第2話 切っ掛け

 そして事件は起きた。


 今日は大学が4時限目まであったので、そのままバイト先のコンビニに直行し、レジにいた店長に会釈してスタッフルーム入った。


 制服へ着替え、タイムカードを切り、何となくシフト表を見た。


神宮寺じんぐうじとか………」


 それが悲劇の始まりだとは思っても見なかった。


 僕は店長と入れ替わりで、神宮寺はパートのおばちゃんと入れ替わり。上がりも一緒らしい。


 労働時間前だけどタイムカードを切っちゃった訳だし、バックヤードにでも行って飲み物の補充をしようかと思い、スタッフルームのドアを開けようとしたら、勝手に開いた。


 つまり、神宮寺と鉢合わせした。


「…………おはようございます」

「おはようございます先輩」


 もう夕方だけど、お決まりの挨拶をする。


 ところで。


 基本的にバイトの制服は下に着て来るのがいい。何故ならコンビニのスタッフルームは男女混合で、女性が着替えるには適さないから。男は構わんが、女子おなごは気にするもんだろ。


 しかし、神宮寺は学校の制服のまま来た。


 だから僕はさっさと出ようと、神宮寺を避けてドアノブを握ろうとしたら、神宮寺がディフェンスしてきた。カバディカバディ、と。


「「…………………………………………」」


 前々から奇行が目立つ彼女だったが、ついに着替えを見せつける露出狂へと転職したとは………先輩は悲しいです。


「………………あの、神宮寺さん。……退いて頂けませんか?」

「嫌です」


 すっごい笑顔。


 大きな瞳がわからないぐらい目を細くして、にんまりと笑っているのだ。


 そしてそれを俺に向けてるのだ。


 嫌な予感しかしないのだ。


「先輩。話があります………」

「な、なに……………」


 なんでドアを閉めるんだい?聞かれちゃ不味いんかい?服忘れたんかい?またコーヒーマシンでもぶっ壊したのかい?発注ミスったんかい?


 一緒に謝ってやるからとりあえず退こうかと、口に出すことすら許されず、じりじりと寄ってくる後輩に押され、壁際まで追いやられる。


 ちなみに、我がコンビニのスタッフルームの壁際には、パソコンがある。監視カメラの映像が映ってる。


 これではまるで、監視カメラ用のパソコンで如何わしい画像を見ていたのがバレたみたいだ。確かに背中でパソコンを隠してるが、断じてそんな事はなく、危険を察知して距離を取ろうと思っただけなのだが………。


 重苦しい空気の中、神宮寺が口を開く。


「先輩!!我が組織に入ってください!!」

「……………は?」


 ポク。


 ポク。


 ポク。


 チーン。


 10秒経過。


「は?」


 意味がわからなかった。


「……………なんて?」

「だから私の組織に入団してください」

「それが意味わかんないんだけど?」

「そのままの意味ですよ?」

「余計わかんねぇよ」


 ………僕が会話してるこいつは果たして人間か?


 使ってる言語は日本語で間違いないよな?


 先ほども言ったが奇行の絶えない後輩だったが、とうとう頭がおかしくなったらしい。


 組織?何言ってんだこいつは。


 少年ジャ○プに憧れた子供の作る秘密結社か、仮面ラ○ダーに憧れたヒーローごっこか知らないけど、僕は興味ない。ジャ○プはワ○ピースすらちゃんと読んだこと無い。銀○はもっと無い。


「…………………よくわからんが断る。宗教の勧誘なら他を当たってくれ」


 当然のように断ったら(断らない奴はいないと思うんだが)やはり神宮寺はムスッと頬を膨らませて、口をへの字にした。フグみたい。


「どうしても入らないつもりですね」

「入る理由も興味もないからな」


 訳もなく危ない橋は渡らん。


「チッ。では最終手段といきましょう……」

「………最終手段?」


 最終も最初もなかったんだが?てかこれで諦めてくれませんかね?


