第3話 金のリンゴ

 ティラノサウルスの前で佇んでいると不思議と冷静になっていく自分に気付く。


 理由は分からない。

 命を奪うというのはそういうことなのだろうか?

 もっと「おえっ」と気持ち悪くなったりするもんかと思っていたけど。

 まあ、冷静な方が今はありがたい。


「さて……」


 こういうとき、まず必要なのは持ち物整理だ。


 運良くも俺の車は試作品とはいえ、異世界探索を前提とした諸々が乗っかっている。

 ちゃんと乗るかどうかの試しもあったらしい。


 軽といえど座席は運転席と助手席だけ。

 後部座席は荷物用に潔く取っ払って居る。

 そこに目一杯の荷物だ。

 中身にはある程度期待できるだろう。


 とはいえここで広げるのはいかがなものか。


 さっき襲われたばっかりだ。

 まずは安全地帯を探すべきだろう。


 ……あるかどうか知らんけど。


 去る前にティラノサウルスに手を合わせ、腹に手を乗せ詫びる。


「お前も怯えていたのかもしれない。すまないな」


 しかし、このまま死体を放置して行くのはどうだろうか?

 オモクソ頭ぶち抜いたおかげで血がじゃっぷじゃぷだ。


 他の獣が寄ってくるかもしれん。

 とはいえ運びようがない。場所のアテもない。


 車の中に何かないだろうか?


 何かに入れられたら良いんだけど……


 そう思った瞬間ジャキンッとレジみたいな音を立ててティラノサウルスの死体が消えた。


「……は?」


 なんとなくRPGの敵ってそういえば死体を残さないよねって現実逃避しながら、周りを見渡す。


 何かが回収した?


 まだここは危険なのか?

 つか、安全なはずがない。


 ひとまず、俺は車に乗り込み、場所を移すことにした。


 荷物を引っ張り出すなら、廻りを岩や何かに覆われた場所が良い。

 洞窟みたいなところが最高だ。


 開けた場所の方が良いのかもしれないが、そんな場所は見渡す限り期待できそうにない。




 岩場の見える方に、木々の間をすり抜けながら車を走らせると、ありがたいことに洞窟を見つけた。


 ツいてる?


 いや、こうなったんだから不幸以外の何でもないだろう。


 幸い洞窟は大きく車が入る。つか、デカすぎな気もする。


 洞窟を車で行けるところまで行く。

 突き当たり、そこで車を止める。


 一本だけ不自然に生えた木以外に特別変な箇所はない。


 日の当たらない洞窟の奥にどうやって生えたのか、葉っぱも生えない木にリンゴのような実がなっている。


 ヘッドライトに照らされたそれは、まるで金色に輝くリンゴのようだ。


「ま、それはそれとして。」


 果物の一つや二つを気にしている場合ではない。

 最悪食料として調達するかもしれないが今は荷物だ。


 車のヘッドライトを消し扉を開け、車の後ろに回る。

 荷台の扉を開けると、ぎっちりとつまった荷物の山。

 これが今の俺の生命線だ。


「片っ端から広げるか……」


 最悪洞窟に何かが入ってきても銃で迎撃できる。


 銃弾は残り十一発。内二発は装填済み。


 残りも服のポケットをフル活用して身につけている。

 怖い物は……めっちゃあるけど、なんとかなると思おう。


 さて、ではチェック開始。




 三十分ほどかけて広げた荷物名の中身はこんな感じだ。


 武器関連。


 銃と弾はOK、もう見た。

 連射式コンパウンドクロスボウ(最大装填可能数6本)、折りたたみ式で腰からつるせるヤツ。


 矢が30本に、フレアガン……これは武器かな?

