第16話
「ところでこの恰好、誰に揃えて貰ったんですか」
わたしの服を弄っていたフレイルくんが、ぼそりと呟いた。
なにやら言葉に棘を感じる。
「エールくんだ。彼は手先が器用でな。ハットくんが持っていたこの服を仕立て直し刺繍まで施してくれたのだ」
一日で準備してくれたふたりには感謝しかない。
「へぇ、あの、エール、くん、ですか」
体ごと向き直ったフレイルくんがわたしの髪に触れた。
はじめての事に、わたしの顔のしまりが自然熔けてしまった。
「あの、アレク様が、好きになりかけた、エール、くん、ですか」
「あ、ああ」
「…エールくんは、好きになりかけたハットくんと付き合ってるんでしたっけ?…服はハットくん、のですね?」
フレイルくんが指先で肩の飾りを突いた。
横顔しか見えないが、目付きが鋭いのが分かった。
「なるほどなるほどです。ふーん…なるほどです。ふれてととえてあつらえて、なるほどです…くそっ、これだからファン騎士は厄介なんだよっ傍にいつもいやがってっ…それに薬師もおかしいだろっふつーアレク様好きになんだろっでも取られなくて良かったっ…」
最後のほうがよく聞き取れなかったが、わたしはフレイルくんの反応にハっとした。
「フレイルくん、まさか」
「な、なんですか…っ」
気まずそうに俯いてから、フレイルくんはわたしの肩に顔を埋めてしまった。
「フレイルくん…わたしの話を、ずっと聞いていてくれていたんだね…」
わたしは嬉しくなってフレイルくんを改めて抱き締めた。
愛おしさが増す。
天井知らずだ。
あんなに素っ気なかったのに、ちゃんとわたしの話を聞いていて、しかも関係性まで覚えてくれただなんて。
わたしは、しあわせものだ…。
「あ、れく、さま…ごめんなさぃ…好きです…だいすきですぅ…」
「ああ、わたしも大好きだフレイルくん」
少しだけ離れ見つめ合う。
真っ赤な顔をしたフレイルくんが、わたしをずっと見つめてくれている。
嬉しくて、たまらない。
彼を抱き締め上空へ舞い上がりたい。
翼を痛めているので駄目だった。
なにか、気持ちを、この気持ちを伝えたい。
そう思ったわたしは、人間のある習慣を思い出した。
「フレイルくん」
「はい…」
「キスを、してもよいだろうか」
フレイルくんが僅かに目を見張った。
性急すぎただろうか。
けれど口付けたい。
唇でなくとも、別のところでも、おでこでも。
敏感な器官で、フレイルくんに触れたい。
愛情表現を、したい。
「あれ、くさま…ぁ…して、くださ、い」
フレイルくんがそっと目を閉ざした。
「キス、したいです、俺も…」
そして口付けしやすいように顔を上げてくれた。
「フレイルくん…愛してるよ」
わたしはそっとキスをした。
柔らかくてお酒の味がした。
けれど一度知ってしまったら、夢中になってしまう。
ふれあいことの偉大さに、涙が滲んだ。
何度も何度も唇を押し付け、時に軽く吸い、舌を忍ばせた。
同じ唇を重ねているだけなのに、同じ感覚は二度と生まれないのが不思議だ。
「フレイルくん…」
「は、ぃ」
唇を少し赤くさせうっとりしているフレイルくんに、わたしは告げる。
「人間の、愛の営みも、したい」
フレイルくんは首筋まで肌を真っ赤にさせた。
そしてなにか呟いてる。
「おれのあれくさまにできるにどととられなくなるこのちゃんすにがすわけにはいかない」
小さな呟きだったので聞き取れなかったが、フレイルくんはわたしの両目をしっかり見つめてくれた。
「あの、はじめて、なんで、それと、部屋、掃除して、風呂入って、で、はい、俺もしたい、です」
そう言ってフレイルくんは私を抱き締めてくれた。
わたしもまた、フレイルくんを抱き締める。
「ありがとうフレイルくん」
わたしはしばらく両腕に収まる幸せに浸った。
それからフレイルくんを抱き上げ寝室へ。
人間の、愛の営みを、堪能した。
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