第6話 狙われた幼馴染の家

 なんとかリハルト公国からの空襲を抜け出し、シナークの駅が見えた頃にはすっかり夜も更けていた。到着する予定の時間よりずいぶん遅れてしまった。

 だが駅の周りは何やらたくさんの人の叫び声やらで大騒ぎで、線路の上にまで人がいる始末。

 おかげでハーナストは最後尾の車掌車にいてもうるさいと思えるほど警笛を鳴らしに鳴らして、人混みの中をかき分けるようにして列車を運転していた。


 ウィルも窓からその光景を眺めていると、運転室との直通電話が鳴り出した。


「おいウィル、こりゃ一体何があったってんだろうな。空襲と言ってもシナークの方じゃないと思ったんだけども」


 電話を取るなりハーナストの大きい声が聞こえてきた。


「だと思うんですけどね。むしろあれはこの列車が目的みたいな雰囲気でしたが……」

「この列車が!? どうして! 空襲って言ったらもっと大きい街とか工場とか狙うもんだろ!?」


 ハーナストの言い分ももっともだ。飛行機が戦争に使われだしたのは遡ること約30年前、全く縁の無い外国で初めて飛行機が使われて、軍施設や工場の破壊に目覚ましい効果をあげたというのを学校で習った。

 だがそれだけにわざわざ敵国の空に侵入するリスクを冒してまで、狙いはこの列車だけと言うのも腑に落ちない。


 しかしウィルには違和感があった。

 イグナスに限って言えば飛行機は相当珍しい。リハルトがどの程度の技術力を持って飛行機を運用しているのかはわからないが、もしイグナスと同じ程度だと言うのならここまでリスクの高いことをするだろうか。


「いや、自分もわかりませんよ。なんせ車掌室にだって散々撃ち込まれたんですし……でも彼らも見た感じでは空襲から避難してきたようにも見えますし、いずれにしても駅に着かないと何もわかりませんよきっと」


 所詮は素人の考えることだとその疑問を振り払うと、ウィルは電話越しにそう返した。


「それもそうだな。おっと場内進入許可ヨシ、シナーク停車」


 電話は切れた。気が付くともうそろそろ停車だ、ウィルは車掌車の手回しブレーキに取り付いた。

 ようやく列車を止めて色々と確認するべきことを確認した後、さて詰所へ何があったのか聞きに……と思ったのもつかの間、列車はいつのまにか兵隊に包囲されてしまっていた。


「ユルグ=ハーナスト! エルストス=イルカラ! 此度の荷物の運搬、感謝する!

 今現在この付近は皇命により非常戒厳措置が発令されている! 所定の手続きの後、速やかにこの周辺から離れていただきたい!」


 機関車の中にまで聞こえてくるような大声で何やら軍服に身を包んだ人が叫んでいる。あの軍服はオルトゥス魔法師団のものだ、皇都で見たことがある。となると何か大きい声の出せるような魔法を使っているのだろうか。


「言ってることがメチャクチャでよくわからんが、とにかくここに長居するなってことらしいな。俺はとりあえず機関車を車庫に入れたら詰所に行って事情を聞いてくる、ウィルはどうする?」


 再び鳴った電話を取れば、ハーナストの怪訝そうな声が聞こえてきた。


「自分も詰所に行きます。まったく、訳がわかりませんよ……」


 そう言うとウィルは電話を切って、必要な書類を持って機関車を降りた。ハーナストは機関車を車庫に入れなければならないので「後から行く」と言っていたのでまだ作業をしているはずだ。


 詰所の方へ少し歩いてからふと列車を振り返ると、機関車の次の貨物車から何やら巨大な木箱が出てくるのが見えた。よくよく見ると封印の紙に魔法陣が書いてある。


 ふと魔法にやたらと凝ってる幼馴染が、簡単な魔法陣を組んで封印した箱を見せてくれたことを思い出した。紙で作った箱の形をしたものぐらいの代物だったが、絶対に壊れないというので遠慮なく焚火に入れたり池に投げたが、燃えたり濡れたりするどころか傷一つ無く驚いた記憶がある。なんでも強力な封印を施せば、大砲を打ち込んでも大丈夫なのだそうだ。


 もちろん普通は荷物の木箱にそういった魔術的な封印など施さない。そこまで頑丈な封印をする必要のあるものなど普通はこんな警備もしづらい貨物列車では運ばないからだ。現に空襲も受けている。


 仮にそこまで重要なものならば通常の貨物列車では運ばず、装甲車両付きの軍用列車を走らせるか、もしくは厳重な警備付きで街道を行くのが常識であった。

 それだけに目立つ物だったのであれはなんだと見ていると、目敏くそれを見つけた兵士にさっさと行けと手を振られてしまった。


 ――はいはい部外者は立ち去れってね、俺は何を運んできたのやら。とりあえずナントカ措置だが知らんが事情がわからん。何があったんだ?


