第56話 このままの姿でいい


「おいっ、これはどういう事だ!」「わ、分からねぇ、分からねぇ!」


 植田と梅田だ。文化祭の当日だというのに――相変わらず、この二人は騒がしい。

 つい、この間までは、


びろ~‼」「びろ~‼」『オレ達は天才だ!』


 とほざいていたのだが――今となっては哀れでしかない。


「間違えたんだろ……」


 俺の台詞に、


「ん~⁉」「間違えたかな?」


 と二人 そろってあごに手を当て、首をかしげる。

 不覚にも、その姿を少し可愛いと思ってしまった。


 それというのも、今、二人の姿は着ぐるみで、クマとウサギの格好をしている。

 もう既に、どっちがどっちだか分からない。


 きっと、そういう星の元に生まれたのだろう。

 二人は最近、ネコ耳やウサ耳の女子にまっているらしい。


 じゃあ、メイド喫茶でも提案してみろよ――と俺が言った事が発端ほったんのようだ。

 文化祭の出し物として、『動物喫茶』なるモノを提案した。


 だが――


何故なぜ、オレ達が着ぐるみに……」「暑いし、可笑しいだろ!」


 企画は通ったのだが、ご覧の通りの有り様だ。

 俺は真実を告げる事にした。


「お前達の顔に知性が足りないからだろ――子供が泣く」


「顔に知性⁉」「何それ、そんな言葉知りたくなかった!」


 泣いているのだろうか、着ぐるみなのでよく分からないが――シュールだ。

 止めて欲しい。


「その辺にしてくれ……悲しみを知らない男に勝利は無いぞ」


「うるせぇ!」「何でお前はウエイターの格好なんだ!」


「そうだ!」「知性なら、オレ達と一緒だろうが!」


 そう言って、つかみ掛かってくる――ヤダ、この着ぐるみ達怖い。


「仕方が無いだろう……女子の口車に乗ったお前達が悪い」


 その出来事は数分前にさかのぼる。


 ――――――――


 ――――


 ――


「やっぱり、男子は体力がある方がカッコイイよねぇ」(チラッ)


「私もぉ~、忍耐力がある人にも憧れちゃうよねぇ」(チラッ)


 クラスの女子による寸劇が急に始まる。

 俺は少し離れた場所で静観する事にした。


「はぁ、うちのクラスに頼りになる男子、居ないかなぁ」(チラッ)


「体力があって、忍耐力のある人、居ないかなぁ」(チラッ)


 そんな女子達の会話に聞き耳を立てて――ハイハーイ――と立候補する男子達。


 ――どうして、こんな単純な手に引っ掛かるのだろう?


 俺には不思議だった。


「ホント~、嬉しい♥」


「じゃあ、これに着替えて♥」


 いつの間にか用意されていたのは、衣装の入った箱だった。

 『着ぐるみーズ』の誕生である。


 ――


 ――――


 ――――――――


 当然ながら、高校の文化祭に本物の動物を連れて来るのは問題がある。

 かといって、ネコ耳やウサ耳の男子に需要があるのかと言えば……無いだろう。


 ――まぁ、一部には受けがいいのかも知れない。


 しかし、世の中には――やって『良い事』と『悪い事』がある。


 つまり世の中には、ネコ耳やウサ耳の格好をしても『良い男子』と『悪い男子』が居るだけだ。


 ――残酷だが、これが現実だろう。


 個人的には面白いと思うし、身内だけでやる分には構わない。

 だが、接客業を経験した立場から言わせて貰うと、完全にアウトである。


 折角、来てくれた客にトラウマを与え兼ねない。

 教室は地獄絵図と化すだろう。


「着ぐるみが足りなくて、ネコ耳メイド服姿で、スネ毛をられている奴もいるが……どうする?」


 その本人は嬉々ききとしてやっているので、俺から言う事は特に無い。

 クラスに一人は、こういう事が好きな奴は居るモノだ。


 その手の色物が一人くらいは居てもいいだろう。

 だが、数がそろうと『喫茶店』から『お化け屋敷』に早変わりだ。


 確かに、それをとするのもアリだが――コンセプトとしては可愛いが優先だ。

 やはり、女装男子の獣耳軍団は容認出来ない。


『ぐぬぬぅ……』


 流石の二人も、スネ毛をって女装は嫌なようだ。

 賢明な判断である。


「俺はバイト経験者で、ライブもこの格好で出るから――このままの姿でいい――と免除されただけだ」


 犬……いや、狼だろうか? ウエイターの制服に灰色の耳と尻尾を付けられてしまった。正直、姉さんや雛子に見られたくはない。


 しかし、インスタントのコーヒーやクッキーを出すだけ――と思っていたのだが、誰かがコーヒーメーカーを持って来たようだ。


 メニューに『エスプレッソ』があるのだが……果たして、高校の文化祭で頼む人が居るのだろうか?


 更に、ケーキやゼリーにプリン、和菓子まで準備している。

 もっと適当にやるのかと思っていたが、中々の気合の入れようだ。


 ――仕方が無い……俺も気合を入れるか。


 莉乃にとっても――こちらに来てから、初めての文化祭だ。

 今日ぐらいは手をつないで、学園内を堂々と歩いても許されるだろう。


 ヤバイな――テンションが上がって来た。

 それにしても――

 

「いつまで、その顔でにらむつもりだ?」


 植田と梅田がうらめしそうにこちらをにらむ。

 勿論もちろん、着ぐるみのため、実際の表情は分からない。


 だが、その雰囲気だけで、何となく察する事が出来る。


「俺は着ないからな――そもそも、その恰好でギター弾くとか無理だから……」


 しかし、コイツ等に理屈は通用しなかった。


「式衛ぃ、着ぐるみはいいぞ!」「暑い! 蒸れる! 臭い!」


 ――びぬ! 引かぬ!……みたく言われてもな。


「だから、お前も着ろー」「着ろよぉ……」


 俺は溜息をく。


「お前ら、とことん人をだます才能が無いな」


「はぁ~、何言ってんの?」「オレ達、天才だぞ」


 ――やれやれだ。


「冷静になれ……いいか着ぐるみ姿だと、中身が誰か分からない――」


「それが何だよ」「こんな姿で一日過ごすオレ達の身にもなれよ」


「女子に抱き着かれたり、一緒に写真を撮る事も可能だ」


 ボソリと呟いた俺の言葉に、


「ヒャッハー、オレ達は!」「どんな着ぐるみでも!」

『誰よりも着こなせる天才だ‼』


 ――うん、バカだな。


 取りえず、撮影コーナーの設置を手伝ってやろう。

 密集する着ぐるみ男子達――シュールを通り越して怖いな。


 そんな感想を抱いていると、


「あ、ユーキ!――どうかな、ボクのネコ耳メイドは?」


 後ろから声を掛けられる。

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