第8話 白鳳院先輩との話し合い(2)
※(全視点)
「ところで、それ黒河先輩に断りなく、僕が聞いてしまっていい事なんですか?」
プライベートの難しい話を、無許可で聞くのはマズい気がする。
「いいのいいの。さりーからじゃ話しづらいだろうし、でも聞かないと、さりーの抱える事情が分からない。親友の私が保証するから大丈夫だよ~」
軽い感じで保証されても安心出来ないけど、先輩に任せるしかないのだろう。
白鳳院先輩は、買って来ていたパックのオレンジジュースにストローを差し、一口飲んでからおもむろに話し始めた。
「話の主題は、さりーのお父さんの事なの」
「え、お父さんのって、虐待か何かですか?」
僕は思わず短絡的な言葉を口にしていた。
「違う違う。さりーのお父さん、小父様は普通に真面目実直を絵にかいた様な人で、さりーをとても可愛がっているわよ。虐待なんてあり得ないの。面倒な話だから、しばらく黙って聞いていなさい。私も大部分は後から聞いた話だけど」
軽くいさめられてしまった。
「はい……」
「さりーが小学生の中学年ぐらいの事なんだけど、その小父様が、珍しく朝帰りをして来た事があったらしいの。お酒の匂い、プンプンさせてね。
前の日、会社の人と飲み会の連絡はあったから、それで遅くなったんだろうってさりーは言ってた。何でもない事だとさりー思ったんだろうけど、多分夫婦の間では、事情の話し合いがされてたんじゃないかな、って、それはずっと後に私が思った事だけど」
「……」
「さりーのお父さんもお母さんも、その後は普通で、何も変わりない日常だったらしいんだけど、しばらくして災厄が訪れるの。少しお腹を大きくした、さりーのお父さんが勤める会社で事務員をしている若い子が自宅に乗り込んできたの。それからは愁嘆場。
『この子はあの時の、貴方の子供です。奥さんと別れて私と一緒になって下さい』うんぬんかんぬん。それに、小父さまが自分に、妻とは別れたい、子供が重荷だ、とか愚痴を洩らした、とか言って、別れる事がお互いの為です、って。小父様はそんな事は言っていないし思ってもいない、て反論したらしいけど、お酒に酔って、つい本音が出たんでしょう、って……」
先輩は重い話を淡々と続ける。
「さりーはお父さんの事、凄く慕っていて、いつも大好き!と公言してはばからない位の子だったから、自分とお母さんが裏切られたショックは、子供心にも凄く大きかったらしいの」
「……」
「その人はほとんど毎日の様に来て、別れろ、だの、あの人の事が一番分かっているのは私だの、小母様と怒鳴り合い。さりーのお母さん、小母様は気の強い、芯のしっかりした人だったから、そんな日々でも耐えられたのかもしれないけど、まだ幼い子供のさりーには……」
先輩は痛ましそうに目を細める。
「私の父母とサリーの両親は友人同士で、他の幼馴染の親達もそうなんだけど、こういう身内の揉め事には、流石にすぐ相談は出来なかったみたいで、私達は段々憔悴していくさりーの様子を、事情も知らずに心配するだけで、聞かれても何でもないって答えられちゃうと、もうそれ以上気のまわる様な年頃じゃないから、困ってしまって……」
小学生の中学年というと、年齢は8~9歳ぐらいだろうか。友達を心配しても、その家族の揉め事まで気が付け、といのは酷だろう。
「で、赤ちゃんが生まれる瀬戸際でようやく来なくなったんだけど、またしばらくしたら、生まれた赤ちゃんを抱えて、今度は裁判を起こす、もてあそばれた、とか養育費がどうの、とか騒ぎ出して、色々黒河家の家族皆、限界だったと思うんだけど、その頃にようやく、私達の両親とかに相談に来てくれて、とにかくさりーは私の家で一時的に預かる事になったの」
また一息ついて、先輩はオレンジジュースを一気にストローですする。
「……随分大変な事があったんですね」
「うん~~。でも、結論から言ってしまうと、実は小父様は無罪、冤罪だったの」
「え?」
「うちの父の会社が雇っているっていう、優秀な私立探偵に調べさせたら、その女の人は、よく恋人のいる男の人に、そうやって何度か無理に迫る揉め事なんかを何度も起こしている人で、常習者だったの。しかも、その生まれた子供の毛髪と唾液だかを手に入れてDNA鑑定をしたら、さりーの小父様の子供じゃないことが判明して~」
「ええぇーー!?!」
(なんだ、それは?!)