 まあ武器にも使えると言うことで。信号送る人いないし他に使い道がない。

 つか、ショルダーホルスターもあるし。


 弾は閃光照明弾と……火炎弾っておいおい。


 それらが各々十二発ずつ。

 水中銃と予備のスピアとワイヤーリールが2組。


 2人での探索を想定したためか、武器はどれも2丁ずつあるのが嬉しい。


 あと剣鉈だっけ? デカいナイフ。


 ハンドアックスとタクティカルショベルも入っている。

 それから、ガスマスク……毒物がどっかにあるってことか?


 まあざっくりこんな感じ。




 生活関連。


 折りたたみ式ソーラーパネルと電源コネクタ付き蓄電器、延長コードが各2セット。

 モバイルコンポストトイレ……これは嬉しい。


 トイレットペーパーが3ロール。

 エアバスプールと空気入れ、温水ヒーターに電気ポンプが2つ。

 洗面器とバスセットが2人分。

 歯ブラシに歯磨き粉、カップもある。

 ワンタッチテントと、こっちは……ああトイレ用のテントね。


 エアマットとライトダウンコンフォーター薄い掛け布団もある。

 こんな状況じゃなければバッチリ睡眠もとれるだろう。


 他は……爪切り、カミソリ、耳かき、ハサミ。

 ワイヤーの束が入っているがこれは何に使うんだろうか?


 車の後ろにフック付きのウィンチが付いていたからそれ用かも。

 でも滑車もある。

 目的は分からんが……わざわざ捨てることもないか。


 着替えと、水、調理用具があるのが嬉しい。

 着替えの服は何か超オシャレで一見軍服のようにピッチリ見える……ジャージ?


 昔、俺がゲートから出てきたからこっちに人がいることは分かっていたわけで、一応人に会う想定って事かな。


 でも扱いやすさと洗い易さも必要と。


 あとバケツサイズの手回し洗濯機に洗剤10回分。

 いいね……もうちょっと欲しかったけど。


 無線と……ドローンも。


 これは……タブレット?……電波も通じないのにどうすんだっつの。

 いや、中になにかダウンロードされてるかもしれん。


 あとで確認しよう。


 水がポリタンクに入っていて、ハンドポンプもあるから水が無くなってもタンクは水くみに使えるな。

 なるほど、1週間位は問題なく過ごせるっていうのは、なまじ間違っていないらしい。


 一応ボンネットも見てみよう。


 懐中電灯、灯油式の小型のランタン。

 乾電池が各サイズ十二本。

 ビニールが剥がされていないあたり、買ってそのままぶっ込んだ感じ。


 買ったばかりのライターとオイルもある。

 ……うん、ないよりあった方が今は良い。

 ありがとう、どこかの面倒くさがり屋さん……親父だな。


 あとは……サングラス……というよりゴーグル?

 発信器も。


 ……OK、全部俺の物。




 荷物を再度車に戻し一息つく。


 一週間程度過ごせると言うことはそれ以上は危ないって事でもある。


 いつ帰れるかも、というか帰れるかどうかも分からない。

 飲み水と食糧の確保は今からでもしっかりやっておくべきだろう。


 一応リンゴは回収しておくか?

 毒リンゴかもしれんが。


 脱水と飢餓に襲われた死の直前に食べる方向で。

 そう思ってリンゴに近づいて驚いた。


「マジで金色じゃん。」


 ヘッドライトのせいかと思っていたが、リンゴは本当に金色だった。

 ……毒かな。毒っぽいな。


 蛙でも派手な色は危ない。蛙じゃなくてリンゴだけど。


 そっとしておくべきかと思ったが、浅はかな俺、もう触っちゃいました。


 ひとまず手に異常は感じないのでちぎってみる。

 うん、金のリンゴ。


 木にはまだ四つほどなっている。


 ……まあ、あくまで死に際の保険だ。全部回収。


 採ってから気付いた。

 保存どうしよう?


 車の中にアイスボックスはなかった。

 つまり死に際にこのリンゴは多分腐ってる。


 無意味。


 いやいや、どこか腐らないところにしまわねば。

 と思ったら今度はリンゴが消えた。


 全部。


 ……なんなの?

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