2枚目:訪問者

しっとりと降る雨の中、ざくざく地面を踏む足音が聞こえる。尖った部分にしずくを模した飾りがついた大きな葉の傘を持ち、巫女の黒い版のような出立ちをしたその人。頭には二対の角、腰元から黒い鱗の尾を揺らしているのは龍神である娘だった。


彼女は武器としている矛を持っており、どうやら山の見廻りをしている最中らしい。山の神というのはその周辺の秩序をある程度保つために、実は毎日暇というわけでもない。


歩き続けていると、少しれた場所から声がした。その方向を向くと、真っ赤な番傘を持った天狐がいた。見廻りか、と龍神に聞きながら隣に並ぶ。偶然なのか狙って来たのかは分からないが、天狐は龍神の幼い頃から世話になった人物で、時間があると互いに世間話をしに相手を訪れている。その一環であろう。


「調子はどうです?」


「ああ、お陰様で」


元来二人とも静かになることに抵抗が無いようで、暫くは二人の足音だけが鳴っていた。その内、天狐が上を見上げる。


「静かな雨ですね」


「心地がいい」


「流石は水を司る神といいましょうか。でも、そうですね、私も嫌いじゃないですよ、この感じ」


「これで晴れていたら狐の嫁入りだったな」


「ああ確かに」


くすくすと笑う天狐に、つられて龍神も口元を緩ませた。四本の毛並み豊かな尾と艶めいた黒い鱗の尾が楽しげに揺れる。


「このあと家へ来るか?家のがわらび餅を拵えると言っていたが」


「おや、ではご相伴しょうばんに預かりましょう。私の家の子もいいでしょうか」


「ぜひ。多い方が楽しいだろう」


雨は強まりも弱まりもせず、ただしとしとと全てを濡らしていく。それにより景色の彩度は落ちようが、雨の日の落ち着いた色合いが二人とも好きだった。


「この感じでは、雨上がりが楽しみですね」


「ああ、きっと全てがきらめく」


それを含めて、雨がすきだと龍神は呟いた。

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