アヴァター・ボット(3)



「ミッキー、あの子……」

「トマス君のこと?」


 一日の仕事を終えて二人の部屋に戻ると、ミッキーはリビングのテーブルの足下にバックパックを置いた。リサがコーヒーを淹れてくる。


「エレメンタリー・スクールでは、高学年の児童に職場見学を推奨しているんだ。うちは協力施設だから、ときどきやって来るよ」

「分身ロボットって言うの? あれ」


 リサが口ごもると、ミッキーは不思議そうに彼女を眺め、それから頷いた。


「AIが制御するヒューマノイド(人間型ロボット、アンドロイド)ではなく、生身の人間が運転するボットだよ。拡張型Brainブレイン-machineマシン・ Interfaceインターフェイス(BMI)の一種だね」

「ええと……?」


 ミッキーはすらすらと説明したが、リサは混乱して眉をくもらせた。ミッキーは彼女からコーヒーを受け取り、ソファに座るよう促した。


「一般に普及しているロボットは、殆どAIに制御されている。うちのお掃除ロボットも、洗濯ロボットもそう。街の無人タクシーや動く舗道ムーヴ・ロード、警備ロボットもそうだね」

「そうね」

「BMIでは、生身の人間が機械を操縦する。大脳皮質や脊髄神経に接続したコンピューターが、本人の意思に従って機械を動かすんだ。トマス君のあれは遠隔型で、作用端末には動きを補助する最低限のAIしか組み込まれていない。操縦者を、おれ達はパイロットと呼んでいる」


 ミッキーはコーヒーをブラックのまま口に運び、満足げに微笑んだ。リサはつられて微笑んだものの、釈然としなかった。


「えっと……目的は?」

「目的? AIに任せず、人間が操縦する理由?」


 ミッキーはあくまで穏やかだが、リサはおずおずと頷いた。瞳をきらきら輝かせてウサギを撫でていた少年の気持ちを傷つけたくはないのだ。ミッキーは彼女を面白そうに見返した。


「AIに任せられる機能には限りがあり、人間ほどの臨機応変さや機能の多様さは望めないからね。トマス君の場合は、パイロットの体験を尊重するため、かな」

「体験?」


 ミッキーはコーヒーカップをリサに預け、テーブルの上を片付けた。読みかけの雑誌やタブレット端末、お菓子の箱などを隅に置き、背をかがめてバックパックを開ける。緑色の保護シートに覆われた固まりをみつけ、リサは瞬きを繰り返した。

 ミッキーは説明と作業を同時につづけた。


「個人用の分身ボットは、パイロットに体験させるためにあるんだ。トマス君はあれを操縦して学校に行き、友達と一緒に授業を受けスポーツをする。同じものを食べて会話を楽しむ。職場見学に行き、初対面の大人と話すのも体験だね」

「VR (Virtual reality) で良くない?」

「VRでは決まったパターンの視覚と聴覚情報しか体験できないよ。味や匂い、温度やふれた感触は分からない。病室にいる彼が、リアルタイムに社会とコミュニケーションをとるのが目的なんだ」


(不特定多数ではなく、トマス君のためのロボットなのね)リサは納得して頷いた。いずれ治療を終えて退院する少年が、あらかじめ友達をつくり、経験を積むためなのだろう。

 それからリサはミッキーの作業に注意を戻した。自動で開閉する保護シートのなかから古びたロボットが現れたので、眼をしばたいた。


「どうしたの? これ」

「基地の外で回収したんだ。たぶん、これもアヴァターだよ」

「分身ロボット? これが?」

「大昔のね」


 ミッキーは傷だらけのロボットの表面を、いたわるように優しく撫でた。まるい耳の付け根から短い首のくびれ、背中から小さな尾へとすべる手の動きを見守り、リサは首を傾げた。


「トマス君のと、ずいぶん違うのね」

「開拓初期の観測所跡に埋まっていたんだ。二十二~三世紀頃のものかもしれない。当時の技術では、トマス君なみの端末を作るのは無理だったろうね」


 彼が再び工具を取り出したので、リサは唖然とした。ミッキーは鼻歌でも歌いそうな口調だ。


「地球人が月へ有人ロケットを飛ばせるようになったのは、二十世紀末だ。二十一世紀にようやく民間宇宙船や無人探査機が環境調査を行い、基地の建設を開始した。地下空間にドームを建設して人が暮らせるようになったのは、二十二世紀後半だというよ」


 ロボットのとれかけていた片腕を外し、丁寧に分解をはじめるミッキー。料理をしているときと劣らず楽しげだ。


「当時、地球から『分身』を送ることが流行したんだ。カメラと記録装置をいれた簡単なものだけどね。月や火星へ行く人が、地球に残る人の代わりにそれを連れていく。基地で過ごした記録を通信で送り、地球でそれを受け取った人はVRで追体験するという奴だよ」

「ああ、だからこんなに小っちゃいのね」

「重量によって輸送費が全く違うからね。分身を送れたのは、ごく一部の富裕層だけだったそうだよ」


 言いながら、外した部品をひとつづつ保護シートの上に並べていく。「動力は光電池かあ」とか、「けっこういいカメラを使っているな」などと感嘆の声をあげるミッキーを、リサは感心して見守った。


「これ、クマ?」


 ミッキーはリサを見上げ、にやりと笑った。


「おれも最初はそう思ったんだけど。コアラじゃないかな」

「コアラ? えっ?」


 リサは栗色のひとみを大きく見開き、ロボットの顔を凝視した。眉間に皺をきざむ。


「無理じゃない? ネズミのようにも見えるわ」

「ネズミかあ。うーん……」


 ミッキーはぽりぽりと頭を掻き、ロボットをテーブルに置き直した。リサは軽く溜息をついた。


「残念ね。ぬいぐるみみたいに、もっと可愛ければ良かったのに。トマス君のロボットもだけれど、ねえ、どうしてそっくりにしなかったのかしら?」

「え?」


 ミッキーは、ぱちくりと瞼を動かした。


「分身ロボットなのだから、トマス君そっくりにしてあげれば良かったのに。そう作る技術はあるんでしょう?」

「……ああ」


 ミッキーの頬に理解がうかび、肩の力が抜けた。分解のすすんだコアラ(?)を眺め、やや寂しげに頷いた。


「勿論、当時も技術はあったし、アヴォット(R)の外見をパイロットに似せることは出来るよ。でもそれは、敢えてやらないんだ。必要とする人のために」

「敢えて?」


 リサは声をひそめた。彼が何か大切なことを言っていると気づいたのだ。

 ミッキーは長い睫毛を伏せ、夢見るように呟いた。


「現在生きている人や、死後三百年経っていない動物に似せたAIやロボットを作ることは、二十二世紀に禁止されたんだよ(注③)。『存在の唯一性』を守るためにね。……その。人にはピュグマリオンの傾向があるから」

「ピュグマリオン?」


 繰り返すリサに、ミッキーはおもむろに頷いた。





~(4)へ~

(注③)フィクションの設定です。

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