1 ハード・デイズ・ナイト
1 ハード・デイズ・ナイト 01
*
三文とはおよそ百円のことを言うらしいとどこかで見た。つまり、早起きをすると百円ほどのいいことがあるはずなのだが、今、
朝七時過ぎ。珍しく早い時間に目が覚めたので、散歩でもするかと気まぐれを起こしたところまでは順調だった。意気揚々とまでは行かずとも、ほどよく清々しい気分のまま出かけた。果たして、早起きは百円をもたらすどころか、ただでさえ涼しい懐から百円を奪っていったのだった。梅雨入りまで少し猶予があるこの時期の、ともすれば心地いいと感じる風も、今日に限っては無情な冷たさに思えた。
試しに釣り銭用レバーを下げてみる。手を離すと、すかーん、という間の抜けた音以外、機体からは何の反応も返ってこなかった。
「はあ……」
頭をぼりぼりと掻く。スチールウールのような癖毛が、今日は寝癖でさらに破天荒になっていた。肩を落とし、とぼとぼとその場をあとにする。
慣れないことなど、するべきではない。
そのまま帰る気にもなれず、暁介は近場の路地をあてどなく徘徊した。都会の中心部から逸れた、ある種裏通り的なこの街は、治安に少々難があり、夜間にどこかしらで怒号が飛び交うことも茶飯事だった。
歩くうちに気が紛れた、ということなどなく、憂鬱は次第に苛立ちへと変わった。ただでさえ最近は収入が乏しく、気分がすさんでいたのだ。鬱憤を道端の小石へぶつけようとしたものの、持ち前の運動音痴がここぞとばかりに力を発揮し、蹴った足はアスファルトをこするばかりで、そのもどかしさがいっそうストレスに拍車を掛けた。
いよいよ我慢も限界に達しようとしたところで、小さな公園に辿り着いた。滑り台にシーソー、ブランコという当たり障りのない遊具に加えて、青いプラスティック製のベンチと、網状のごみ箱があるだけの至って簡素な遊び場だった。月曜の朝早くでは、子どもはおろか誰一人の姿もなく、代わりに鳩が数羽、白米の上に撒かれた黒胡麻のように散らばっていた。
暁介の目がベンチで止まる。静かで居心地がよさそうじゃないか、どれ、気晴らしにひと休みするかと、努めて前向きな気持ちで公園に足を踏み入れた。
うにゃ、と、足裏に不愉快な感触を得た。おそるおそる、地に着いた靴底をめくると、……緑色のガムがべったりと貼り付いていた。
暁介の中で何かが切れた。突然あああとわめき散らし頭皮を掻きむしり、偶然にもそばに転がっていた空き缶を怒りのままに蹴り飛ばした。カーン。宙を舞った缶は高く弧を描き、鮮やかな軌道のまま吸い寄せられるようにして――公園の中央に鎮座したごみ箱へ、かこん、と飛び込んだ。
「あ」我に返る。鳩は飛び去っていた。
図らずも憂さ晴らしを果たしたのだった。暁介は、さっさと帰路につくことにした。
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