竜を巡って

第11話 ある男の鬱積と陰謀

 一人の小太りの男が、自室で呪詛を振りまいていた。


 そもそも20歳になり政治に参画した時から疑問だったのだ。何故、次期皇帝になる者が20歳になると行う皇位継承の儀を行わないのかと。

 それから4年も経てば事情もわかる。

 つまり今上の皇帝である父は、私に皇位を継がせるつもりは無いのだ。


 皇位は基本的には皇帝と正妻との間に生まれる長兄に継承される。だがその長兄が皇位を継承するに相応しくないと認められた時に限り、次男に継承権が移るのが慣わしだった。


 とは言えイグナス連邦が成立してからおよそ500年弱、そのような無様な長兄は2人しかいなかった。

 1人は女にうつつを抜かしすぎた為、もう1人はあまりに軍略が下手だった為だと言う。

 それで私は3人目か、何が不満なのだ?

 あの放埓な弟より遥かに執政に関心を持ち、有意義な進言をしてきたはずだ。失敗があるとすれば、それは私の計画を忠実に実行できなかった者どものせいだ。


 弟の方が人に好かれる? それがどうした。

 国の政を司る者は諸国を渡り歩いて旅をする前に自国の内情を知るべきだ。私はそうして国内の方々を見て回り、その上で軍略を練ってきた。

 むしろあの弟はそうして出歩いて、敵国の捕虜にでもされたらどうすると言うのだ?


 だがこうして私は継承権を得られなかった。何が不満なのだ?

 父は「いつまでも内ばかり見ていないで外界を見よ」などと意味のわからないことを言う。今は外交の時代だ、とも。


 ああそうであろう。齢19にして外交上手な弟を、その歳にして海洋国家ユラントス王国と漁業に関する大きい契約を結んだ弟が可愛いのであろう。

 あの契約でリメルァールの工業製品の輸出の見返りに、イグナスの船がユラントスの領海で漁業を行うことが許された。


 愚かなことだ。

 リメルァールは周辺国よりも抜きん出て工業が発達した都市。その技術をたかだか魚の為に流出させたなど愚策の極み。外交に強いと自惚れ、まんまとユラントスの策略にはまったに違いない。

 弟のローランド皇子も愚かなら、皇帝である父ライナスも愚かなのだ。


 ああ、どうしたらあの愚かな2人に私こそが皇帝に相応しいと思わせることが出来るだろう。

 どうしたら、私が皇帝になれるだろう。

 いっそ、いっそ2人を……


「失礼します、モロス皇子」


 腹心の部下が部屋に入ってきて回想から覚めた。


「ラミスか、どうした」


 ラミスと呼ばれた色黒の男は小脇に冊子を携えて、皇子の執務室へと入ってきた。


「皇子殿の立案された竜騎兵計画、とりあえず初動は成功しました。それとリハルトも提案された話には興味を示しています」

「ふん、その為に勅命という体を取ったのだ。成功してもらわなければ困る」


 そう言うとモロスは組んでいた足を組み替えた。


「それで?それを言うためだけに来たわけではあるまい」

「は、お伺いしたのは"もう1頭"についてで御座います」

「ほう、何かわかったか」


 実は師団は竜を2頭捕獲していた、それもモロス皇子の命の下に。

 1頭はほぼ無傷の幼獣だったので、研究の余地ありという事で今回の計画のためにシナークへ。そしてもう1頭は捕獲の際に怪我をした成獣だったが、そちらは最初だけ公開し後はモロス皇子が独自で囲い込んでいる魔法師団の者に研究を一任している。


 ラミスが脇に抱えた紙束を広げながら言った。


「アレは化け物ですな」

「ほう?」


 モロスも聞き返す。


「体内の魔力量は異常です、元魔法師団の者としては羨ましくなるほどに。あれ程の魔力量を人間が持っていれば町一つぐらい簡単に消し去れるかもしれません」

「そんなにか、なら尚のこと計画の実行の可能性が高まってきたではないか」

「左様で御座います。それにあの皮膚も非常に硬いものでした。医療用のランセットでは、僅かに傷を入れられただけでランセットの方が刃こぼれしてしまいました。試しに矢や銃で物理攻撃も加えてみたのですが」

