第24話 夢
『他人の苦労もわからない可哀想な人間だ』
いつの日か自ら口にしたその言葉が、眠れない頭を巡りかき乱す。
仕事とは、労働の対価として賃金を貰うのだから、他人と会うのが必須条件だ。それが電話越しか画面越しか、はたまた直接かの違いはあれど。
学生のアルバイトなど、殆どが水商売だろう。そうなれば接客は当たり前。
十人十色。いい客がいれば嫌な客もいる。
さっきの言葉は高校生の頃、とある飲食店で働いていた時の言葉だったか。仕事で理不尽な事があると、呪文のように口にして、あるいは縋っている。
今は怒りの感情より疲労感が優っているせいか、それともただの慣れか、当時のように声を荒げたりはしない。
ただ、拭えない不快感だけが居座ってる。
当時は金に困っていたし、仕事なんて選ぶ余裕などなかった。もう2度と、飲食店などやろうと思わないが、給料を倍出すと言われたら、考えなくもない、悪くないバイトだった。
だから、僕はしばらくバイトを続け、高校卒業とともに辞めた。飲食店の接客は向かないとわかったからだ。
では何故コンビニのアルバイトを続けているのかと言えば、一番身の丈に合うと思ったからだ。客を丁寧にも雑にも扱わず、作業と接客の塩梅が僕に合うと思ったからだ。
コンビニは色々な人が来るから、客の当たり外れにばらつきがある。働いてて気がついた事の一つだ。
人それぞれの個性を直に、そして老若男女、広い世帯で触れられるこの経験は、何気に貴重だろう。労働の副産物としては上々だ。
まぁ、様々な人と関わる事自体が楽しいと思う神宮寺のような人間は、また違ってくるのだろうけど。(僕はシフトの融通さや、慣れ親しんだ業務という理由でバイトをしているが)
兎にも角にも、いい夢は見れそうにないって事。
「今朝さー、変な夢見た」
「どんな?」
「兄貴がパンツをおかずにブラ食ってる夢」
「………………………」
なんちゅう夢見てくれてんだ。名誉毀損も甚だしいぞ。
「………食事中なんだけど」
「で、やった事ある?」
「あるっつったらヤベェだろ……」
後輩のパンツを握させられた事ならありますが。
「だよねー。童貞拗らせすぎて開き直ったかと思った」
「万が一童貞だとしても、そんな開き直り方しないし特殊な性癖もない。そもそも童貞じゃねぇ」
「え?……いつ卒業したの?お相手は?」
「実の妹に言えるわけないだろ!」
なんて下品な会話をさせてくれるのでしょうか我が愚妹は。作ってもらったのに失礼だが、不味くなるからやめてくれ。
「でも彼女いないんでしょ?って事は元カノ?いやセ○レ?写真とかないの?」
「しつこい」
興味津々すぎて怖い。
一人暮らしだと食べないランキング上位の焼き魚を箸で割って口に運ぶ。
「そーゆーお前はどうなんだよ?彼氏とかいないのか?」
こういう話題を振られたら、こう返すのが定石だろう。カウンタートラップ発動。
「え、ウザ」
「お前なぁ……」
「実の妹にそれ聞く?頭おかしいんじゃないの?」
「お前さぁ……」
頭痛くなってきた。おかしいわマジで。
夢とは睡眠中の記憶整理で生じる観念と定義している現代。その定義に基づけば、似たような記憶や経験があるのだろう。
つまり妹はパンツをおかずにブラを食べてる人間を、フィクション現実問わず観測したという事になる。僕、超理不尽。
「やめよ?こんな傷つけ合うだけの争い」
「同感。本日9時15分にて、第三次世界大戦の終止符は打たれた」
「規模ちっさ」
「最後に芸能人だったら誰似かだけ教えて」
「同感の意味辞書で引け」
「オッケーGoogle、同感って何?」
「……ほんといい性格してる」
「ありがと」
「………………………」
皮肉のつもりですが。
てか、露の発言で気づいたけど、もうこんな時間なんだな。
