第4話 ジャンヌ ~絶望の先で~

 この世界、少なくともパラディア大陸において、王族を除けば最重要にして最上級職"聖剣士"。

 その聖剣士を天職に持つジャンヌは、本来誰からも敬われ、賞賛に溢れた人生が約束されていたはずだった。


 そんな彼女の人生の転機は父親の起こした事件だ。


 ダルク伯爵の領地は、度重なる不作で貧窮に喘いでいた。

 子飼の子爵より返す宛てのない借金を繰り返し、領地を切り盛りしていたが、結局は破綻した。

 集められぬ税金からお家取り潰しとなったダルク家は、当主が自殺、その家族は奴隷に身を落すことで責任とし爵位を返上した。


 当時まだ幼かったジャンヌは栄光の未来から一転、奴隷としての人生を強いられることとなった。


 そんな彼女に救いの手を差し伸べたのは、三公爵家の内の一家、プロテスト公爵。


 娘マリアを溺愛するプロテスト公は、娘と仲の良かったジャンヌを引き取り、マリアの付き人とした。

 見目麗しい女奴隷の売られる場所と言えば、どんな身分であれ天職であれ娼館が相場。

 辛いことがないわけではないとはいえ、ジャンヌにとってプロテスト公は恩人以外の何者でもなかった。


 そのプロテスト公に現在危機が迫っている。




 事の経緯は一週間前。第二王女アズラが病床により倒れた。


 アズラ王女のかかった病気は"黒斑病くろまだらびょう”。原因不明の不治の病だ。

 

 不治の病、というのは語弊がある。


 どんな病気をも治すと言われる"生命の実”からつくられる万病と治すといわれる薬"パナシア”。


 ミカエストの王アダムは娘の命を救うため、これを手に入れるようプロテスト公に命じた。




 プロテスト公は頭を抱えた。

 生命の実からパナシアを作ることは難しくはない。

 既に何件か実例があり、その通りにつくればいい。


 問題は生命の実の取得難易度だ。この実は、魔力の充填する場所に度々出現する。


 過去これが発見された場所はドラゴンの巣の中だけだった。




 最強のモンスター、ドラゴン。

 現在確認されている天職の中で、その存在に抗し得る唯一の天職、それが聖剣士だった。


 となればジャンヌの出番、今こそ恩を返すとき、となれば良かったがそうは行かなかった。


 ジャンヌは聖剣士が聖剣士として力を最大に発揮する為に必要な、"聖剣アスカロン"を所持していなかったのだ。


 ドラゴンを撃つためには聖剣を持った聖剣士が必要。

 その聖剣は大陸に十二振りのみあり、現在ミカエスト王国が所持する聖剣は一振りだけ。


 内二振りの在処は判明している。


 聖剣には変わった特性があり、遺跡の最奥に納められている。


 聖剣士が辿り着き抜くことで持ち主と認める。

 そして所持者が死を迎えると、勝手に元の場所に戻る。


 故に聖剣が欲しくば聖剣士を遺跡に向わせれば良いのだが、この遺跡はモンスターに溢れており、攻略には聖剣持ちの聖剣士が必要と言われている。


 であれば一振りの聖剣をもつ聖剣士を遺跡に、いやドラゴンの巣に向わせれば良いと思うだろう。


 だが、そうは行かなかった。


 現在ミカエスト王国唯一の聖剣を所持する聖剣士は、第二王子のアベルだったのだ。


 パラディアにある四国の約定によって、一国が所持できる聖剣は三振りまで。


 本来一人の聖剣士をフォローにつけて三人目を遺跡に向わせ、聖剣を取得。

 失敗の折は二人目の聖剣士が別の聖剣士を連れて遺跡へ向う。


 こうして、聖剣士の力を途絶えさせない、というのが定石なのだが。そもそも現在聖剣が一振りしかないのも、アダム王がアベルが遺跡に向うのを我が子可愛さに阻止しているからだった。