「攻撃しただと!?」

「えぇ、殺さない程度に1回ずつですが」


 ラミスはどんな事でも淡々と語る。確かに殺さない程度なら何をしてもいいとは言ったが、しかし物理攻撃を加えるとは思わなかった。


「それでどうなった、まさか死にましたという事は無かろうな?」

「いえいえ、むしろその逆です。少し離れたところから攻撃したのもあるのでしょうが、防御魔法でいずれも弾かれました。

 あのシナーク現地司令部の"鳥のような影"の騒動と時と酷似しています」


 そう言われてモロスは先日読んだ報告書を思い出した。

 もしかすると…


「あの時目撃された鳥のような影は竜だという可能性があるとでも言うのか?」

「そうだと考えております、陛下」


 ラミスの色黒な顔から目を逸らしつつ、モロスは考えた。

 そもそも竜が本当に実在する事自体が意外だったのに、まるでその場から逃げたという民間人2人を逃がしたいがための行動を取ったということが衝撃だった。

 まさにシナーク現地司令部に調査させていることだが、これが竜による自発的行動でないとすれば必ず操っている者がいるはずだ。その操る方法さえわかれば……


 ――私の計画も夢物語では無くなるな。


 ほくそ笑んだモロスを見てラミスは複雑な心境であった。

 そもそもどこからどう目を付けてそのような発想に至ったのか、皇立図書館の地下にある機密文書保管室にあるこの国の成り立ちを描いた本である「ルメイ-イグナス叙事詩」の中の一文、"翼持つ獣は地を焼き湖をも沸騰させた"のところに関心を持ったのだ。


 ラミスは今でも2年前、まだ魔法師団に所属していた頃に突然モロス第一皇子に引き抜かれ、謁見した際に言われたことをよく覚えている。



 ——————————


「オルトゥス魔法師団第一師団大佐、ラミス=ノーリッヒで御座います。お呼び立てと伺い、参上いたしました」

「ご苦労だったな、崩して良いぞ」


 そう言われてラミスは最敬礼を解いた。

 ここは皇帝の在わす宮殿のすぐ隣、皇子の在わす館。2つあるうちの兄のモロス皇子が住まう一の館に呼ばれたのであった。


「ふむ、お前がラミス=ノーリッヒか。

 戦闘に於いて強力な魔力武器の開発及びユラントス危機の際に最前線での戦闘に従事し大佐まで昇進するも、以後は怪しげな魔法や呪文に傾倒し、半ば世捨て人として要職からは外れている。か、何をやったんだ?」


 ラミスは困惑していた。急に呼びつけられて何かと思ったらここ数年の生活をサラッと語られた、こんな昇進コースから転げ落ちたはぐれ大佐に何の用事だと言うのか。


「畏れながら、私めに何用でございましょうか?」

「そうだな、率直に聞こう。次期皇帝となる私の下で働く気は無いか?」

「次期皇帝……畏れながら、第一皇子であらせられるモロス殿下は、何が無くとも次期皇帝となる御方ではないのでしょうか?」


 そう言うとモロス皇子があからさまに不機嫌な顔になった。


 ――おや、機嫌を損ねてしまったか。


「お前は本当に世捨て人だったのだな。もはや皇位継承権は弟にある、あの愚かな弟がな」


 そうモロス殿下が憎々しげに宮殿の方を見たのでラミスは驚いた。

 皇子の住む為の館は生まれた順番に一の館、二の館とある。そして皇帝が住まうのが宮殿だ。

 そして今、モロス皇子が弟のローランド皇子の住まう二の館ではなく今の皇帝が住まう宮殿を見たということは、つまり弟もだが現皇帝陛下である父をも憎んでいるということだ。


