第17話 付き合うって話です!


 結局、教室に残ったのは俺と莉乃だけになった訳だが、ムードも何もあったモノではない。


「ま、過ぎた事は仕方が無いよ……」


 俺が声を掛けると、


「ご、ごめんなさい……」


 莉乃は謝る。


 ――謝って欲しい訳ではないのだが……。


 どうも俺は莉乃に甘い。

 彼女のした事なら、すべて許してしまうだろう。


「本当の事なんだし……」


「はひ?」


「だから、もう一つの方も、本当にしようか?」


 ちょっとずるい言い回しだったかな――言ってから反省する。


「もう一つ?」


 やっと、莉乃が俺の顔を見た。


「付き合ってる――って方さ……」


「はわわわわっ」


 相変わらず、反応が可愛い。


「さ、帰ろうか……いつまでも残っていると、また噂になるよ」


「べ、別にユーキくんとなら……」


「俺となら……何?」 


「な、何でもありません。か、帰りましょう!」


 そう言って、莉乃はスタスタと教室を出て行く。


 ――って、教科書忘れているし……。


 流石に二人分を持って帰るのはキツイ。


「莉乃、待って! 忘れ物……それとバイト先、案内するから!」


「はわわわわっ」


 慌てて戻ってくる莉乃も、やっぱり可愛い。



 ▼    ▽    ▼



 俺がバイトをしているカフェ『アルカンジュ』は、最寄りの駅から少し離れた住宅街の方にある。


 店主である『ひいらぎ白雪しらゆき』さんの祖父の代からあり、レトロでクラシックな雰囲気の落ち着いたお店だ。


「少し歩くけど、大丈夫?」


 教科書はかなり重たい。

 別の日にしてもいいか――と思い、莉乃に確認すると、


「はひ? だ、大丈夫ですよ……」


 と答える。以前から……いや、最初に出会った時から思っていたのだが、莉乃は男の俺よりも体力があるのかも知れない。


 ――俺も運動をした方がいいだろうか?


 だが今は――


「でも、さっきから顔が赤いけど……」


 俺は立ち止まり、莉乃の顔をのぞき込む。


「は、はわわわわっ……」


 一緒のベッドで寝ておいて、今更、そこまで慌てなくてもいいだろう。

 特に異常は無いようだが……何か変だ。


「ちょっと――そこ、座ろうか?」


 公園があったので、ベンチを指差す。


「は、はひ……」


「あのさ――何か嫌な事でもあった?」


「い、いいえ……」


 莉乃は首を横に振った。

 まぁ、嘘を吐いている感じではないが……やはり何か変だ。


「あ、これ使って――」


 折角の新しい制服が汚れてはいけない。

 俺は鞄からタオルを出すと、ベンチに敷いた。


 そして、莉乃に座るように促す。

 俺は座らなかったが、教科書が重かったので、莉乃の横に置かせて貰う。


「で、どうしたの?」


 俺は莉乃の前に行くとしゃがみ、真っ直ぐに彼女の瞳を見詰めた。

 男性が苦手な事を考慮すると――こうした方がいい――と思ったからだ。


 ベッドの時も、視線の位置が同じだったから、平気だったのではないだろうか?

 今は莉乃に対し、俺が上目遣いになる形だ。


 これでいい筈――だが、莉乃は更に顔を真っ赤にさせた。

 まるで今にも、顔から湯気を噴出し兼ねない様子だ。


 てっきり、学校で無理をしたため、具合が悪くなったのかと思ったが、この様子だと原因は俺のようだ。


 ――もしかして、アニメオタクじゃないことがバレたのだろうか?


 いや、そんな筈はない。

 俺は友達が少ないので、皆、俺のことを知らない筈だ――何だがむなしくなった。


「ごめん――莉乃。もしかして俺……知らないうちに莉乃を傷つけていた?」


 すると莉乃が激しく首を左右に振った。

 違うようだ。一先ず安堵する。


 だが、だとすると――いったい何が理由なのだろうか?


「つ……」


「つ?」


 ようやく、莉乃が口を開いてくれた。


「つ、付き合うって話です!」


 ――ああ、あの話か?


 付き合ってしまえば、別に可笑しなことではなくなるし、男子の方も、あまり莉乃にちょっかいを掛けなくなるだろう。


 合理的な提案だと思ったが、不味かっただろうか?


「わ、わたしとしては……そ、その――問題ありません。はわわわわ~」


 莉乃は言ってから、顔を両手でおおうつむいてしまった。

 余程、迷ったのだろう。


 ――それはそうか……。


 フリとはいえ、男子と付き合うというのは抵抗があるに違いない。

 ましてや、俺では彼女に釣り合わない。


 ――それでも俺は、彼女のそばに居たいのだ。


「まぁ、俺じゃ不服だろうけど……」


「い、いえ……そんなことは――」


 俺は立ち上がると、


「じゃ、付き合うフリということで……よろしく――莉乃」


「はい、付き合うフリですね――」


 差し出した俺の手を取り、微笑む莉乃だったが、何故か硬直する。


「へ?」


「ん?」


 どうやら、互いの認識に齟齬そごがあるようだ。

 確認した方がいいだろう。


「えっと……クラスの女子にあんな話をした訳だし、俺が莉乃のそばに居る上でも、彼氏のフリをした方がいいよね――っていう提案なんだけど……」


「……」


「…………」


「……………………」


「えっと、莉乃……さん?」


 あまりにも硬直が長いので、思わず『さん』付けで呼んでしまった。

 焦点が合っていない様なので、俺は彼女の顔に手をかざし、左右に振ってみた。


「おーい、莉乃?」


「はわっ!」


 突然、莉乃は立ち上がった。


(おお、ビックリした……)


「そ、そ、そ、そうですよね。フリ……フリですよね。あはは、そうです――フリです。わたし……男の人が苦手ですし、ユーキくんは重度のアニメオタクですし……わ、わたしみたいな女なんかに――きょ、興味ありませんよね……理にかなっている提案です! さ、流石、ユーキくんです! よ、用事を思い出したので、し、失礼しますぅ~」


 莉乃は早口で言い終えると、何故か荷物を置いて、全力疾走で逃げていった。


 いや、この辺は散歩でよく通るし、向かったのも家の方角なので、帰っただけなのだろうが……何で?


(しかも、結構速い――)


 追い掛けるべきなのだろうが、この荷物では無理そうだ。


 ――仕方が無い。


(雛子にメールして、莉乃の様子を確認して貰うか……)


 さて――ここに居ても仕方が無いので移動する。


(ぐっ、お、重い……)


 流石に二人分の教科書はキツイ。

 先ずは店に顔を出して、一度、俺の分の教科書を置かせて貰い、それから帰ろう。


 俺はこの日、体力作りをすることを誓った――

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