第19話 水族館風ミニ・デート(2)
※(沙理砂視点)
「こういう系統のお店を、『アクアショップ』というらしいですよ」
薄暗い店内を、一緒に並んで歩きながら全君が言う。
「へー……」
引き籠りでオタ趣味な私は、どこぞの水の駄女神なんかを思いだしてしまう。(アクアのグッズ……。ア〇シズ教関連じゃなければ、それなりに売れそうかな……)
なんとなく、深海を思わせる暗い照明の店内(深海に明かりなんかない筈だけど(汗))。
水槽の明かりとその中身ばかりが目立ち、私達人間なんて脇役にすぎないみたいな、現実とは隔絶した異世界感がここには漂っている。
余り悪目立ちしたくない私にとって、この場所は思いがけず居心地のいい空間だった。
マリンスノーなんかがもし見えたりしたら、もう完全別世界だなぁ……。
本当にこのお店は、店内を広々と余裕を持った水槽の配置で、水族館みたいな場所を目指して作られたと言う全君から聞いた説明には納得せざるを得ない。
水槽に別れて、こんなにも色々な魚たちがいるものなのか、と感心するに様々な種類がいる。海水の生き物、淡水の生き物、藻(も)や水草なんかも、水族館に行った経験がほとんどない私には珍しく、見ているだけでかなりワクワクする。
基本インドアな私は、動物物の動画をネットなんかも、よく見たりもするのだけど……。
水槽に手をやると、それを怖がって魚達がいっせいにそこから離れたり、あるいは逆で、人に慣れているのか餌でも貰えると思ったのか、水槽につけた指先を口先でつっついてくる魚なんかもいたりして、水槽越しなのだけど、生き物とすぐ近くに隣り合うライブ感、みたいなのが面白く、すっごく楽しい!
映像で見るのと、近くに来て実際の生き物を見るのとが、こんなにも違う物だとは思っていなかった。
今の世の中、ネットに繋がりさえすれば、世界中ほとんど何処でも見れて、何処の事でも知れる。(ぐーぐるあーす?とか)外に出る必要なんてまるでない。なんて、ネットサーフィンばかりしていた私は、よくある人間の驕り、みたいなのを、知らず知らずの内に心の中で蓄積させていたようだ。
コンプレックスのせいもあるけど、人間別に、外に出かけなくても生きていける。食べ物だって、ネット通販で今やなんだって買える、みたいな強がりをしてもいた。そのお金は、自分が稼いだ物でもなんでもなく、両親から貰っているお小遣いでしかないというのに……。
(私って、引き籠りこじらせてるなぁ……)
クラゲ等の軟体系や、一時期ブームになったクリオネなんかもいる。クリオネは、北の海の生き物だから温度を低く調整した水槽ではないと生きられないので、クリオネのみの小型な特別製の水槽にいれられていた。
見やすくはあるのだけれど、他の生き物がいないのは、少し寂しそうな感じがしないでもない。他の水槽が、結構にぎやかな感じだからだろうか。
このお店、1階は小さめの魚や生き物の階で、2階が中ぐらい?の大きさ、3階がアロナワとか、結構大き目の魚や蛇、山椒魚、イモリヤモリ等の爬虫類などで分けられていて、3階の系統が苦手な人達は、2階までを楽しむ様にされているらしい。
流石に、イルカやペンギン、オットセイとか、水族館定番で花形の生き物はいなかった。
(そりゃそーよね。いたら普通に水族館経営すればいいだけなんだし……)
「4階は、水槽や餌、ポンプとか、飼うのに必要な用具類がひしめいてます。その階だけ、結構ぎゅうぎゅう詰めですね」
全君がお店の最上階の話をする。それ以上は普通のお店や会社の事務所等に貸し出されているらしい。
「お小遣いの少ない学生には有り難い、いいお店よね。いきなり潰れたりしないといいけど……」
私は店内の他のお客さんの楽し気な雰囲気もあって、利益度外視という話から、ゆい余計な心配をしてしまう。