喋るのに気を取られて進んでいない箸を急ぎ足で走らせ、鮭の切り身を平らげる。白米と卵焼きも放り込み、それをインスタントじゃない味噌汁で流す。
「今日この後学校行くしその足でバイト行くから、それまでには帰れよ?」
「泊まっちゃだめ?」
「ダメ」
「ちぇー」
手を合わせて食べ物と料理人に感謝を評し、とりあえず水につける。出る前に洗いたかったけど、そんな時間はなさそうだ。
「洗わなくてもいいけど洗ってくれると助かる」
「じゃぁやらん」
「でしょうね」
着てた衣服を脱ぎ捨て、ハンガーにかかったTシャツを適当にひったくり袖を通す。もちろんズボンも履いて。
パソコンと筆記用具とルーズリーフと……忘れ物がないかだけ確認して靴紐を結ぶ。
「鍵どうすん?」
同じように食器を冷やかしてくれている妹の問いにハッとする。
「あー、………悪いけど帰る時、届けに来てくんね?バイト先まで」
「いい加減合鍵くれよー」
「渡したら住み着くじゃん」
「そうだよ」
なんで自慢げなんだこいつ。
「おはようございまー…………、何すんだお前」
「びぇぇぇ…………。じぇんば〜い。だじげでよぉ……………」
「………なんなんすかこれ?」
レジにもスタッフルームにもいないから、さてはと思い入ったバックルームは大当たりで予想外。
あと数分で上がりのパートおばちゃんにべったりくっ付き、挨拶と労働時間が終えた事を知らせに来ただけの僕を見るや否や、狩りをするライオンのように飛びかかる神宮寺。状況がわからん。
「神宮寺ちゃん、今朝嫌な夢をみたらしくってねぇ。
あー、なるほど。……いや、わからん。
未成年の高校生とは言っても大人じゃん?そこそこ年齢重ねてるよね?てか今もう夕方。すごい時間経ってる。
「……にしたって泣きじゃくるほどじゃないでしょ。しがみつかれちゃ僕着替えられませんし、ついて来られると軽犯罪なんですが」
あと僕のズボンに涙と鼻水を垂らすのやめてくれ。
「だっで、だっでぇこ゛わ゛い゛ん゛た゛も゛ん゛!じょうがないじゃん!!!!」
「とりあえず鼻水拭け」
鼻水を垂らすのが許されるのは風邪の時と小学低学年までだ。
「ズビビビビビビ…………」
鼻をかむ音がおっさんか赤ん坊のそれなんだが、女子高生だよなこいつ。
「てか神宮寺ここまで来たんですよね?一人でここまで来れるならバイトに支障はないと思いますが?」
「来る時はお友達がついてくれてたのよ」
「……………………」
夜中にトイレいけない子供みたい。ほんとに高校生だよなこいつ?
「並河くん今日もシフト一緒でしょ?ついでで悪いんだけど面倒見てくれるとおばさん嬉しいわ」
「……………わかりました、なんとかします。なんとかしますんでその前に………」
腕を組んでガッチガチにホールドする神宮寺の頭を引っぺがして、
「着替え終わるまで変わってくれませんか?」
捨てられた子犬みたいなウルウルビームを目から放つ神宮寺をパートのおばちゃんに預けて、スタッフルームへと逃げ込んだ。脱いでみるとズボンには、お漏らししたような跡が残ったので、ロッカー内で軽く干すことにした。帰る時までに乾いてますように。
いつも以上に迅速に着替えを終わらせると、神宮寺はタイムカードを切る音でドアを開けてきた。
その後は人見知り期に入った子供のようにべったりとくっついて来た。
「わ、笑わないでくださいね……」
そんなに怖い夢を見たのかと、怖いもの見たさに似た興味が湧き、特にやることがない暇な時間に、暇つぶしがてら神宮寺に聞いてみると、
「………下着を食べられる夢…………」
「………………………………………………」
え、何?集団催眠?
僕は男なので完全な理解は無理だけど、セクハラめいた本当に怖い夢ではあるが、何故だろう。生理的恐怖とは別の恐怖が走った。
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