「後は、弁護士の先生連れて証拠を突き付けて、これはどういうことだ!と問い詰めると、その人もそのお母さんも、飲んだくれの父に苦労して、それで……はどうでもいいや。
とにかく、色々と自分が不幸だったから、幸せになれる相手を求めてたんだけど、いつも相手に恋人がいて、それで奪おうとする様な事をよくやる様になった、とか。
で、さりーの小父様の件は、特に見た目はいい訳でもないけど、誠実で仕事を真面目にこなし、周囲の評判もいい小父様と一緒になれば、自分は幸福になれる、と思ったんだって」
「随分自分勝手、身勝手な物言いですね」
「自分に事しか頭にないのね。で、計画を立てて、小父様を泥酔させ、ホテルに連れ込むまではよかったのだけど、泥酔しすぎてナニは勃たず、子作りはうまくいかなかったんだってさ」
あっけらかんと直接的な言葉を使う。
「……そうですか」
「で、保険に考えていた、血液型が同じ知り合いの男性にしてもらった、と。DNA鑑定とかの事はまるで知らなかったみたい。
で、詐欺とか、名誉棄損、とかついて御用、と」
警察行きか。
「……でも、それで、どうして男性嫌いになるんですか?結局、黒河先輩のお父さんは無罪だったんだし、むしろ悪いのは、その女の人では?」
「それはそうなんだけど~、事はそう単純じゃないの。
まず、さりーは一度、お父さんに裏切られた、と思い、父を憎く思ってしまった。信頼しきれなかった。それが、最後の最後に実は違いました、と言われ、さりーはお父さんへの信頼を維持できなかった自分への不必要なほどの自己嫌悪にさいなまれて、悩み苦しんだの。
小母様は最後まで同じ態度を崩さずに、お父さんはそんな事をする人じゃないから、私達が信用してあげなきゃ、って言ってたのに。
それに、その揉め事の間、ずっと一人で悩み苦しんで、その……大人の男女の間でどういう事が行われれば子供が出来るのか、とかを幼い年齢で調べていって、その実体を知って、より父への嫌悪と、男女の交わりの醜悪さ?みたいなのも憎く思う様になってしまったらしいんだけど……」
「……複雑、なんですね」
「うん~。単純にただ男嫌い、男性不信、なだけじゃなく、実際は男女の付き合い、その物への恐れ、嫌悪、不安とかがあるんだと思うの。女性不信とか人間不信には、私達、幼馴染みがずっとついていて、守ってきたから信頼してくれてると思う。だからそこまでは行かなかったみたい?」
「5人ずっと一緒に?」
「うん。私と、もう一人の幼馴染、宇迦野(うかの) 瀬里亜(せりあ)って子なんだけど、と男の子二人がつき合うようになってからもずっとね。せりーは家の都合で、全寮制のお嬢様高校に進学することになっちゃったけど~、出かけるのも遊びに行くのもみんなで一緒」
「……それは、黒河先輩、大丈夫だったんですか?幼馴染が、その……それぞれつき合う様になる事について」
「う~ん、内心では反対とかしてたかも?でも、男の子達の方もずっと一緒の幼馴染だから、知らない仲でなし。表面上は祝福してくれてたよ。ただ、バスケ部の応援に付き合わされるのは、さりーにとっては面白い事じゃなかったろうね。周囲は男ばっかりだし」
「そう、ですか……」
僕は、黒河先輩の、つまらなそうに時間を持て余していて、どこか寂しそうな横顔を思いだす。なんだか、やるせない……。
「出かけるのは、ダブルデートにコブ付きみたいで、良くないんじゃないかって遠慮してたけど、さりーは一人だと出かけられないから」
「男性嫌いだから?」
「それもあるけど、さりー、頼りなさげな感じがあって、一人で歩くと逆に男を寄せ付けてしまうみたいで、ナンパだのモデルの勧誘だのが後を絶たないの。ただ歩くだけでも男性の存在に不快感を覚えているのに、それが寄って来るんだから最悪~。
私達三人揃っても、中学時代は三女神とか言われてそれなりだったから、似た様なのは寄って来るけど、ゴツいのが二人、用心棒代わりで同行させるから何とかなるし。
私とかだけでも、私がハッキリ断るから問題ないの。でも、さりーとせりーは、似た者同士じゃないけど、気弱で、綺麗なのと愛くるしいのが並ぶから、相乗効果でヒトゴミが出来る位。あの子達二人だけじゃ街中なんで歩かせられない」
何となく、想像出来なくもない。あの三人でアイドルグループとか、スカウトしている人ならそう夢見そうだ。
「でもさりーは自分の事を『ごく普通の女子高生』って言ってるんだよね。そんな事ないのに。
綺麗な容姿は小母様譲りで、その自覚はあるけど、性格とかが小父様よりで、昔は何故かそれを自慢してた位。今はだから、自分が父親みたいに普通だって強調していたいみたいなの。昔の事の、罪悪感ゆえにか」
「だから、ね。ぜん君。さりーはとてもとても繊細で臆病で、不安定なの。私達幼馴染の誰かいれば、周囲とも普通に話せるけれど、対面で男の人と二人きり、なんてまるで駄目。教師の人さえも駄目だから、私が付き添ってる。
でも君は、さりーと二人きりで話せている。それが、君の子供っぽさからなのかは私には分からないけど、さりーがまともに話せる貴重な人材である事に変わりはないわ」
「はぁ……」
「だから、いきなり恋人うんぬんじゃなく、友達から無難に始めてくれないかなぁ。さりーの将来の為にも」
先輩はニコニコと笑顔で圧力をかけて来る。
「練習相手として?」
「そう。君も、フラれるよりか、よっぽどいいんじゃない?」
「……まあ、そうかもしれませんけど」
(なんだか、微妙だな……)
不満はあるけど、黒河先輩の複雑な事情をかんがみるに、そうして彼女の回復をはかり、ゆくゆくは恋人への道のりに、……行けたらいいなぁ、ぐらいの長い目で見るしかなさそうだ。
「その為にも、ファンクラブだの何だの、さりーに危険が及ぶ要素は極力排除して、ね。じゃないと付き合いは勧められない。私が止めるから」
僕を指さして、先輩は最後通牒のようにビシッと言った。
つまり、黒河先輩が返事を考えている間に、何とかしろって話みたいだ。
(そう言われても、あれは別に僕が作ったものじゃないんだけどなぁ……)
僕は、重く大きな溜息をつくしかなかったのだった。
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【キャラ紹介】
女主人公:黒河(くろかわ) 沙理砂(さりさ)
自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。
男主人公:神無月(かんなづき) 全(ぜん)
高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。
バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。
物語冒頭で沙理砂に告白している。
白鳳院(はくほういん) 誌愛(しあ)
沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。
本人は輝く様な銀髪(プラチナブロンド)で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。
心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。
沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。
宇迦野(うかの) 瀬里亜(せりあ)
全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。
可愛く愛くるしく小動物チック。
こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。
※
苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。
後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ
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