「そうですね。でも、多分今のところ大丈夫みたいですよ。お店の押しつけがましくない運営方針が逆にお客さんの好評を得て、意外と予想よりも売上が上がっているらしいですから」
そう言って全君が指さす先には、買ったばかりの新しい水槽に、それを彩る各種機器の入った物を台車に乗せてそれを押す店員の人と、飼う魚をキラキラと笑顔で選ぶ親子の姿があった。
「なる程~。押すより引いた方針が好感や評判を呼ぶなんて、『北風と太陽』みたいね」
私は杞憂だった心配が意味なかった事にホっと安堵する。
「そうですね」
全君は如才なく笑って同意してくれた。
「……さっきの続きになるんですが、こういうお店で働く職員の人を、『アクアリスト』よ呼ぶそうなんです」
「え?ただのショップ店員とかでなく?」
「ただのショップ店員とかでなく。アルバイトの人は違うでしょうけど」
私達は、買う物が決まったのか、水槽に買った魚達を一時的に入れているバケツと供にレジの方に向かうさっきの一団を見送りながら話していた。
「こういう、普通の生き物と違う、水の中の生き物は、そもそも生きる場所を作ってあげなきゃいけないじゃないですか」
「そうね。だから水槽とか買うんだし」
「ここの水槽を色々見ても分かると思うんですが、そういう、魚達が住みやすく、そして見映えのいい環境を、『アクアリスト』は考え、デザインして、調整してやらないといけないんですよ。食物連鎖が起きて全滅とかしても問題ですし、水質、酸素を送るポンプとか。ちょっと考えただけでも、やる事は一杯です。
ただ生き物を売って、こういう餌をあげて下さい、終わり、じゃないんですよ」
「……あ~~、そっかぁ。水槽内のデザインなんて、考えもしなかったわ……」
「僕も話を聞くまでそうでした。一つの小さな世界、ジオラマ?は分からないかな。あ、つまり小さな『箱庭みたいな世界』を、色々なバランスを考えてデザイン、調整して提供するのが『アクアリスト』のお仕事。お客さんの家まで行ってそれを造り、その後も定期的に調整とか細かなチェックをしてくれるんだそうです」
「後々までのアフタフォローも万全と。確かに、単なる店員さん、で済ませていい職業じゃないのね」
私は感心の吐息をついて、話を納得するのでした。
「はい。……まあ、僕もこのお店で初めて聞いた話なので、偉そうに説明するのもどうかと思ったんですが……」
全君は謙虚だ。やたらと奥ゆかしい。
私だったら、誌愛やお母さんに自慢げに話すだろうに。
「……別に、聞いた事を説明してくれたのに、遠慮する事ないでしょ!少なくとも私は、知らない事が知れて見識が広がって良かったと思うわ!」
ちょっとらしくなく、力がこもってしまった……。
「そうですか?そういう風に行って貰えると、とても嬉しいです。ありがとうございます、サリサ先輩」
全君は、本当に嬉しそうな笑顔を見せてペコリと頭を下げる。
「そ、そんな、お礼を言われる程大袈裟な事言ってないから。気にしないでよ、もう……!」
私は無邪気な笑顔を向けて来る全君に、決まり悪くなって視線をそらす。
(なんでこの子は、こんなに紳士的で礼儀正しく、時に大人っぽいのに、時に今の様に年相応に無邪気な面を見せてくるのだろう……)
私はまだ、全君のキャラというか、人となりがよく掴めずに、ドギマギしてしまうのだった……。
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今回の『アクアショップ』等の情報は、芳文社の漫画『安堂維子里:水の箱庭』を参考に書かせていただきました。とても良き作品です。
内容そのものは被る所がないと思われますが、そのまんま出して大丈夫ですかねw。
伏字のが良かったでしょうか?
ともかくそんな感じです。
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