「左様でございましたか、失礼な事を申しました。申し訳ございません」

「いや、気にしなくても良い。むしろ私が皇位を継承する為に、お前の力を貸して欲しくてな」

「私めの力をですか?」


 その後はモロスは自らの計画を語った。ラミスにとっては信じられないような話ではあったが、魔法師団の端くれとして、そして自らの野心がこの計画のために疼くのがよくわかった。


 特に伝説上の生き物とされる竜を使うと言うのに心惹かれた。よく皇都に出ていた頃は稀に竜を見ただのと言う者がおり、その時はそんな馬鹿なと思っていたが、そもそもそんな同じような話が何度も出てくるということはやはり竜が実在する可能性が何かあるのだ。噂話は煙のようだと言われるが、そもそも火が無ければ煙も無いのだ。

 そして最後にモロスはこう付け加えるのを忘れなかった。


「以上が私の計画だ、お前も参加するのであれば今以上の俸給と待遇を約束しよう。断れば……わかっておるな?」


 ——————————



 その"翼持つ獣"こと竜を発見、捕縛し、うわべだけの竜騎兵計画が始まったのはつい先日。先行して研究していた、モロス皇子の子飼いの研究員達から上がった報告がこの紙束であった。


 ――しかしそうなると、この土地を一度滅ぼしたのは竜であり、その竜を今度は味方につけようと言うわけか。

 ――壮大な話だ、心してかからねばならないな。


 とりあえずはこちらの研究機関でわかったことは、シナーク現地司令部付の協力者に伝えてあちらの研究も早めてもらおう。


 先月にリハルト公国が宣戦布告してきた時には肝を冷やした。早すぎると。

 ただその後は目立った攻撃は仕掛けてこない。一度竜騎兵計画の為の軍用列車が襲撃されたが、大方あちらの誰かが暴走したのだろう。どのみち竜を入れた檻と木箱には強い防御魔法を付与したので無事にあちらに着いたようなので問題ない。

 あとは適当にイグナス軍とリハルト軍で空の戦争でもやっていてもらえば良い、一応は戦争中なのだ。軽く戦ってくれないと逆に困る。


 *


 ラミスから報告があったその晩、モロスは鉱物関係を専門とする学者と共に自らの館の裏庭にいた。

 裏庭と言っても広さは領主の家の庭より広く、そこには椅子と机が設えてある"鳩ノ屋"と呼ばれるあずまやもある。


 まだ伝書鳩が広く交信手段として用いられていた頃、その鳩の世話や調教のための鳩師と呼ばれる者たちがいた。その鳩師たちが鳩を飛ばし、飛んできた鳩を迎えたのが鳩ノ屋だ。