 詰所に入ると中も騒然としていた。近くの上司を捕まえて話を聞くと、昼過ぎに皇都から突然沢山の兵隊が来て「戦時中であることを鑑み、国防の拠点となるシナークは第一皇子の命により"非常戒厳措置"を発動する」とか言われたのだという。その後は軍事列車の準備やら臨時ダイヤの準備、そして空襲もあって上へ下への大騒ぎだったらしい。


「おうウィル、なんか大変だったみたいだな」


 そう声をかけてきたのは同じタイミングでハーグ鉄道公団に入った旅客車掌を務める友人のネスだ。


「おう、ネスか。こっちは空襲は大丈夫なのか?」

「それは大丈夫だ、何がしたかったんだか。だがな、当面はシナークの沿岸部が軍事拠点になるらしい。旅客列車も一般貨物も大減便だそうだ。若造には仕事無さそうだぞ?」


 そう言うとネスは壁に貼ってある勤務表を指差した。ウィルも勤務表で次の仕事を確認したところ、次の翌々日にあった貨物列車の乗務がバツで消され「未定」と書いてあった。ちなみにハーナストは、明日の皇都行き貨物列車の仕事の後は空白になっており、ネスも明日以降が未定と書かれていた。


「これじゃ仕方ないな、一旦家に戻って束の間の休息かな」

「そうだろうな、俺も今日は遅いし帰るよ」


 そう言ってネスは詰所の近くに借りているという家に帰っていった。給料出るのかなぁという切ない呟きとともに。


 ウィルの家はシナークの町でも貨物駅とは反対側の外れの方にあり、家へは町の中心部を突っ切るようにして向かうことになる。

 数年前に育ての親を亡くしたウィルは今は一人で暮らしているので、普段はその帰りがてら食材や日用品を買って帰ったりするのが日常だった。田舎町ではあるが港があり、そこそこに栄えているので困ることもない。


 だが今日に限っては買い物などという悠長な事は言っていられなかった。

 いくら夜遅い時間だとはいえ目抜き通りなのに賑わいは無く、代わりに数組の兵士が銃を持って歩いていた。もちろん時々帰りに夕飯を食べて行く馴染みの麺屋の屋台も無い。


「そこ! 今は非常戒厳措置が発令されている! 民間人は夜間外出禁止だ!」


 3名ほどで並んで歩いていた兵士に突如呼び止められた。


「仕事帰りなんです、家に帰るぐらいはいいでしょう!」

「だがそっちの方は…いや、わかった。とにかく早く家に帰れ」


 半ばヤケになってなって返事をすると、呼び止めた兵士が踵を返して巡回に戻る。それを見てウィルも早足で家路を急いだ。夜間外出禁止? そんな事言われなかったし、そうならそうで立札でも出しとけとかぼやきながら。


 街中を抜けてもう少しで家に着くという時、遠くの方で何やら怒鳴りあってる声が聞こえた。喧嘩自体は珍しい事ではないが、人の喧嘩に首を突っ込むほど馬鹿らしいことは無いので普段は無視して通り過ぎるものだ。

 しかしその声が聞き覚えのある声だったので、ウィルは思わず走ってその声の主のところへと急いだ。


「メルー! これは一体何がどうなって……」


 メルと呼ばれた女性は一瞬顔を明るくしてウィルを手招きした。


「ウィル! ちょうどよかった! 大変なの!」

「誰だお前は! この辺りは非常戒厳措置により夜間外出禁止令が出ている! 民間人は速やかに帰宅せよとの触れが出ているはずだ!」


 メルと言い争っていた人もウィルを見て怒鳴り声を上げた。恐らく軍人だろう。


 ――誰だあいつらは、兵士か? しかも10人ぐらいはいるな。

 ――夜間外出禁止令と言ったな、どういうことだ。何が起こってるんだまったく……


「あの人は関係無いでしょ! それよりなんで私たちが出て行かなくちゃならないの!? 私だってトバル家の者なんだから理由ぐらい教えてよ!」


 そう言ってウィルに誰何してきた兵士に食ってかかってるのが、メルことトバル=メルーナ。ウィルの家の辺りを含んだボルサ氏族領トバル氏族分割区を統治するトバル家の娘であり、ウィルの幼馴染だ。