 土下座でもするのかと思いきや、神宮寺はスマホを取り出し画面をポチポチ。


 そしてタイムカードの機械の横に置いてあるティッシュ箱を手に取り、ティッシュが飛び出てる隙間にスタホをぶっさす。


「………………何やってんの?」


 奇行に奇行を重ねる後輩に軽い恐怖を感じながらも、今のうちに逃げようとドアノブに手をかけた時だった。


 そこからが本番だった。


 繰り返すようだが、神宮寺も高校からそのまま来たので、もちろん高校の制服だ。ブレザー、シャツ、リボン、スカート、ハイソックス、ローファー。


 神宮寺はそのスカートの中に自ら手を突っ込み、を掴んで両サイドから一気に下ろした。


 前屈姿勢になっている神宮寺を見てもちろん「体柔らけー」なんて呑気な事は思わない。


 思わず声に出して言った。


「何やってんだ!?」


 まさか後輩がマジの露出狂だとは思わず混乱したが、こんなのは序の口。


 くるぶしの間まで降りてきた白い布を、パンツを、片足ずつ器用に外して手に持つ。


 野球ボールのように丸めて右手に持ち、野球選手のようなフォームを構える神宮寺。


 振りかぶってー、


「オラァァァァァッ!!」


 投げた!


 飛んできた!


 掴んだ!


「ギャァァァァァッ!!」


 鳩尾みぞおち目掛けてとんできたから、危機回避として掴んだはずなのに、自ら危険を犯してしまった。


 パンツには僕の指紋がベッタベタだ。もしこの状態で写真でも撮ろうものなら一発牢屋行き。少なくとも僕の人生は終わるだろう。


 いや、待て。さっきあいつ、スマホ構って置いてたよな、ティッシュの隙間にぶっさして。こっち向けて………。


「……………ちょっと待て、それって……」

「大丈夫ですよ!今録画止めたんで!」

「それは問題じゃないっ!!」


 録画してたって事じゃねぇか!バッチリ映ったって事じゃねぇか!犯罪の証拠出来ちゃったって事じゃねぇか!


 いや、待て。落ち着け、大丈夫だ。


 そうだ。来た時に録画を開始したわけだ。なら神宮寺が自分で脱ぎ、投げる所もバッチリ映ったはずだから、無罪は証明できる!


「大丈夫ですよ!動画を写真にして、それっぽく加工するんで!」

「何がどう大丈夫なんだよ!」


 なんでこんな事になるんだ。意味がわからない………。いや、一度だって神宮寺の奇行に理解出来たことは無いけどさ。


 コンコン。


 ノックの音がして、ギギギとドアが開いた。


 僕は慌てて握ってるブツを背後に隠して、軍隊の敬礼ごとく姿勢を正す。


「だ、大丈夫?さっき悲鳴みたいなのが聞こえたんだけど?」


 心配そうな顔をして入ってきたのは店長。


 さっきレジ打ちしてたもんね!何事かと思うよね!男の悲鳴だもんね!


「あぁ、えっと、大丈夫です……」

「はい。虫が入ってきて驚いただけです」


 その嘘は無理があるよぉ。僕も全然大丈夫じゃないよぉ。


「そ、そう?ならいいんだ。あまり大声出さないでね?お客さんもびっくりしちゃうから」

「はーい」


 返事だけは良い子ちゃん。


 パタリとドアが閉まると、「ぬふふふふ」と変な笑い声を上げて鉢合わせした時以上に笑顔になって、神宮寺が僕を見る。


 そして動画を一時停止して、写真に加工するであろう場面を表示して、脅迫する。


 そこは女性の下着を握ってカメラを見る、目つきの悪い男子大学生が映っていた。


「先輩。我が組織に入ってください」

「…………………うぅ……」


 人生で初めて脅された。しかも後輩に。手塩はかけてないけどそこそこ苦労して、面倒を見ている後輩に、パンツを投げられて、脅された。


 人生初。パンツ脅迫。二度目がない事を祈る。


 その後のレジ打ちでは、決まった時間にコーヒーを買いに来る常連客に「大丈夫?」と言われた。


 大丈夫じゃない。全然。


 レジ横に置いてあるチロルチョコを一個奢ってもらったが、20円の駄菓子では釣り合わん。しかも神宮寺が食ったし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る