 要は娘を救う為に息子を死地にはやれぬと、アダム王はその苦境を公爵に丸投げしたわけである。




 例え理不尽なれど王の命令。


 加えてプロテスト公もまた、領地の経営に苦しんでいた。

 もし、この命令を果たしたならば褒美は思いのままという。


 とはいえ聖剣を持たぬジャンヌにそれを命じるのは酷というもの。

 悩むプロテスト公に、ジャンヌは自ら無理と解っていながら手を挙げた。




 プロテスト公へ命が下って十六日目、ジャンヌはプロテスト公によって雇われた私兵団と共にドラゴンの巣に辿り着き、洗礼を受ける。


 巣の主、ティラノドラゴンに私兵団は蹴散らされ、ジャンヌも命からがら逃げ出した。しかし、ジャンヌは諦める訳にはいかなかった。

 自分の危機を救ってくれた恩人達に今こそ恩を返すのだ。


(ですが、どうやって……)


 ジャンヌ達は何も馬鹿正直に、ドラゴンに正面から喧嘩を売ったわけではない。

 遠くから相手の寝静まるのを待ち、静かに忍び込もうとしたのだ。


 だがドラゴンの感覚は鋭かった。


 気付かれたのか、予め察していたのか。近寄ったところで目覚めたドラゴンは、寝起きとは思えぬ動きで、その巨体を唸らせた。




 ジャンヌは再度遠くから様子をうかがう。


 戦いで負った傷は消して浅くはなかったが、持ってきていた薬で応急処置をし、気合いで貼り付いた。

 

 仮に忍び込んでも生命の実があるとは限らない。しかし、既に馬も失っている。

 他の巣を今から探している時間はなかった。


 ここまで来るのに十二日を要している。


 王女の命は前例から計算すれば、あと長くて2週間前後だ。


(ここにかけるしかありません)


 彼女は周囲に木を配りながら気配を消し、一瞬のチャンスを待った。




 そしてドラゴンは動いた。


(どこへ? これはチャンスでしょうか?)


 ドラゴンとて生物。

 餌を探しに移動するはず。


 そう思っていた彼女はひたすらドラゴンの気配を追った。

 彼女が巣に入っている間にドラゴンが戻ってこようものならば目も当てられない。


 十分な距離が必要だ。

 ジャンヌは祈りながらドラゴンが遠くへ行ってくれることを祈った。


『GYAAAAAAA!!!』


 ドラゴンが何かに吠えている。

 距離はまだ近い。


『GYAAAAAAA!!!』


 何度目かの雄叫び。


『ガオーン!!!』


 そして聞いたことのない轟音。


(何が!?)


 ジャンヌは戸惑った。

 何が起きたのか? ドラゴンは餌を狩りに行ったのではなかったか?


 ジャンヌは決して決断力に乏しい人間ではなかったが、余りに不測の事態にその場から動くことが出来なかった。


 そして彼女の視線の先を金属の箱が走っていった。


(……あれは……?)


 箱が何なのかは分からない

 だが、あれがドラゴンではない事は確かだ。


 もし、あの箱が生命の実を狙う者であれば……


 ジャンヌは覚悟を決め、ドラゴンの巣へと突入した。




 警戒しながらその最奥にたどり着いた時、彼女が見たものは先ほど見た金属の箱、人間の男、実のない木。


 男は何かなくしたのか、身の回りを見渡すことに夢中でこちらには気付いていない。


(遅かった……?)


 いや、もし男が生命の実を持っているとすれば、まだ間に合うかもしれない。


(いっそ襲うべきでしょうか……?)


 一瞬考えたジャンヌだがすぐに首を横に振った。


 男が悪者とは限らない。

 目的の為、何の罪もない人間を斬ることはジャンヌには出来なかった。


 そもそも、この男が持っているとも限らない。


 持っていたとしてこの男が格納技能持ちで、実を格納したとすれば、男を斬った瞬間生命の実も消えてしまう。


(いや、それはないか?)


 格納技能持ちは総じて低級職の者ばかりだ。ここまでこれる訳がない。

 ということは持っていないか、既に食われたか?


 それ以前に持っていたとして……交渉するにも彼女には対価がなかった。


 生命の実は買おうと思えば公爵家ですら全財産をかけねばならない。

 それほど貴重なものなのだ。


(この身如きでは……釣り合いませんね)


 交渉材料に自身をとも思ったが、奴隷の自分では足しにもなるまい。


(どうしましょうか……?)


 余りぐずぐずしているとドラゴンが戻ってくるかもしれない。

 念のため男に訪ね、後は応え次第と腹をくくった。


「うお!? 出てきた!!」


 突如声を上げる男。その手には金色の果実。


 まさしくジャンヌが探しているそれが、そこにはあった。


「生命の実!!」


 思わず声を上げるジャンヌに男……愛詩は漸く気付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る