「これはモロス皇子から直々に渙発されたものであるぞ! 逆らうならば叛逆罪として縄を打つことになるぞ!」

「カンパツだかなんだかそれはわかったから、出て行かなきゃならない理由を教えてって言ってるの! それとも何かやましい事でもあるの?」


 相手が誰であろうと御構い無し、納得できなければ食ってかかる。メルの良いところでもあり悪いところでもあった。但しこの場合は後者だ。


「小氏族の娘が生意気な、民間人は黙って命令に従え! わかったな!!」


 怒鳴っている兵士が本当に偉いかどうかは知らないが、とりあえず偉そうにしている態度は否が応でも腹が立つ。メルも負けじと言い返していて水掛け論のようになっていた。


「あの兵隊さん、その出て行かなきゃならないのはあっちの方の家もですか」


 そう言ってウィルは怒鳴り合いに割り込むと、家の方を指差して言った。このままでは埒があかないし、自分にも関わりのある事だからだ。


「当たり前だ。お前の家は向こうの方か?ならもう取り壊されてるはずだぞ」


 メルと喧嘩していた兵隊は怒気を孕んだ声でそう言い捨てた。


 ――取り壊されてる? 取り壊されてるってどういう事だ?


 言葉の意味がわからずその兵隊を改めて見ると「しまった」と言いたげな顔をしている。どうやら言わなくていいことまで言ってしまったらしい。


「取り壊されてる……ってどういうことですか、さっきから話を聞いてるとこの辺りから出ていけってことみたいですね。では私はどこに帰ればいいというのですか?」


 ウィルも貨物専務車掌とはいえお客様相手の商売だ。多少は理不尽だったり横暴な人には慣れているので、内心の憤懣を押さえつつ努めて冷静な口調で聞き返した。

 だがメルはそうもいかないようだ。


「さっき『すぐ戻ってこれる』って言ったじゃない! なんで家を壊す必要があるの? 本当に戻って来れるの!?」


 感情に任せて言っているが、それは全くごもっともだ。人の家を無断で壊した? 壊された家の人はどこへ帰れと言うのだ。


 ――まさかあの避難民……この横暴の被害者か?


「五月蠅いぞ! 民間人が我々軍人にたてつくとは何事だ! これは勅命だぞ!?」


 そうとまで言われたらさすがにウィルも怒る。出て行けと言われて家まで壊されるなんて冗談じゃないと言わんばかりに口々に反論していると、その兵隊もとうとう痺れを切らしたようで、


「ええい喧しいわ!! おい! コイツら2人を拘束して侮辱罪と叛逆罪として牢に入れておけ!」


 と部下と思しき他の兵に命じた。そして汚れた物でも見るような目で「まったく、畏くもモロス皇子からの勅命に逆らうとはここの住民は無礼な奴が多いな。天子様の御威光はこんな辺境の地にも届いてる筈だろう?え?」と吐き捨てる。

 そしてウィルとメルを一瞥すると、メルの家の中にずかずかと上がり込んでいってしまった。


「ちょっと! 勝手に人の家に入らないでよ!」


 メルはまだ気丈にも怒鳴り声を上げていたが、すぐに近くの別の兵士に羽交い絞めにされて捕まってしまった。流石にメルも悔し涙を目の縁に溜めている。

 ウィルもあまりに理不尽すぎる仕打ちに怒り心頭だったが多勢に無勢だった、これではどうすることもできない。


 街の公務官に何か罪を犯して捕まると、公務署の中にあるという牢屋に入れられる。だが軍に捕まったらどうなるか。一部では私刑が横行してるとも聞いたことがある。無事に戻れるか、そもそも生きて戻れるかの保証はない。そしてこの理不尽を訴えることもできないのだろう。


 とうとうウィルとメルとに縄が打たれ連行されようとした瞬間、夜闇を裂くような鋭い音がして誰もが反射的に音のする方を見た。それは空から聞こえてきたのだ。

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