

 はがねの長身は、ヒールの高い脚部も手伝って大きく見える。

 彼女は、足元の段ボール箱を見下ろし静止していた。


「いたっ! メイデンハート! 俺にサインを……あ、いや、違う! 握手が先だ! じゃなくて! ええと、なにが――!?」


 その時だった。

 狼流は目を疑った。

 突然、ガクン! とメイデンハートが片膝かたひざを突いてかがむ。

 その装甲が、白い冷気を吹き出しながら割れたのだ。

 そう、全身が開くように展開してゆく。まるで、鉄の花が咲き誇るように広がった。

 そして、狼流は絶句した。


「……は? 女の子? 中の人、ってやつ……?」


 

 雨天の薄闇に輝いて見える、白過ぎる肌。

 長い黒髪とあいまって、そこだけモノクロームだ。

 裸に近い格好の少女は、そっと段ボール箱の中からなにかを抱き上げた。

 それは、ずぶ濡れの子犬だった。

 これが、メイデンハートの中の人との、出会い。

 世界で一番ファンとアンチの多いトップヒーローの、あってはならない秘密を狼流が知ってしまった瞬間だった。

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