 やがて役目を終えると鳩ノ屋を気に入っていた現皇帝の父が、この一の館の裏庭に同じような建物を作らせた。

 自ずと一の館に住んでいたライナスも使うようになり、物思いに耽る時や戦略を練る時は皇帝になってからもモロスが住むまで使っていたという。


 が、モロスはそんな事の為に夜に鳩ノ屋に来たわけではない。

 ややすると夜の闇に紛れて鼻まで黒い布で覆った男が現れた。


「――イグナス連邦、第一皇子、モロス殿下であられますか」

「そうだ。近衛兵は黙らせておいたがよくここがわかったな」

「――それが生業ですので。目の無い目で、耳の無い耳で、何処へでも行って見せましょう。それで、その"資源"とやらの実演をしていただけるのでしたな」

「そうだ。おい、やれ」


 そう言うとモロスと一緒にいた学者は提げていた袋から一粒の石を取り出した。その石は漏れてくる館からの光を受けてほのかに黄色く照っていた。


「これですか、噂に聞くカルァン石と言うのは」


 学者が取り出した黄色い石はカルァン石という鉱石で、発見は相当昔ながら使い道の無い鉱石として放っておかれたものだった。


「そうです。これは貴方様にこそ価値が見出せるものとして皇子から聞かされております。では、早速始めさせていただきます」


 そう言うと学者は鉄のトレーを取り出し、その上に小指の上に乗るほどの小さなカルァン石を置いた。そして自らの魔法でその石に火をつけた。


「ほう、火がつくんですかこれは。ですがこれを魅力的な資源と呼ぶには火力が弱い、そうでしょう?」


 カルァン石は着火して燃えているがあまりに弱々しい、今にも火は消えてしまいそうだった。

 モロスは腕を組んで黙って見ている。

 それを見た学者が説明を始めた。


「そうです。そもそもカルァン石が冒険家のカルァン=リッファルによって発見されたのは約100年前。その際には特に注目はされず、後の動力革命にも既に石炭があり、この硬さと火力の弱さから特に研究されることはありませんでした。

 ところが我々の研究によるとこれをですね……」


 そう言うと学者はおもむろに大きめのカルァン石を取り出し、それを桐とハンマーで強引に砕いた。そして砕いた破片の中で先ほどと同じくらいの大きさのものを拾い上げると、その破片に火をつけた。


 その後少しの間、鳩ノ屋の屋根に施された複雑な装飾が夜だと言うのにハッキリと見て取ることができた。

 だがそれを見る者は誰もいない。その場にいた3人とも、先程火をつけたカルァン石を見ていたからだ。


「これは……」


 その男は純粋に驚いていた。あの破片のような石ころがこんなにも燃えるのか、と。

 最初にこの話を提案された時に言われた「貴国の資源難を打開するものがある」という、ともすると胡散臭い話に縋って正解だった、あの文書にイグナス第一皇子の封蝋が無ければ間違いなくこの手の話は一蹴していたところだ。


「よく分かった。しかしこれを何故我が国に?」

「我が国としても大々的に掘り出したいのだがな。いかんせん炭鉱組合がうるさいのと、戦時中でそこまでの人員を割けないのだ。戦争が終わってからでも遅くないが、この情報は秘匿しなければならない。


 だがこの情報が何者かに漏れてしまってな、今その辺りはイグナス連邦軍の軍服を着た何者か・・・・・・・・・・・・・・・・に占拠されてしまっているのだ。掃討しようにも戦時中だからな。

 そこで貴方の率いる者達であればその採掘地を奪還し、保守できると考えて今回声をかけたわけだが…やってくれるか?」


 滔々と語るイグナスの第一皇子を見つつ、その男の頭の中では権益とそれによって生じる収入で頭がいっぱいだった。

 その男の祖国には資源が少ない、そしてあの黄色い石。男の肚は決まった。


「いいでしょう。ただもちろん採掘地を守った見返りはあるのでしょうな?」


 これこそが重要だと言わんばかりに男はモロスに尋ねた。


「当たり前だ。そもそもが非公式の依頼だ、報酬は弾むさ。そうだな……ノータス金貨を500枚と採掘場の権益の一部でどうだ? 金貨200枚は事前に、残りは成功報酬だ」


 ――流石は皇子殿だ、器も大きければ財産も山のようにか。換金して足が付きやすいイグナス金貨ではなくノータス金貨というのもわかってる。


 その男は静かにほくそ笑むとその提案を了承し、来た時と同じく音も無く去っていった。もちろん手には第一皇子の蝋印で封印をした依頼書を携えて。


 秘密裡の会合を終えて執務室に戻ったモロスは、もう遅い時間ではあったがラミスを呼びつけ今後の行動計画の指示をした。


「彼奴等はしっかりやってくれますかね?」


 ラミスは報告を聞くとそう言った。


「やってくれなきゃ困るさ、せっかくその為の人質も用意したんだ。ヨナク宗派の長、ヨナク=ナールファルトよ、上手く踊って上手く死んでくれよ?」


 そう言ってモロスは高笑いした。

 その様子を部屋の片隅で皇子の妻であるミラムは悲しげな顔をして見ていたが、モロスがそれを知るはずも無い。

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